第23話 後発の強み
日が傾き空がオレンジ色変わり始めた時間だがまだ周囲は明るい。ソロモンは積み上げられた土の山の近くでしゃがみ込んだ。
「鉄鉱石や銅鉱石の類いは出なかったんですね?」
ソロモンが土を触りながら背後にいるシンシア行政官に聞いた。
「出なかったですぅ。それどころが金属と思われる物も無かったですよぉ。金鉱脈があれば大儲けだったですよぉ」
「金属類は無しか」
土の中に特に気になる物は無かった。どうやらこの土の山、篩か何かに通したが何も無かった土を集めて出来たらしい。
ソロモンは灰色っぽい石が適当に積まれた山に移動。その背後をシンシア行政官とヴィクトルが付いてきた。採掘者達は期待度が皆無の目で、ソロモンの動きを追っていた。
実際に石を触って調べてみたが、何処にでもありそうな石ころばかり。土を篩に掛けた残りだったのだろう。
「宝石類も全滅って話ですよね」
「出なかったですぅ。クッソデカいダイヤとか出てきたらよかったのにぃ」
気持ちは分かる。分かるが何処でも大量に出ないから希少価値があるんだよなぁ。
ソロモンは考えた。これは採掘跡の穴を利用する産業狙いに方針を変えた方が無難か。 ワインとかの酒造業かチーズのような発酵食品ならいけそうか。
確かに出るかどうかも分からない鉱物資源に賭けるよりかは現実的だろう。理想と現実との折り合いを付けなきゃならないのが領主の役目だろう。
――うん? これは……?
それは黒っぽい石が積まれた山を調べた時だった。何か違和感があったのだ。
「持った時の感触が……。何だろう……? これは石か?」
上手く表現が出来ないのだが、手触りが他の石と全然違うような気がする。
「お~い、この黒いの何だったですかねぇ?」
シンシア行政官が採掘者に聞いた。ガッシリした体格の男がその質問に答える。
「少し掘ったら出てきたんすよ。周りと色の違う固い岩盤みたいでした。試しに砕いてみたんすけど、鉄とか宝石とかは全く入って無かったっす」
どうやらこれは砕いた後の塊が石みたいに見えてたようだ。ソロモンは自分の手の上にある、野球ボールよりも一回り大きいめの黒い塊を凝視した。そして頭脳をフル回転させる。脳内の記憶にアクセスして該当しそうな情報を探す。
「固い岩盤のような……。周囲と色が違って触った感触が全然違う……色は黒い……」
――まさか。そんなことが有り得るのか……。
「これ、地面に埋まってたって事だよな? 地層みたいな形であったって事だよな?」
「えっ、ああそうですね。砕いても砕いても出てくるし。この辺の山は何処を掘ってもすぐにこんなのが出てくるんです」
今度は細身の採掘者が答えた。そこでシンシア行政官が反応した。
「ソロモンさん、何か分かったですぅ?」
「これの正体に思い当たる物が一つあるな。調べてみる。答えが出るのはすぐさ」
ソロモンは黒い塊を持ったまま積まれた山から離れた。そして剣で半分に切った。ブロジヴァイネなら、綺麗に二等分だ。
「中には何も無さそうですよソロモンさん」
「中身が問題じゃ無いんだよなぁ。寧ろ変なのが混じってたら判断に困る」
断面は表面と同じく黒い。見た所では不純物らしき物は見当たらないようだ。
「俺が思っている物かどうかは、これに火を付けてみれば分かる」
しゃがんで地面に放り、ポケットから着火用の携帯用魔装具を取り出した。それを使い着火を試みる。その結果は――。
「わぁお!! 燃えたぁ!!」
思わず大きな声がソロモンから放たれる。少しの褐色の煙を出しつつ、赤色に変わり熱を放出する。独特な臭いがソロモンの鼻に届いた。初めて嗅いだ臭いだが確信を持った。
「こいつは『石炭』で確定だな! 埋蔵量もかなりありそうだぞ!」
周囲もざわつきはじめた。彼等もこの黒い物体が燃えるとは全く考えていなかったようだ。
「よくわかんないけどお金になるって事ですぅ?」
「金になる……なんてもんじゃねぇ。俺がいた世界じゃあ、これを巡って戦争が起きた事があるくらいの代物だ。有用性を知っていれば、宝石よりもずっとずっと儲かるぞ!」
「ええっ!? 戦争するほど儲かるんですかぁ!?」
シンシア行政官は掘り出された石炭の山に猛ダッシュ! 両手で塊を鷲掴みした。それを追いかけるように採掘者も集まる。
