第24話 それは宝石よりも価値がある物に
ベーリルントにある行政府。そこは一階が広めで二階が狭めの建物だった。正面から見ると漢字の『凸』の形に見える。
他の地区の行政府の大きさとは比べるまでもない小ささだが、一応ベーリルントで一番大きい建物のようだ。
初見で行政府だとは分からないだろう。一階は事務所になっていて、二階は寝泊まりする為の個室が四部屋あった。
因みに常駐の役人は一名。名前はクロエッティ・シェルガー。役人経験はシンシア行政官よりも四年長いらしい。年齢は二十代後半で、やや暗めのオレンジ髪をポニーテールにしている。目は細めでちょっと鋭く第一印象で勘違いされそうな雰囲気の顔。生まれつきだとは思うが、ソロモンに対して不機嫌な事の表れでないと信じている。
シンシア行政官は南に隣接しているイラデロス地区も担当しているので、そちらと行き来しないといけないらしい。なのでトルモール地区の業務の大半は、ベーリルントを含めて実質彼女が一人で回している様な状況だ。
一人でなんとかなっているのは、彼女の能力もそうだがそれ以上にトルモール地区に何も無いからというのが大きい。
ソロモンは事務所の片隅を借りて荷物を広げている。シンシア行政官とクロエッティは領民を集めて今後のことを説明した後、ソロモンから預かったお金を分配した。彼等は皆ソロモンにお礼を言ってから帰って行った。外は日が沈みきる前の夕日の残光が照らしていた。
これでここの領民の心は掴めた筈だ。少なくとも今は協力を得られると思う。
そんなことを考えながらソロモンは作業を進める。領民達は帰ったので、手が空いたシンシア行政官がソロモンの手元を覗き込む。
「ソロモンさぁん、なにをやってるです?」
「石炭を調べているんですよ。化学的な性質は大凡分かっているんですけれど、変質材として使えるのかどうか気になってしまって。変質材の研究用の道具は持ってきていたので、ちょっと調べていました」
元の世界との大きな違いは、魔力という力が存在しているという点。魔力を利用する技術が確立されていて、一般に普及しているのだ。
この石炭が燃料以外の魔装具の用途で使えるなら、環境問題を考えなくてもいいかもしれないがどうだろうか。
「変質材として有用なら、石炭を使った魔装具を作って売ろう。ここに工場を建てれば産業になる。石炭を掘り尽くしても、別の魔装具の生産に切り替えることが出来ればやっていけるかもね」
先を見据えたプランだがこれは石炭次第。習った手順に従って反応を記録していく。練習は少ししたが、既存の物質で数回やっただけなので経験不足ではある。変質材としては全く未知の物質を相手にするのは初めてだ。
「魔法産業ってヤツですよねぇ。いいな~お金いっぱい稼いでいっぱい贅沢出来るですぅ」
「どうだか。これもただの夢物語の一つなんじゃない?」
クロエッティは期待度ゼロのコメント。シンシア行政官と真逆の反応だ。
「夢物語か。そうだな。俺が今ここにいる事自体が夢物語の続きだしな」
異世界にやってきて、帝国貴族に王国領主。城に住んで金貨の山。嫁は美人で有能で名家の御令嬢。相棒は戦闘もお手伝いも出来る動く骸骨。
「夢なら逆に醒めて欲しいくらいだよ。不満を漏らしながら学校へ歩いて行く。どこにでもいるただの人間が俺の現実だからさ。不相応な身分だって、まだ思ってる」
それは不意に漏れたソロモンの本音。現実と分かっているが、どこかそれを信じ切れていない。心の中に残っている離れない感覚。
ソロモンの本音にシンシア行政官とクロエッティはどう思ったのかは分からない。二人共沈黙して互いに顔を見合わせていた。
クロエッティは自分のデスクに戻って行ったが、シンシア行政官は近くの椅子を引っ張ってきた。ソロモンの様子を期待を込めた瞳で窺っている。
慎重に確実に情報を得ていきながら、そこからどんな魔装具に使えそうなのかも同時に考えていく。反応は出ているので何かしらの魔装具には使えそうではある。
結局その日は結論は出なかった。質素な食事を貰って行政府に一泊。二階の部屋を借りて眠りにつく。以外と疲れていたのかすぐに眠ることができた。
次の日も朝からソロモンは動いた。シンシア行政官と相談して領民達に指示を出す。
「しかし採掘場所の安全確保に必要な情報が揃っていたとはねぇ」
「前領主がこういうの気にしなかったもので。どんなに調査しても予算を付けてくれなかったから、具体的な対策は出来なかったけれども」
採掘場所は適当に選んだのかもしれないが、無計画に掘っていたという訳ではないようだね。
「予算は用意するのでそれで採掘作業の安全対策をお願いします。渡したお金で足りなかったらトルシェン行政官に連絡をしてください。預けてあるお金を渡してくれます」
「流石ソロモンさんですぅ。……ちょっと恵んでくれないかなぁ」
