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~ラシード王太子視点~
我がレフタルド王国から海を挟んで遠く離れてはいるが、友好国であるカルセイニア王国の王太子夫妻の息子、何れは次代の王太子のお披露目披露パーティーに出席した。
愛想のよいアイザック王太子と彼女を思い出すような貼り付けた微笑みの王太子妃。
そして、不機嫌さを隠しもしないヴォルフ殿下。
気になるのはアイザック王太子の後ろに控えている男。名をレックス・ディスター。恐ろしいほどの美貌の男だが、その無表情な顔は見覚えがあるような、ずっと幼い頃に会ったことがあるような不思議な男。
幼い王子は顔は王太子妃似で、髪は青銀色、瞳の色は琥珀色の父親の王太子と同じ色を受け継いだ子供だった。
私の他にも招待された他国の王族や貴賓たちがパーティー中盤で退場をしていく中、ヴォルフ殿下の視線に気がついた。
真っ直ぐに見つめるその先に、一際目を引く令嬢が⋯⋯
私が知っていた頃よりも美しく成長したベルティアーナがいた。
貼り付けた笑みを浮かべているのは変わらないが⋯⋯
「彼女は?」小さく呟いた私の声を拾ったのか王太子殿下が応えてくれた。
「ああ、ディスター令嬢か。綺麗な娘だろ?ここに居るディスター侯爵の妹さんだよ」
ディスター侯爵の?
だからか、見覚えがあるはずだ。
随分幼い頃に1度だけ会ったことがある。
そうか⋯⋯もうウォール公爵令嬢ではなかったな。
私の言動から婚約者候補を辞退し、彼女たち家族が国を出てたと聞いてからずっと胸が重苦しかった。
この国に居たのか⋯⋯
「さすがはレックスの妹と言うべきか、とても優秀でね、彼女が経営に携わるようになってからディスター領はどんどん発展しているんだ」
優秀なのは知っている。
私の婚約者になるはずだった。
次期レフタルド国王の私の妃になるはずだった女だ。
「ベルティアーナと⋯⋯いやディスター侯爵令嬢と話せるだろうか?」
「必要ありません。『顔も見たくない』と仰ったのは貴方ですよ」
!!
横から口を挟んだディスター侯爵に不敬だとかは思わなかった。
確かにそう言ったのは私で、彼女たち家族がこの国に移住した原因を作ったのも私だった。
それでも一言謝りたい。と、そう告げる前レヴォルフ殿下が動いた。
ベルティアーナが会話をしていた令嬢に背を向け歩きだしたかと思えば、振り返ってゆっくりと戻る姿は威圧感があり、圧倒するのが見て取れた。
何があったのかは分からないが、(彼女を守らなくては)と、一歩踏み出したところで止められた。
「ヴォルフが行ったから大丈夫ですよ。見ていてください」
相手の令嬢が不快な言葉を発したのは周りの者たちの表情で分かる。
ベルティアーナは表情にこそ出してはいないが、怒っているだろうことは察せられた。
そんな彼女が言葉を発するまえに、ヴォルフ殿下が後ろからそっと抱きしめるかのように、優しく手で口を塞いだ。
大の女嫌いと聞いていた彼は、ベルティアーナだけは特別な存在なのだと態度で表していた。
そして庇うように前に出た。
注目を集める中、ベルティアーナに絡んでいた令嬢が何者かは知らないが、周りから顰蹙を買っていることにも気付かない、愚かな者だとは察せられた。
何か言っているようだが、憐れなぐらい相手にされていない令嬢を視界の端に追いやって、ヴォルフ殿下が何やらベルティアーナに呟いていた。
一瞬だけ此方に目を向けたベルティアーナに勝手に心臓がドキリと音を立てたが、私と視線が合うことはなかった。
⋯⋯笑った。
どんな会話がなされたのか、ベルティアーナがヴォルフ殿下に笑顔を見せたのだ。
数年前、私に向けた笑顔の何倍も魅力的な、誰もが見惚れてしまうような、そんな笑顔をヴォルフ殿下に向けて、まるで仲のいい恋人同士のように手を繋いで去っていった。
その後ろ姿を目で追いかけていたところ、隣からアイザック王太子殿下の声が聞こえた。
「うちの弟の初恋なんだ。悪いなレックス諦めてくれ」
「⋯⋯ベルの気持ち次第ですね」
「まあ当然だね。だが、断言するよ。ヴォルフなら君の妹を誰よりも愛し守り続けるよ」
⋯⋯。
「それに彼女の能力は王家も認めているからね、誰も反対はしない」
ベルティアーナが私ではない誰かに嫁ぐだと?
「ラシード殿下。私の妃を見てどう思った?」
他人の妻に思うところはない。
ただ、あの貼り付けた笑みだけは好きになれない。
「⋯⋯王太子殿下に相応しい素敵な妃殿下ですね」
「私の妃は完璧だよ。どんな時も冷静で不安など欠片もないように微笑みの仮面を貼り付けている。それこそが国民に安心感を与え、家臣たちだけでなく他国にも隙を見せない自慢の妃なんだ」
「素晴らしい妃を迎えられましたね」
どうでもいい。
「だがな、仮面を外した妃は⋯⋯私の前でだけは本当の姿を見せてくれるんだよ。本来の彼女は泣き虫で、怒りん坊で、とても笑顔が可愛いんだよ。それに夜も魅力的だしね。⋯⋯もし、ベルティアーナ嬢が君の妃になっていたとしたら⋯⋯心から信頼しあえるような夫婦になっていたとしたら⋯⋯彼女の本来の姿を見ることができるのは君だけだっただろうね」
あの笑顔が私だけに向けられるとしたら⋯⋯どれだけ幸せで、どれだけ優越感を味わえただろう。
「それを自分から手放すなんて勿体ないことをしたね」
もう、遅いのだろうか?
もう、遅いのだろうな。
凝り固まった頭で、突き放していた私にベルティアーナが心を開いてくれないことは分かっている。
今さら自分の気持ちに気付くなんて⋯⋯
ベルティアーナ。
君の笑顔を向けられたかもしれない未来の資格を、私は自ら手放してしまったんだな。




