第四話 琥珀の正体
鼠ノ洞窟地下7階、午前11時。
琥珀はこの洞窟へ入ってからずっと戦っており今まで一度たりとも傷を負ってはいない。寧ろ何が起こっているのかがわからない程の速さで敵を切り刻んでいく琥珀を目で追えというのは少々無理がある。地下7階に湧き出るオーグという魔物は巨体だ。だが動きが遅いためその隙を埋めようとひっきりなしに鼠の魔物が攻撃してくるわけだが別に音速を超える速さで斬り進んでゆく琥珀にとってその程度の隙は埋められたところで何の問題もない。琥珀にとって全ての魔物は止まっているに等しい。
そんな中、琥珀の背後から全力で走る複数人の冒険者がいるが、真っすぐに洞窟を走っているはずのその冒険者たちは魔物を倒しながら進む琥珀から少しずつ離れていっている。最初から琥珀を援護しようなどという考えは持ち合わせていなかったが、まさか琥珀に付いていくことさえギリギリ追いつかないとは。。。
そんな思いが込みあげてきているのは恐らく、ディアブルだけではないと彼はそう思う。琥珀の後ろを追っているのは当然、ディアブル、エレガ、エルク、メルの4人なのだがあまりにも自分達と違う圧倒的な強さと速さを兼ねそろえた琥珀本当に付いていっていいものなのかと何度も自分に問いかけてしまう。だがここで足るのを辞めてしまうと地下7階から地上まで無事に帰還することは今の4人には無理なのだと知っている。だからひたすら琥珀を全力で後ろから追う。
「確かここら辺にあったはずなのだが。。。」
琥珀は地下7階から8階までの階段の途中辺りで壁を触りだした。そして階段の下からは地下8階に生息する魔物たちがこちらへ昇ってきていた。この洞窟には階層毎に階段があるが、実は冒険者は洞窟の通路や開けた場所より階段で死んでしまうことが多い。何故なら階段は上と下から魔物が襲って来るうえに、階段は下から魔物が詰めてきた場合後ろにも魔物がいるため思うように後ろに下がれない。だから挟み撃ちにされ何もできずに魔物に潰されてしまうことが多い。そして今、本来ならそのような状況になってもいい筈なのだが後方からは魔物が来ない。理由は琥珀が粗方倒し終えたからだ。だが下の階層からは魔物が詰めてきている。徐々に昇ってくるその魔物は背中に4本の腕を生やした鼠の尻尾を生やした魔物。
「少しだがあれを抑えていてくれないか?」
琥珀は耳を壁に付けたり触ったりして何かを探しているようで琥珀からこちらに昇ってくる魔物を抑えるよう言われた4人は「え、いや、無理無理」などと言っているが、どうやら琥珀は一切その魔物と戦う様子がないだめ盾職であるエルクを先頭にして4人は身構える。ミノタウロスと鼠を混ぜたような魔物はエルクの正面までやってくると手に持った金棒で襲い掛かる。
スドッ
それは決してミスリル製で作られた盾と金棒が当たるような音ではなく、上の階層では聞かないような重い音が響き、次の攻撃を仕掛けようとそも魔物が腕を持ち上げた瞬間エレガはその腕を狙い剣を振るうがシュッというかすり音が鳴りエレガの持つ剣は壁を刺していた。
ドスッ
そしてもう一撃、魔物は金棒を振るいエルクは膝を地面に付けた。あまりにも重い攻撃にエルクの足から腕まで体中が悲鳴を上げていた。攻撃を受けた後も体は先ほど受けた攻撃の振動が響いており次の攻撃は絶対に受けることはできないだろう。しかも魔法障壁を盾にディアブルとメルが発動しているというのにその障壁は毎回、粉々に砕ける。そんな絶望的な状況の時、その魔物の首が飛んだ。するとゆっくりと魔物はその巨体を後ろに倒し、魔物の首から流れる血はぽとぽとと階段を下って行った。
「すまない。遅くなってしまって」
琥珀の言葉を聞き先ほど彼が何か調べていた場所を見るとそこには穴が開いており琥珀は4人にそこへ入るように合図すると穴に消えていった。エレガは恐る恐るその穴を覗き込むが、まるで中が見えない。というよりかはこの穴は奥深くへと繋がっているようだった。しかし琥珀が来いというのなら安全なのだろう。そう信じてはいるのだがその穴に飛び込む勇気がまるで湧かない。そんな時、彼らは階段の上と下から魔物が来ていることを目にした。この穴に入るしかないのだ。助かりたければ絶対に。
