第一話 琥珀、冒険者になる
「ほらよ」
酒屋の店主らしき男がカウンターから酒を出し、琥珀はカウンター席で一人の男と酒を飲む。周りには村人、都会人、冒険者、商人などある程度服装を見ればわかることだが皆、違った雰囲気の人々がこの酒場の中では関係なく賑わいあっている。
琥珀の隣に座った老人はそう言うと酒を飲み「うんっめー!!!」と叫び再び琥珀の顔を見た。この老人旅人をしているそうだ。身なりも普通よりは低めであり、分厚い布を身にまとい少々汚れた裾が目立つ。だがこの酒場やこの町ではそんなことはたかが個性の一つであり寧ろ彼のような旅人は少なくない。
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遡ること2時間前。
琥珀は彼を襲撃した暗殺者たちの死体を地面に埋めた後、馬車に戻ったが馬は既にその場におらず馬車ごと逃げたようだった。幸い、琥珀は鞄だけは常に身に着けており馬車に鞄ごと持っていかれるということは無かったのだが移動手段が無くなったのはかなりの負担になる。しかし幸いながらこの付近には確か町があったはずであり琥珀はその場所への記憶をたどりに歩き始めた。
歩き始めてから2時間。もうしばらくすれば遠いながらも町が薄っすらと見えてくるはずであったが何も見えてこない。寧ろ周りには小さな村はあるもののどこも宿泊施設などがありそうではなかった。それに時間も時間。こんな夜遅くに外を出歩く村人はいない。つまり琥珀には町へ行くしかなかった。
面倒くさい。
そう思っていた時、背後から馬を走らせる老人が琥珀に声を掛けた。
「そこのお主、大丈夫か~?」
その老人は見るからに旅人だった。茶色の分厚い布を身にまとった旅人。彼は琥珀に手を差し出すと彼の背後に琥珀を乗らせると再び走り出した。
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そして今現在、琥珀はこの老人に連れられこの酒場に来たわけだが彼は馬を牽いている間、一言も喋りかけてくることはなかった。勿論、琥珀も彼に何かを話しかけることがなかったのだからそれをとやかくいう資格は無いのだが琥珀はあまり自分から話しかけることに慣れていなかったのだ。それに加え、元々会話を楽しむということをあまりしてこなかった琥珀からすれば話す内容が無いのにも関わらず話すというのは少し面倒くさかった。だがここは馬に乗せてくれたこの老人への感謝を伝えなければと琥珀が口を開けると琥珀が何かを言う前にその老人は言った。
「では改めてわしの名はウーヌという。ここ10年くらいはずっと旅人をしておるのう。お主は?」
「琥珀だ。一応、冒険者をやっている。とは言えまだ村から出てきたばかりだからランクはDだ」
そう答えると琥珀はこの町の情報を得るべく老人に不信感を抱かせずに問いかけた。
「この町には初めて来るんだがここに冒険者ギルドはあるのか?」
「ああ。この町、というよりベルムヘイド王国の町は全て冒険者ギルド設置されてあるはずじゃが…。お主、ここらの村人ではないのか?」
老人は不思議そうに琥珀に問う。何故この老人が疑問に思っているのかは理解できる。琥珀の以前の拠点であるバハトル帝国の帝都は少なくともここから二日は掛かると言われている。しかもそれは馬で移動した想定であり人が徒歩だけで移動するには少なくとも数週間は掛かってしまう。そんな移動距離をただの村人が軽装備かつ食糧も無いまま歩き続けることなど不可能なのだ。だからこそ琥珀がこの町から距離があり、勿論バハトル帝国からは遠く離れた場所で歩いていたのは不自然なのだ。
「俺はバハトル帝国の村人だがこちらへ荷車を牽いていた時に盗賊に襲われてしまってな」
「ほう。それは災難じゃったな。その身なりじゃ、あまり金品は持っていないのじゃろう?」
老人はそういい酒場の店主から酒を一杯受け取るとそれを一気飲みし、「ここは俺持ちだ。お主はあそこにおるババアに声を掛けるといい。あれはこの町で一番安い宿屋の女将をやっておる」と言い酒場を出て行った。それに対し、琥珀は”最安値の宿に泊まるほどの貧乏でないのだが。。。”と思いながらも老人の言葉に甘え今日はあの女将が営業する宿屋を利用することにした。
無理もない。このような貧相な恰好と鞄だけで歩いているような村人は金の余裕は無いと思われても仕方がない。勿論、琥珀は今まで貯めてきた暗殺稼業の報酬金をバハトル帝国の各地とこの鞄の中にも保管しているのだがまあ、各地にばら撒いた琥珀の資金は国を渡り他国へ渡った琥珀にとっては無にも等しいのだが。兎に角、今日はこれで休むとしよう。
