22
私はハント様が引き止めるのを手で制止し、一歩一歩ゆっくりと彼女に近付いて行く。
どんなにイラついても淑女の仮面を外さない。
持っていた扇子で口元を隠し、いつもより更に微笑みを深めて、真っ直ぐに彼女の元へ向かう。
これで貴女はお終いよ。
そう、トドメの言葉を発する前に後ろから優しく口を塞がれた。
「君は何も言わなくていい」
またヴォルフ殿下だ⋯⋯
上から見下ろす彼の眉間にはいつものように皺が寄っている。でも⋯⋯瞳は優しい。すぐに逸らされてしまったけれど、初めて視線が合った。
「で、でも!」
「分かっている。俺に任せろ」
ヴォルフ殿下は私が何を言おうしていたのか分かっているというの?
私を背に庇うようにして、目の前にいるであろうローテックス嬢と対面した。
「もぉーヴォルフ様ってばぁ、前はわたくしにすっごく怒っていたくせにぃ、わたくしに会いたくて出てきてくれたのですかぁ?」
呆れる⋯⋯この状況でその発想なんだ。
どこまで自分に自信があるのだろう?
彼女の中では誰もが自分を選ぶのが当然だと?
確かに愛らしい顔をしているけれど、貴族社会で生きてくためにはそれだけではダメだと誰も彼女に教えなかったのだろうか?
周りにいる方々の蔑むような視線に気付かないの?
「黙れ」
ヴォルフ殿下の低い声が広いホールに響く。
「何でですかぁ?ヴォルフ様はぁ、わたくしとお話がしたいのですよねぇ?」
「黙れ」
「もう!そんな怒った顔をするからぁ、ヴォルフ様のお嫁さんになってあげないんですよぉ?」
「黙れと言っている」
「わたくしはぁ、お姉様にお願いを叶えて欲しいとお願いしているだけですよぉ。ヴォルフ様はぁ、お呼びではないんですぅ」
⋯⋯ああ、今日で彼女は貴族でいる資格を失う。それだけで済むとは限らないけれど。
「お姉様ぁ!早くモルダー様を紹介して下さいよぉ」
まだ諦めていなかったんだ。
彼女は自分の欲望だけで生きているのね。
「⋯⋯紹介しないと言ったわ。それに、もう無理よ」
「何でですかぁ?」
「紹介する意味がなくなるからよ」
「何言ってるかわかんな~い。じゃあレックス様でいいですよぉ」
「お兄様も紹介しない。⋯⋯貴女とはもう二度と会うことはないわ」
「??」
きょとんと首を傾げるローテックス嬢は穢れを知らない素直そうな子に見えるのに⋯⋯ただ本能で動いて、思ったことを言うだけの考えなしなだけ。
「ヴォルフ殿下、ありがとうございました。ハント様行きましょう」
「え?あ!あのこの後の処理がありますので⋯⋯あ、あのヴォルフ殿下申し訳ございませんが、ベルティアーナ嬢をお願いしてもよろしいでしょうか?」
何で後処理があるからって殿下にお願いするの!
私は子供じゃないんだから大丈夫なのに!
殿下に頼むなんてダメだって!
「あ、ああ」
引き受けているし!
「い、いえ、私は1人でも大丈夫ですから、お気遣いなく」
レ、レックス兄様!いいの?王子に私を任せちゃっていいの?
王太子殿下の側に控えるレックス兄様にアイコンタクトで助けを求めると⋯⋯頷かれた。なんで?
「⋯⋯き、君は⋯⋯」
?
「君は⋯⋯お、俺は君の⋯⋯」
声が小さくてよく聞こえない。
そばに寄って耳を傾けると、ヴォルフ殿下の顔が⋯⋯眉間に皺が寄って不機嫌そうなのはそのまま、ほんのりと赤くなった。
「何でしょうか?」
「お、俺は君の⋯⋯笑った顔が⋯み、見たいんだ」
聞き間違いだろうか?
私の笑った顔が見たいと言った?
眉間に皺を寄せて不機嫌そうなのに?
ふふっ、ふふふっ、何だかおかしくって自然と笑ってしまう。
(それが見たかったんだ)
また何か言っていたけれど小さすぎて聞こえなかった。
「い、行くぞ」
「は、はい」
ん?差し出された手に手を乗せたはずなんだけれど、これはエスコートと言うよりも手を繋ぐってやつだよね。
でも、さっきよりも赤くなったヴォルフ殿下の顔を見てしまえば、緊張なんてどこかに飛んでいってしまった。
うふふっ、ヴォルフ殿下は意外と照れ屋で可愛い人なのかもしれない。
まだ後ろでギャーギャーと騒いでいる声が聞こえるけれど、気にしない気にしない。




