第五話 研究所
暗闇の中で一人の女は身にまとう魔力を徐々に増幅させながら進んでゆく。「これはもういらないわね」と、彼女は腰に下げていた短剣をその暗闇の中で落とすと地面があるのかすらわからないこの空間で短剣はひたすら下へ下へと落ちてゆく。
そしてある時、彼女は立ち止まり魔法を詠唱した。神々しいその魔法は彼女を包み込み、彼女の存在をこの空間から消した。
「この数年、魔法を使っていなかったから大変だったのよ?」
「それはそれは。大変でしたねディーネ」
「ええ。とってもね」
琥珀を演じていた女の名前はディーネ。彼女は喜に声を掛けられ、初めて暗殺稼業を行うところから琥珀という男を演じ、昨日までは一切魔法を行使することはなかった。それどころか暗殺稼業を始めたばかりの頃は彼女自体も物理的な攻撃手段というものを持っていなかったため喜からの暗殺術はとてもためになった。あっという間に彼女の暗殺術は指導していた喜を越し、今や喜など相手にならぬほどに上達した彼女は予定通り魔法を使う必要も無くなっていた。
「ところで彼のことはどうするんだい? これからも洗脳するのならば別に良いのだが、奴に罪を被らせなければならないのだろう?」
リチャードと呼ばれたその男は磨き上げられた透明な水晶の中で写る喜の姿を見ながら言った。彼の水晶は今、バハトル帝国の帝都のとある道を映し出しており、そこには喜と彼の暗殺者と思わしき一般人に返送した数人の人間を観察しながら気だるそうに机に持たれかかりながらディーネの話を聞いていた。
「そうね。もう帝国のお掃除は終わったもの。彼に用はないわ」
ディーネとリチャードの関係は暗殺者と暗殺依頼主。彼らは帝国の不要な人間を効率よく、そして誰からも罪を問われないよう、リチャードは邪魔な人間の暗殺を喜に依頼し、ディーネは琥珀という皮を被り喜から暗殺の依頼を受ける。そうして全ての帝国にとって不要な人材を殺し終えた後、もしくはいざというときには最初から依頼の中間役を買っている喜という生贄を帝国に差し出し、法で喜を殺す。そうすることによりディーネとリチャードは完全に暗殺というものから無関係になることができる。琥珀という暗殺者の名前すらもフェイク。安全かつ完璧な暗殺。これほどまでに簡単かつ単純に邪魔者の排除をする方法はあるだろうか?
「ところで陛下は今王室にいるのかしら?」
「いや、今日は共和国で社交界のはずだ。見てみようか?」
リチャードは喜が映し出された水晶を眺めながら共和国の社交界へと水晶の映し出す場所を指定しようとする素振りをするが、「いえ、いいわ。それよりもこれ、役立つかしら?」ディーネが持つ球体の物質を目にし、リチャードは水晶から初めて目線をディーネへと移した。
「魔眼か。殺したのかい?」
「ええ勿論。今も私の中にいるわ」
ディーネは自分の胸に手を当てながらそう言った。それを目にし、リチャードはあからさまにいやな顔をして目線を再び水晶へ戻した。
「やれやれ、今となってはディーネの一部か。恐ろしいものだね」
「ええ。本当にね」
ディーネはこの暗く得体の知れない生物が無数に保管されたこの部屋を見渡すが、彼女が10年前ここに来た時とあまり変わっていない。生物を保存するための液体の入ったガラス張りの入れ物が列になりこの部屋の中央に並べられている。その入れ物の中には人形のサイズから人間以上の大きさを持つ生物など様々だが、どれもリチャードによって滅茶苦茶に遺伝子組み換えをされており、殆どは原型すらわからぬほど変異しているが、それぞれの魔力は恐ろしい程に高い。だがそれでも足りない。あの巨大な扉を開けるにはこんなものでは。。。
ディーネは悲しみと苦しみを同時に味わったような顔をし、リチャードの研究室を去っていった。