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次の日。
琥珀は宿屋を出ると辺りには昨日暗闇と共に姿を暗ましていた立派な建造物の数々を目にし、琥珀は一瞬で冒険者ギルドがどこにあるのかを理解した。それもその筈、冒険者ギルドは大抵教会と隣接して建てられていることが多く、教会の建造物の天辺には必ず十字架が建てられているのだ。何故、教会と冒険者ギルドが隣接して建てられているのかというと依頼から戻った傷を負った冒険者たちがすぐにでも教会のプリーストが回復魔法を施せるようにするためだ。
琥珀は冒険者ギルドへと歩き出す。冒険者になるのは琥珀の願望であり暗殺者と違い冒険者ギルドへの依頼には当然ながら魔物の殺し方や証拠隠滅などの面倒くさい処理なども必要ない。しかも人目に付いたとしても遠慮せず大技を放つことができる。これほどまでにストレスを発散できそうな職種は他にはないだろう。そう思いながら琥珀はこれから魔物と好き勝手に全力で戦う自分の姿を瞑想しながら歩いているといつの間にか人の多い通りに付いており道の両サイドには多くの商店が冒険者ギルドへの通路を挟むようにして立ち並んでいる。
この町はかなり産業が盛んなようだ。商店に並ぶ商品は全て琥珀にとっては目新しかった。どれもそもそもの原料がバハトル帝国とは違っているように見えた。国が異なるとここまで売り物が違うのかと感心しながら琥珀は歩いていると時間はあっという間に過ぎていきいつしか冒険者ギルドの前に着いていた。琥珀は「はぁっ」と息を吐きだすと念願の冒険者ギルドの扉を開いた。
「お前、今日こっちのパーティー来てくんね~? 明子が今日、熱出しててそれで―――――」「あん!? 誰だよ俺たちが目ー付けてた依頼取っていきやがったのは!!!」「あの、この依頼でよろしいでしょうか~? では書類が―――――――」「あーつまんねー。依頼ねー」
冒険者ギルドの扉を開き中に入るとそこは大勢の冒険者とギルドのスタッフ達で溢れかえっていた。誰も彼もが他人を気にせず自身の声の音量で話しておりギルドの内部はかなり騒がしくなっていた。誰からも縛られる事なくただ自分の好きなように行動する。それが冒険者だ。とは聞いたことがあり実際に暗殺目標が冒険者だった時かれらは必ず騒がしく生き生きとしていた。だからここにいる冒険者たちは琥珀のイメージ通りではあったがここまで自由気ままな冒険者たちが大勢いるとなんだか迫力があるものだ。
と、そこで一人のギルドスタッフが琥珀に話しかけて来た。
「あの、今日はどういった御用でございましたでしょうか?」
そう男性のギルドスタッフは言うとギルドの依頼ボードを見ていた琥珀の隣にそっと控えた。恐らくは琥珀が冒険者ではなく村人に見えるからこそこのような質問を問いかけているのだろうが琥珀は彼にその問いを返すことなく依頼ボードを見渡し一つの依頼を掴み剥がした。
「丁度いい。今日はこの依頼をお願いする」
と言うとはっとした顔で彼は頭を下げると
「冒険者でしたか失礼いたしました。では確認させて頂きます」
と言い彼は受付の奥へ入っていき数分して彼が戻ってきた時には何やら紙と水晶のようなものを持って琥珀は受付に呼ばれた。
「それではこの依頼書にサインと証明書の認証お願いします」
ギルドのスタッフである彼はそういい琥珀にペンを差し出してくる。無論、依頼書にサインというのはわかる。だが証明書の認証とはなんだ? 恐らくは水晶で何かしらのことをしなければならないのは確かだが暗殺稼業でしか働いたことのない琥珀はギルドの依頼手続きの方法を知らない。琥珀は取り敢えず署名欄にサインを書いたが琥珀の冒険者証明書はテーブルの上に置いたままだ。だが琥珀はそのまま依頼書だけを彼に渡す。まるで手続きは全て終えたという風な態度で。
すると彼は「あ、証明書の認証がまだのようですね。その水晶の上に証明書をかざして頂いてもよろしいでしょうか?」と、琥珀に言った。これは琥珀の狙い通りだった。彼は見事、琥珀が証明書の認証を忘れたのだと解釈してくれたようでその説明をしてくれた。
琥珀は忘れていたとでも言いたげな顔を作り水晶に証明書をかざした。普通、初めてギルドを利用する場合、誰もが最初は手続きの仕方も何もかもを知らない。それはごく当然なことではあるのだが今、琥珀のランクはD。一応身分証明をするために冒険者手続きをしただけのFランクの村人ならまだしも依頼をある程度の数を熟していなければならないDランクである琥珀が証明書の認証の方法を知らないのは不自然だ。だから琥珀は敢えて彼に手続きの方法を聞かなかった。