「まぁ、これを活用できる装置があるのが前提だけどね。でなきゃ火力の高い薪の代替品として、安く買い叩かれるだけだ。苦労して掘り出したのに小銭にしかならないなんて、そんなの嫌だろう? 領民の皆さん」
「ええ……そうですけど。でもどうすればいいんですか?」
ソロモンに期待と不安が入り混じった視線が向けられる。
「蒸気機関があれば……だな……。ステルダムの技術者には仕組みを伝えてあるから、石炭があれば完成はしそうなんだが……」
ソロモンには懸念があった。蒸気機関の、いや石炭を使い始めた人類の未来に何が起こったのか。それを知っているからこそ一度立ち止まったのだ。
「問題は石炭を燃やすと環境が悪くなっていくという点だな。特に空気が悪くなる」
「でもぉソロモンさん。薪を燃やす事だってあるじゃないですかぁ。でも煙を直接吸わなかったら大丈夫じゃないですかぁ」
「含まれている物質がちょっと違うんだ。だから煙の有害性は薪よりも大きい。それに石炭は一度に大量に燃やして大きなエネルギーを生み出して利用するからね。発生する煙の量が桁違いだ。
自動車の動力として街中でやっても、列車を作って郊外でやってもいつかは環境問題にぶち当たる。本格的に儲けるのは、排気ガスの問題を何とかできる算段を付けてからだな」
俺の知る限り、石炭を掘り出して利用している国はこの世界には無い。今の所は俺が独占状態だ。ガッツリ儲けたいが後でトラブルになりたくない。元の世界の知識と経験があるんだ。後発の強みを生かしていこう。
シンシア行政官は口を半開きにして十秒固まった後、
「大儲けで贅沢三昧の行政官ライフは……?」
「そんなライフが訪れるかは分からないけど、今日明日の話じゃないな。まずはステルダムの技術者に連絡しないとな。蒸気機関は作れると思うが、大事なのは排ガス対策だ」
シンシア行政官は肩を落とした。そして丸眼鏡がずり落ちた。
「取り敢えず領民の皆さんは、この石炭をキープしておいて下さい。取り決めでは、採掘された資源は領主に所有権があって、売却して得た利益を領民と分配する事になっていた筈だ」
「それはやりますけど、本当に売れるんすかね?」
不安そうな領民達。それは確かにそうだろう。期待して良いのか迷っているのが分かる。
「それに関しては俺が領主としての責任で何とかする。なので勝手に売らないようにしてくれ。それと石炭の話は外では他言無用で頼む。話を聞いた部外者が盗みに来るかもしれないからな。折角の独占チャンスだ、みすみす逃す手はねぇよ」
領民達は互いに顔を見合わせて相談を始めた。いきなり現れた新領主の言葉をすぐに信じるというのは、難しいだろう。中々素直に従うというのはハードルが高いと思う。
しかしソロモンも経験を積んできた。こういう時に有効な一手がある事は分かっている。
「シンシア行政官、ちょっと頼みたいことがあります」
「なんですぅ? 贅沢できるなら何でもやりますぅ!」
彼女は復活したようだ。そしてブレていない。
「補償金というか支援金というか。纏まったお金を預けておきます。ここの領民達の当面の生活費の足しにして下さい。それと採掘作業を全て中止させて採掘場所の調査をお願いします。作業時の安全性に問題がある可能性がありますので、見つけ次第是正をしてください」
「お金くれるですぅ!?」
「シンシア行政官の分じゃないですよ。領民の為です。ちゃんと扱ってくれると貴方を信頼しているから、預けるんです。大丈夫ですか?」
シンシア行政官は小さな胸を張った。
「そういう事ならお任せ下さいですぅ! ……それで幾らくらいくれるんですぅ?」
「馬車に積んである。こっちだよ」
ソロモンは馬車に戻って大金が入った袋を降ろした。
「こんなこともあろうかと。ベーリルントの為に纏まったお金を持ってきてたんだよね」
「わ~流石ソロモンさん! これができる領主様ですよ!」
何故か領民達にドヤ顔の行政官様。
「シンシア行政官はいつもこんな感じなのかな?」
ソロモンが領民に聞いてみると、
「役人様にしては偉そうじゃないっていうか……話しやすい人だなと」
成る程ね。これがシンシア行政官の強みか。




