闇オークション会場
「ようこそいらっしゃいました。こちらが本日の目録でございます」
「ど、どうも」
受付で引き攣った笑顔で冊子を受け取るノアに、苦笑いするカミュ。ニナは周りをきょろきょろと見渡している。
オークション会場に入ると、そのまま正面の部屋に誘導される。しかし部屋の横にいるウェイター風の男に何か耳打ちして、別の場所に誘導されている人たちがちらほらいる。
三人は目くばせをして、ノアがウェイターに近づき、合言葉を伝える。ウェイターはニコリと機械的な笑みを浮かべると、「こちらにどうぞ」と奥の通路に誘導した。
誘導先の部屋に入ろうとすると、一人ずつ仮面を渡される。青色に銀縁、羽根や小さな宝石が散りばめられたハーフマスクだ。
「ここは、身分を明かさず楽しむ場所ですので」
そう言って、また男は機械的に笑う。ノアは露骨に顔を顰めそうになるが、カミュがすぐに仮面でノアの表情を隠し、「そうだな。ここはそうでなくちゃ」と相槌を打つ。
ニナには大きい仮面を、ニナは必死に両手で抑え、部屋に足を踏み入れる。
踏み入れた瞬間、濃い薔薇の香りがまとわりつき、ニナは驚いて足を止める。
青い薔薇が部屋中に飾られ、目の前には青いドレープカーテンを左右に吊るした立派な舞台が見える。その前には客席と思われる椅子が横並びに、数列連なっている。
舞台の上ではニナたちと同じような仮面をつけた男が、来客に対して、何度も大げさにお辞儀をしている。
その下では仮面を着けた高貴な育ちであろう男女が、談笑しながらオークションが始まるのを今かと待っているようだ。
「エルフの少女が出品されるらしいわ」
「まぁ、さぞ美しいんでしょうね。わたくしの傍仕えに仕立て上げようかしら。私好みに教育するのも楽しそうですもの」
「ほほほ」
「おぞましいな」
カミュが片目を歪めたのが、仮面越しにもニナに見える。ノアは唇を噛みしめ必死に自分を押さえているようだ。ニナにはわからないが、不愉快な会話のようで胸の辺りがモヤっとして、ニナは胸を抑える。
「早く片付けよう。この近くに商品が置かれている保管庫があるはずだ。もう開始時間まで30分もない。探すぞ」
「ああ」
「うん」
部屋から出ようとすると、案内役だった男に声をかけられる。
「どうされましたか?」
カミュはわざとらしく咳をすると、ちらっとニナに目配せをし、話し出す。
「ああ、お嬢様がお腹が痛いっていうんで、どこかで休ませたいんだ。とある高貴な方の娘さんだから、ここに来ていることをあまり知られたくないんだが……わかるよな?」
ニナは直ぐにしゃがんで下を向き、「お腹痛い」とだけ呟いた。そんなニナの背中をノアが優しく擦る。
彼女たちの様子を見た男は頷いて、奥の通路を指さす。
「ああ、なるほど……では、少し音がうるさいかもしれませんが、少し奥に控室がありますので」
「助かる」
控室に着くと、男は頭を下げて戻っていく。
それを見届けると、ノアはこそっとカミュに耳打ちする。
「随分うまいな? そういう仕事やってたのか。諜報とか」
「いや。でもまぁ、色んな修羅場はくぐりぬけてきたからな」
「ほぉ、後で色々聞かせてもらおう」
そんな会話をしていた時だった。
くぐもった女性の叫び声のような音が、どこかから聞こえ、会話が自然と止む。
ニナが壁に耳をつけ、「ここから聞こえる」と手招きをすると、ノアはすぐに壁に耳をつけ舌打ちをした。
「……この声、メイサだ」
「どうほう?」
「ああ……早く助けてやらなければ」
立ち上がったノアの瞳は瞳孔が開き、青筋を立てている。