ところで依頼ボードに大きく貼ってあるベフモスというのは何だろうか。多くの冒険者たちがそれを眺め真剣な表情で何かを考え込んでいるようだ。
「あの、あそこにベフモスと書かれた依頼があるようだが?」
「あ~、あれはこの町の北側の山の洞窟を住処にしている魔物ですよ。最近では丁度4か月ほど前にB~Aランクの冒険者様方が討伐へ向かったようなのですが」
「それでどうなったんだ?」
「討伐は失敗しました」
彼はにっこりと笑って何かを思い出すような仕草をしていた。恐らく、かなりの数の冒険者が死んだのだろう。琥珀はそれを聞き、「悪いことを聞いたな。すまない」と、言うとギルドを出た。
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琥珀は向かった。先ほどのスタッフが言っていた北側の山の洞窟へ。それに今回、琥珀が受けた依頼はあの洞窟で咲いているらしい薬草だ。恐らくは薬師か教会からの依頼だろう。そこまで危険度のあるような依頼には思えないが報酬が良かったのだから何かしら事情があるのだろう。琥珀はそんな事情や危険度など気にせずこれからの予定を考えた。
町からでてしばらくすると一本の道があり道の所々では食べ物や薬草、装備品などの屋台がありこの道を通る冒険者たちも多くなってきた。そしてそんな中、琥珀はある木の看板を目にした。
【これより先、『鼠ノ洞窟』】
ネズミの洞窟ね。。。何そのネーミングセンス。この洞窟の中にはネズミ系の魔物が多いのだろうか?それならば都合が良い。短剣は細かい動きが得意であり威力がない分攻撃速度は他の武器よりも圧倒的に早い。ネズミのようなすばしっこい生き物を斬るのは得意だ。
だが、琥珀が鼠ノ洞窟に入ってから数時間後、洞窟の中には溢れかえるような数の鼠の魔物がいた。そして琥珀の受けた薬草採取の依頼分の薬草は集め終えたのだが琥珀は今、進めば進むほど徐々に魔物が強くなるこの洞窟を楽しんでいた。もう既に第一階層で行動していた冒険者たちの姿は見えなくなっており今、現在ダンジョン地下4階、琥珀は一人で彼に襲い掛かる鉄よりも固そうな殻を身にまとった鼠の集団と戦っていた。恐らくはこの階層にいるのは琥珀だけだ。階層を降りることで徐々に冒険者たちが少なくなっていったとはいえ地下三階まではかなりの装備品を身にまとった冒険者たちが複数人でパーティーを組み戦っていたのだがこの階層には誰も到達していないようだった。
だが、琥珀もこの階層に入ってからは未だ数匹しか敵を殺すことはできていない。今、琥珀が開いてにしている鼠の魔物の体は鉄に覆わたように固く、魔法防御を使ってくる個体も少なくはない。そろそろ限界か。琥珀は諦めるようにこの鼠の魔物たちから離れて脱出しようとしたその時だった。
「ファイヤーブリザードォォォ!!!!!!!」
遠くの方から成人したてのような甲高い女の叫び声が聞こえたかと思うと炎の渦が今まで琥珀が戦っていた鼠の集団に直撃し、その炎が消えた時にはその場に残っているのは焦げ死んだ魔物の残骸だけが残っていた。
「おい、少年。今、何時だと思っている!」
「剣筋を極めるのも良いけど居て良い時間ってものがあるでしょ?」
こちらへ声を掛けてきたのは純白のマントを身にまとい水晶すらも装飾されていないただの棒のような杖を持った眼鏡の若い男と剣を持った筋肉女。もう二人は髭の生えた鍛え抜かれたであろう肉体を持つ巨体の盾使いと大きな杖を持った女の子。
彼らは琥珀に近づくと「そろそろ帰りなさい。魔物が狂暴化するわよ?」と、先ほどの筋肉女が言うと琥珀の目の前の鼠の死体を漁り始めそこから先ほど鉄のような強度だった殻を剥ぎ取っていき袋に詰めていく。とそこで漁り終えたのか杖を持った少女が琥珀に近寄ってきた。
「あ、あの…」
「何だ」
「今さっき、戦っていた魔物は中型物理鼠ですか?」
「あれはそういう名前なのか? よくわからないが、助かった。それにしても硬いなあれは」
琥珀はあまりの硬さに斬ったときの衝撃を逆に負ってしまった手の傷を見ながら言った。そして琥珀は少し欠けてしまっている短剣の刃を見ながら「鉄すらバターのように斬れる筈なのだが。。。」と心の中で愚痴る。
「えっと、それはあなたが短剣を使っているからではないですか?」
「ん? どういうことだ? やはり短剣程度の威力では攻撃力が足りないということか」
「いえ、そうなくて地下3階からはどの魔物も魔法防御を身に纏い物理攻撃の威力を殆ど吸収してしまう能力があって、だからこの階層に来るには魔法使いがせめて二人いなければ無理なはずですが。。。」
ぽかんとした少女は愛らしい容姿で琥珀を不思議な生き物を見るような目で見つめた。