部下のクロエッティが素早くどついた。彼女は出来る部下だということが分かった。
シンシア行政官にソロモンの馬車を貸し出して、安全対策用の資材などの手配を頼む。行き先は当然ダブリオンである。
そこでソロモンは一つ方針を伝えた。それは領民の将来を考えての事だった。
「安全対策の作業は必ず採掘者達にもやらせること。道具と資金があれば、自分達で全て出来るようになる。これが目標ね。何かあった時に自分達でやれないと、いざって時に困るからさ。それに俺がしくじっても、その技術と経験がれば建設業で食べていけるかもしれないしね」
ある種の職業訓練の様なものといえるか。一番のプランがコケた時の次の策を仕掛けておく。
シンシア行政官を中心に領民達が動き出した。ここは任せておいてソロモンは石炭の調査を再開した。だいぶ進んでいるが、まだ結果が出ていない試験がある。行政府に残ったクロエッティは特に咎めるような事はしない。邪魔にならないからか完全に放置するスタンスだ。
作業に没頭しているといつの間にか日が傾き気温も下がってきた。その頃には石炭の調査も終わり、今手元にある物を利用して魔装具の組み立てを行っている。構造の基本的な部分は教わっていたので、少し弄ることが出来る。
といっても出来は専門家が専用設備で製作したのとは比べものにならない程低い。それでも正常に動く魔装具にはなった。ヴィクトルに協力してもらって試運転してみたが、大凡想定通りのようだ。
そこから得られた知見を手書きで紙に纏めていく。ステルダムで得られた知識をフル稼働しつつ、無駄な部分を削ってなるべく簡潔になるようにする。
一段落付いたところでソロモンのお腹が鳴った。
「そろそろメシにするか。……もう七時過ぎたかぁ。ちょっと熱中しすぎたかな」
やっていると面白くなってしまったのだ。成果が出始めたら本当にハマってしまう魅力があった。
晩メシどうしようか。そんなことを言っていたらシンシア行政官が帰ってきた。
「ただいま戻ったですぅ。ソロモンさん、大金稼げそうですかねぇ?」
帰ってきた第一声がこれである。本当にお金のことばかりの行政官様である。
「稼げると思う。これをステルダムに送れば技術を大きく先に進める事が出来るよ」
ソロモンが指差した先には、即席で作った単純構造の魔装具と六枚の手書き資料があった。
「一日で大金が稼げるなんて流石ソロモンさんですぅ!!」
「いや、まだお金にはなっていないんだけど……」
気が早すぎるんだよなぁ。二ヶ月は掛かると思うんだけども。
「それでぇ~どんな感じで大金が稼げるですぅ?」
「全く聞いていないね」
目が金貨になっていそうな勢いだ。貧しすぎてお金に対する貪欲さが上がっていたらしい。
ソロモンはテーブルの上の魔装具を拾い上げた。長方形の木製ケースに、三十センチ程の円柱に近い金属の棒が面積が一番狭い面から一本突き出ている。
「石炭を魔装工学的に調べたところ、反応が出たので変質材として使えます」
魔力に対して反応を示す物質と示さない物質がある。変質材として使える可能性があるのは、反応を示す物質だ。
「変質材としての性質は『発熱質』でした。つまり魔力を熱エネルギーに変える性質ですね。これが既存の変質材よりも高性能だったんですよ。つまり同じ魔力量でも発生させる熱量がとっても大きいです」
スイッチを親指で押す。すると金属の棒が発熱した。見た目に変化は見られないが、指を近づければ熱さを感じることが出来る。
「更に『劣化性』と『消耗性』は殆ど無さそうな上に、多分『変化性』も無いっぽいです」
「え~っとそれって……。変質材としての性能が下がらなくて、使ってると減ったりしなくて、別の性能に変わったりしないって事ですぅ?」
「まぁ、そういうことですね。発生した熱で石炭に着火しないように、遮熱加工をしっかりやらないと大惨事になりそうですが……」
ソロモンは手書きの資料を一枚シンシア行政官に見せた。ソロモンが描いた新型魔装具の図面だ。
「これは『蒸気機関型魔装具』。高い熱量で水を沸騰させて蒸気を発生させ、その圧力を動力源に変えるものです。この世界の交通事情を大きく変える魔装具ですよ。
構想自体はあったのですが、問題は高圧蒸気を生み出す為に必要な熱エネルギーを、生み出せなかった事です。燃料も無かったし既存の魔装具では充分な加熱ができませんでした。しかし今回石炭が見つかった事で一番の問題は解決出来たと思います」
ソロモンの図面を覗き込んだシンシア行政官は、うんうんと何度か頷いた。
「成る程、さっぱり分からないですぅ。だから大金だけ頂戴ですぅ」
「実用化したらここに工場を建てて、領民達が働くんですよ! アスレイド王国向けの供給はここで担うんです! シンシア行政官も役人として働いてもらいますからね!」
フェデスツァート帝国向けは勿論ステルダムで生産する。当然二拠点で生産すれば普及も早い。




