ロレーヌ
「これからどうするんだ?」
「そうだな、護衛を雇って、同胞たちを里に戻すつもりだ。あとは、なるべく早くロレーヌと合流したい」
「了解。護衛か。ばあちゃん何か知らないか?」
「そうねぇ、冒険者ギルドのギルド長とは古い知り合いでねぇ。正義漢ですから、手を貸してくれるでしょう。声をかけてみましょうか」
「おお、助かる」
ニナは大人が話し合いをしている中、エルフたちと遊んでいた。最初こそ戸惑っていたエルフたちも、メイサがニナと遊んでいるのをみて、少しずつ近づいてきた。
「あれ、ニナのこれ、何? 木の模様?」
「うん、再生の力が使えるようになった時、気がついたらあったの」
「へぇ、緑色で綺麗だねぇ。でもなんか、木の幹の途中まで緑なんだね?」
「あれ、本当だ」
ニナは自分の手の甲の紋章が、以前よりも緑に輝いていることに気がつく。確かセームルを出た時は木の根元までだった緑色が、今は幹の途中まで緑がかっている。
「なんか、緑色のところ増えてる」
「そうなんだ? 使うたびに増えるのかな? 沢山力を使って上手になったよって」
「そうなのかも?」
ニナは自分の手の甲を、頭上にかざす。
じっと見つめていると、あの謎の少年の言葉が頭をよぎる。
『ただし、お前に授ける力は強力だ。タイミングを見計らってつかうんだな。そうでないと、トーチャを救えなくなる』
再生の力は確かに強力だ。考え方次第で、使い方は無限に広がる。
でも、タイミングを見計らうって、どういうことなんだろう。
ニナは、正しく力を使えているんだろうか。
「ニナ?」
呼ばれて、肩が大きく揺れる。
気がつくと、目の前にはカミュとノアが立っていた。
ニナが、「なに?」と返事をすると、カミュが頭を撫でる。
「もうだいぶ遅い。そろそろ寝よう」
その言葉をトリガーに、体の力がゆるりと抜け途端に眠気に襲われ、欠伸が出る。
「ふぁ、うん」
「おやすみ、ニナ」
ニナはカミュに抱き抱えられ、ノアに頭を撫でられる。ノアのぎこちない動きがくすぐったくて、ニナは小さく笑みを浮かべながら意識を手放した。
次の日の朝、ニナたちが朝食を食べていると、ミルクをコップに注ぎながら、おばあちゃんが話出した。
「護衛の件、朝早くに使いを出したんだけれど引き受けてくれるそうよ」
「そうですか……! ありがとうございます」
ノアはホッとした表情を浮かべる。ニナとカミュは目線を合わせて微笑む。
「じゃあ、エルフたちはこのまま、ここで待機だな。俺らは準備してロレーヌに会いに行こう」
「ああ」
ニナが慌ててパンをミルクで流し込むと、カミュにローブを手渡される。
「昨日の奴隷商が探してるかもしれねぇ、仮面をしてたとはいえ、俺らは目立つからな。ローブを着ていこう」
「うぃ」
ニナはローブを羽織ると、ふとノアに尋ねる。
「ノアつよいのに、なんで捕まったの?」
「不意をつかれた……いや、問題は相手の気配が全くしなかったことだ。あんな相手は初めてだった」
「そうなの?」
「ああ。何が、とは言えないが不気味な男だった……妙なタトゥーが腕に彫られていた」
ノアは眉を顰めながら、「次は絶対に負けない」と呟く。そんなノアのローブの端を、ニナは強く引っ張る。
「ノア、ニナとカミュも居るからね」
そう言われたノアは、一瞬眉を上げ、徐々に下げる。ニナを抱き寄せると、「ありがとう」と伝える。抱きしめられながら、ニナは思う。ノアは今まで一人でなんでも出来てきたんだろう。ニナとは違う、強い人。
ロアーナ劇場に着くと、劇場前には多くの人が集まり、何か野次を飛ばしているようだ。
「一体なんだ? おい、アンタ何があったんだ?」
「どうも、ロレーヌちゃんが昨晩消えたらしいんだよ。昼公演もそれで中止になって、返金騒動が起こってるらしい」
驚いたニナはノアのほうを向く。
ノアは目を見開き、一瞬にして眉が吊り上がっていく。その様子にカミュが声をかけようとするが、ノアはそれを手で制し、深呼吸をする。何度か繰り返した後、「ニナ、カミュ、ついてきてくれ」とその場を離れる。
ノアが向かったのは、街の近くの森の前だった。そこでノアはぴゅうっと口笛を吹く。
「以前話しただろう、これが私の諜報部隊だ」
ノアの後ろの森から、ばさばさと激しい羽音を立てながら、何十羽もの鳥が集まってくる。
鳥たちはノアのすぐ後ろの木の枝に次々と停まり、じっとノアの言葉を待っているようだ。
「諜報部隊て……」
「私は動物と会話ができる。私たちだけではロレーヌの行方を探すのは限界がある。彼等の力を借りよう」
そう言って、ノアが奇妙な言葉を発する。
鳥たちはじっとノアの方を向き、彼女が話し終えると共に羽ばたき、方々へ散っていく。
「よし、これでいい。我々も探そう」
「お前にしては、冷静だな。さっきは大暴れするかと思ったぜ」
「……怒りに任せるのではなく、守るためにどう動くべきか、お前に学んだからな」
二人のやり取りを見ながら、ニナは自分の小さな手のひらを見つめる。
ニナは、ノアの脚を治せた。けれど、カミュもノアも、もっと色んなことが出来るようになる。
ロレーヌを、トーチャを助けるときに、自分のせいで助けられなかったら? その時、ニナは――。
気がつけば、うまく呼吸が出来ていなかったようで咳き込むニナ。
そんなニナに気がつき、カミュは声をかけてくれたが、ニナは、「大丈夫」と誤魔化してしまった。
暫くロレーヌの足取りを追ったが、目撃情報がまるでない。ノアの瞳に焦りが見えてきた時、一羽の鳥がノアの元に舞い降りた。
ノアは鳥に耳を近づけ、何か頷いた後、「ありがとう」と言って、ニナたちの方を振り向く。その表情は険しい。
「鳥たちが情報を掴んだ。どうも、ロレーヌは奴隷商に捕まったらしい」
「昨日のアイツか?! クソ、見境なしかよ……で、今どこにいるんだ?」
「それが……」
ノアはすっと指を指す。その先は――。
「奴らは船の上だ。すでに、ロレーヌを乗せて、隣国に向けて出発しているらしい」
「船の上……?!」
「おいおいおい、まじかよ……船なんてねぇぞ」
焦るニナたちを嘲笑うように、いつのまにか晴れていた空は翳り初めていた。