4人は意を決して順番に穴に飛び込み最後はエルクが入ると同時に穴の扉を閉めた。
― ― ― ― ― ― ― ― ― ― ― ― ― ― ― ― ― ― ― ― ― ― ― ―
周りには今までとは違い広大な草原が広がっていた。
「なんなのだここは」
見渡す限り地下だというのに草、木、花があり、今まさに彼らが落ちて来た穴は遥か上空の雲のようなもので見えなくなっていた。それほどまでにこの場所は広大。本当にこれはダンジョンの地下なのだろうか?そう4人は思うがそれを口に出そうとは思わない。ここへ連れて来た者が高位の魔法使いとかなのであれば転移で別の場所へ移されたと理解することができるが魔力の無い琥珀がそんなことができるわけもない。だからこそこの場所は信じられなかった。
ところで、あれはなんなのだろうか。
目の前にそびえたつ巨大な扉は禍々しい雰囲気と何か神々しいものを感じさせ、よりこの場所の不自然さを強調させる。未だ見たことのない自分達の中の常識を覆す何かがその中にあることは確か。だがその巨大な扉には複数の鎖で閉まっておりその全てが魔力を纏っていることは理解できた。恐らく琥珀は魔法が使えないため4人を連れて来たのだろうがこんな複雑な魔法、わかるわけがない。
「これ、メルなら解けるか?」
「いえ、私ではこの魔法がどのようなものなのかさえ理解できません」
「そうか」
琥珀は残念そうに頭を下げると短剣を鞘から引き抜き、消えた。その瞬間、4人は凍えるような感覚に体中が襲われた。一斉に4人の視線は地面、草、木、空など様々な方向へ移動し、その時彼らは意識を失った。何が起こったのかを一切理解できずに。
「何もできないのならもう貴方達には用はないわ。メル、貴方にもね。それにしても昨日会ったばかりの男にまんまと付いてくるなんてね。貴方たちがいけないのよ?」
気分良さそうに発するその声の主は今まで同じパーティーの仲間として行動していた者たちの血が付いた短剣を拭きながら口を名一杯横に広げ嗤った。そこに立っているは確かに琥珀だが、琥珀ではない。というより寧ろそれは最初から4人の知る凄腕の冒険者でも喜の知る凄腕の暗殺者でもなかったのだろう。次第に琥珀の体からは靄のようなものがかかり本来の姿が見え始めた。霧が完全に消え霧のあった場所にはサラサラとした紫の髪をした美女が立っており、地面に付きそうな赤くて長いドレスを身にまとった彼女は地面で転がっている死体を踏みつけながら歩いていく。そして彼女が完全にその場所から見えなくなった時、それらはクスリと笑い体をなびかせる。4つの死体から流れ出る血は地面に敷き詰められた草や花を赤く染めていき、幻想的なまでに赤く綺麗なその植物たちは血を求め、変形し、死体を囲い、食べた。その後、足の生えたその真っ赤な植物たちは元の位置へと移動すると再び元の姿へと戻り花びらを真っ赤に染めていたその色素も元の綺麗な色へと変化していた。
「ふふっ、いいもの取れたわ。リチャードも喜んでくれるかしら?」
そうつぶやきながら彼女は手に持った血みどろの丸い何かを手の上で転がしながら楽しそうに歩き、転移魔法を発動したことによって表れた暗闇の靄の中へと入っていく。
「この数年、魔法を使っていなかったから大変だったのよ?」
やがて誰に話しているのかもわからない彼女の声と転移魔法によって作り出された靄が消え、その場所は自然だけが残った。人間が支配するこの時代とはまるで別世界のような人口建造物が一つも存在しない自然豊かな空間。天国のようなその場所は死んだ後の世界のように静かで風も吹くことはなく、植物はあれから一切動こうとはしない。まるで世界から見放されたように無音な空間はただただそこに存在する。