ノアはそのまま壁に向かって拳を振り上げ、勢いよく下ろす。しかし、彼女の腕を間一髪でカミュが受け止める。
「ってぇ! お前なぁ、でかい音出したら見つかるかもしれねぇだろ!」
「そうしたら、全員倒せばいい」
「馬鹿言うなよ。俺たちだけで、全員守りながらは無理だって! 少し冷静になれ!」
そう言われて、ノアは長い耳をぴくりと動かし、ぐっと唇を噛み締める。
「ではどうする」
「ドアを探すんだよ! たく、ついてこい」
そう言ってカミュは控室を出ると、隣の部屋の前にいる見張りに話しかける。
「おい! 五月蝿いんだが何とかならねぇか? お嬢様が怯えちまって」
「そう言われましても――」
見張りの言葉が終わる前に、カミュは壁を力いっぱい拳でたたく。鈍い音が響き、衝撃で壁が凹みぱらぱらと破片が落ちる。
「お嬢様が過呼吸になりそうなんだよ! さっさと止めろ!」
ビリビリと痺れるほどのカミュの怒声に、見張りはたじろぎ、ドアノブに手を掛ける。
「しょ、少々お待ちください」
そう言って、中に入ろうとした男はすぐに意識を失い、そのままズルリと床にへたり込む。カミュが手首を振り、ニナたちに声をかける。
「行くぞ」
「うん!」
そうして三人は部屋の奥に足を踏み入れた。
部屋はオークションの商品が乱雑に置かれているようで、かなり広い空間だった。奥の方には大きな檻が幾つも並んでいるのが見える。
最奥のほうに、布で仕切られた一角があり、そこから女の悲鳴が聞こえてくる。
ノアはそこに向かって真っ直ぐ歩いていく。
「マーシャに触るな!」
「番号札貼るだけだって言ってるだろ! 抵抗すんな」
「ぐっ」
男は躊躇わずにエルフの腹を殴り、エルフはくぐもった声を出す。男は、「無駄な抵抗しやがって」と言って、別のエルフの髪を引っ張ると、首輪に番号札を取り付ける。
「今日は高貴なお方が沢山いらっしゃるんだ。愛想良く振る舞えよ。まぁ、好色家であらせられるがな」
そう言って下品に笑う男の背後に、ぬっと影が近づく。
男が振り向くと、そこには怒りで我を忘れたノアが脚を振り上げていた。
「屑が」
そう言って、ノアは脚を思い切り振り落とし、男の頭からゴッと鈍い音が響く。男は体を揺らしたかと思うと、ばたりと床に倒れた。
「皆! 無事か」
「ノア!」
「メイサ、よくマーシャを守ってくれたな。ありがとう」
「ううん、うっ……怖かった」
「ああ、もう大丈夫だ」
そう言って、ノアは彼女たちを力強く抱きしめる。
「全員か?」
「ああ、ひとりも欠けていない」
「うし! じゃあノア、暴れていいぞ」
「良いのか?」
「守る対象はもう手の内にいるからな。派手にいけ」
「わかった」
ノアが手のひらを翳すと、光が集まり、それは弓矢に変わる。更に力を込め、大弓に変わる。
ノアがソレを思い切り引くと、そこには大きな矢が現れ、重そうなそれを思い切り弾く。
ビュッと風を斬る音がして、矢の通った全ての壁に風穴が開く。それは人が通れるほどの大きさで、会場前の通行人の驚いた顔が見えた。
「これで、逃げられるな」
「お前……めちゃくちゃだな。精々騒動起こしてくれるくらいの期待だったんだが」
口を開いて唖然とするカミュの横で、ニナが盛大に拍手をする。
「すごいすごい! ノアってすごい」
「そ、そうか? エルフの戦士なら当然だ。よし、では皆脱出するぞ」
「待て!」
背後から声がして、振り向くと其処には、ワナワナと震える男がいた。青地に紫色の大柄の蝶々が刺繍された奇抜なスーツの男は手にステッキを持ち、それをノアたちに向ける。
「そのエルフたちは私の商品だ! 勝手に連れて行くのは許さない!」
「許さないだと? 里を襲い、無理矢理連れ去った分際で。この外道が」
「だとしてもだ! 今は私のものだ! お前ら、はやくエルフを取り戻せ!」
そう言って、十数人の恰幅のいい男達がニナたちを囲む。彼らは皆、大楯を持っている。
「チッ……盾は不味いな」
カミュは舌打ちをして、ニナを自分の足元に手繰り寄せる。そうして、「全員を連れて逃げるのはキツイぞ」とノアに言う。
ノアは黙って頷き、周りを見渡す。
「半分減らせばいけるか」
「まぁ、それならなんとか……できるのか?」
「やってみる価値は、ある」
そう言って、ノアが弓矢を引くと何本もの弓がそこに現れる。矢の向き先は前方の男たちで、彼らは大楯を前に構える。
「無駄な抵抗を! 行けお前たち!」
男が口から唾を飛ばしながら叫んだと同時に、男たちは盾を構えたまま突進しようとした。
その時、ノアは弓矢の向きを変え、瞬時に天井に放つ。
ニナたちを囲っていた半分の男たちの頭上が崩れ落ち、男たちが潰される。砂埃が立ち、動揺が走る中、ノアとカミュがエルフとニナを連れて颯爽と穴から逃げ出す。
「ゲホゲホ! エルフを、逃すなぁ!」
周りが見えない中、奴隷商の声だけが、虚しく背後から響いていた。
「はぁ、はぁ、ここまでくれば、一旦大丈夫か」
「ああ、皆、大丈夫か?」
「うん。ありがとう、痛っ」
「おなか、治す」
ニナはメイサのお腹に手を当て、治癒を施す。
メイサは驚きつつも、「痛くなくなった。ありがとう」とニナに微笑み、ニナも微笑み返す。
「さーて、この後どうするかだが、とりあえず俺らが泊まってる宿に行くか? 信用できる筋に教えてもらった所だから、他より危険はないはずだ」
「何から何まですまない。頼む」
「うし、じゃあ見つかる前に行くぞ」
そうして一行は、エスポールを訪れた。
周りを見渡して、怪しい人影がないことを確認して宿に入ると、受付のおばあちゃんは驚いた顔をした。
「あらあら、どうしたのこの子たち」
「ばあちゃん、悪いが匿ってくれ。拉致されてたんだコイツら」
「あらそう、安心なさい。ここでゆっくりしていきなさい。ご飯も用意するわね」
おばあちゃんは、お風呂も入っておいでとエルフたちの頭を撫で、ご飯の用意に向かった。
チックタックと、静かに時計の音だけが鳴り響くエスポールで温かなミルクを飲んだ時、エルフたちはようやく緊張の糸が切れたようで、わぁわぁと泣き出した。
ニナはそんなエルフたちの頭や手を撫でて、いたいのいたいの飛んでいけ、とひとりひとりと向き合った。
ニナにとって、怖い思いをした彼女たちは、他人事ではなかったから。
――その頃、エルフたちに逃げられた奴隷商は、控室で鞭を使い、手下たちに痛烈な罰を与えていた。
何度となく叩きつけられた鞭の後が、痛々しく残る男たちは、息を絶え絶えに、「お許しください」と懇願する。
男は荒い息を吐き、唾を飛ばしながら叫ぶ。
「どうして許せるものか! 隣国の貴族に売る予定だったのに! エルフなぞ中々手に入らないのだぞ!」
そう言った後、男はぴたりと止まり、小さく笑い始める。その笑いは徐々に大きく鳴り、高笑いに変わる。
「はははは! そうだ。いるではないか、別のエルフが」
そう言って、使用人を呼ぶ。
「ロレーヌに伝えろ。お前が探している情報があるから会わないかと」
奴隷商は厭らしい表情を浮かべ、舌なめずりをする。
「エルフの責任は、エルフに取ってもらわないとなぁ。ははは」
上機嫌になった男は、ワイングラスに並々とワインを注ぎ、笑い続けた。




