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環状の世界・27

―命を懸け、誇りを懸けて手にした帝位

―しかし、己と比肩し得る者の喪失に、意味があっただろうか?


 さっきまで自分が乗っていた神輿の残骸を押しのけ、大帝は立ち上がった。まとわりつく砂埃を払い、頭上の冠を直しながら、独り言ちる。


「うむっ……いったい何が?」


 現れた謎の大男。そいつに対して、殲滅命令を出した筈だったのだが。突然すさまじい衝撃波に飲み込まれ、神輿ごと転げ落ちてしまったのだ。幸いにして怪我はないようだが、さて他の者たちはどうなったのか。


 大帝は周囲を見回し、そして愕然とした。


 整然と並んでいた兵たちは、すでに一人として立っておらず、地面に散らばっている。引っ張り出してきた古代の遺産も、無残にも泥をかぶってひっくり返っている。この本陣を固めていた近衛達も、当然大臣のエッボも、全身に擦り傷をこさえて寝転がったまま、起き上がる気配がなかった。


 壊滅状態。


 それ以外に、評価のしようがない。


「……くはっ」


 大帝の口から、小さな声が漏れた。あまりの惨状に、気が抜けてしまったのだ。


 兵員、装備、そして士気。いずれも万全の状態で挑んだ、帝国初の大戦おおいくさ。その結末が、こんなにもあっけないかたちで訪れるなど、誰が予想できただろうか。

 偉大なる帝国の歴史に刻まれるであろう己の名。その隣に並んで記される汚辱の大きさは、もはや計り知れない。


「……ははははっ!」


 我慢しきれなくなり、大帝は笑い声をあげた。腹の底から。とても愉快そうに。

 そして戦場に響き渡るそれは、やがて昏倒していた兵たちの耳にまで届き、彼らの眼を覚ましていく。


「た、大帝……?」


 ふと気が付くと、足元に転がっていたエッボや近衛たちが、怯えたような目つきでこちらを見ていた。彼らの顔に浮かぶ恐怖は、現状に、というよりも大帝に対して向けられているように見える。

 おおかた、耐え難い現実を前に、気が触れたとでも疑われているのであろう。


 大帝は笑顔を浮かべ、「大事無い」と彼らに語り掛けた。そして一転して表情を引き締め、正面を見据える。

 視線の先には、あの男がいる。ただ拳の一突きで、帝国の軍勢を壊滅せしめた化け物が。

 大帝の“好敵手”たる武人が!


 大帝は上着を脱ぎ捨て、冠を放り投げた。そして、悠然と歩き出す。

 真正面へ。相対すべき、倒すべき敵に向かって。転がっている兵たちに注意を払い、耕された大地を踏みしめながら。

 

 すると向こうも、こちらに気が付いたらしい。こちらの方へと歩き出した。

 お互いが一歩一歩を踏み出すごとに、千切れた上着の下にある逞しい肉体、そして余裕たっぷりの表情までが見て取れるようになる。やがて男の無精髭の数までもがはっきりと分かるようになったところで、両者はようやく足を止めた。

 もはや伸ばさずとも、手が届く距離。完全に間合いの中だ。そしてそれは、この男にとってもそうなのだろう。


 大帝は、男を見据えながら問うた。


「貴様は、何者か?」

「儂はアラインが1人、ドスという者じゃ。そういうお前さんは?」

「朕こそは、この大陸を統べる覇者。帝国の長である」


 大帝が答えると、ドスと名乗った男が目を丸くした。


「ほぉ! するとお前さんが、例の大帝様かね。総大将でありながら戦場いくさばに出てくるとは、余程の阿呆か腕に自信があるのか?」

「その両方だ。朕は、己の軍を失ってなお闘いを望む愚者であり、そして貴様を下すにたる実力をもっている」

「ははぁ、なかなか面白い奴ではないか」


 そう言って大男が、大帝を値踏みするような眼つきになった。足のつま先から頭のてっぺんまでを舐めるように見つめ、それから満足げに頷く。


「では……やるかね?」

「是非も無し」


 それきり、両者は沈黙した。





 ゲルムの兵たちが見守る中、大帝と大男は微動だにせずに見つめ合っていた。

 お互いに脱力し、だらりと両腕を投げ出したまま、何をするでもなく立ち尽くしている。およそ構えとは言えない構え。とても戦闘態勢が整っているとは思えない。


 そうしているうちに、もう5分以上は過ぎただろうか。

 

 刹那。


 光が、走った。


 それ以外には、まったく分からなかった。


 目まぐるしいなどという表現は、もはや該当しない。目で追おうにも、両者の尋常ならざる速度についていけないのだ。


 放たれた正拳突きを躱しつつ、相手の腹に鋭い蹴りを叩き込む


 蹴り脚を挟み込み、相手を引き寄せながら手刀を放つ


 手刀を払いのけ、返す刀で目つぶしを狙い


 伸びて来くる指に頭突きをかまし、同時に相手の懐へと潜り込み


 近づいてくる相手の頭を掴み、膝蹴りを叩き込み


 手も、足も、肘も、膝も、指も、頭も。己の五体のすべて使い、武器とする。わずか数秒の間に、数百を超える攻防が繰り広げられる。

 正しく異次元の闘いを理解できる者は、この場にはいない。だがそれでも、両者の実力が伯仲していることだけははっきりとしていた。


「た……大帝よ……」


 誰もが呆然とその闘いを見つめるなか、呟きが響いた。

 すでに死に体の自分たちには、闘う力は残っていない。全体、残っていたとしても、できることなどありはしない。


 だから、せめて。


「大帝よ!」

「偉大なる大帝!!」

「ゲルム! ゲルム!」


 やがて兵たちはボロボロの身体を起こすと、口々にその単語を口ずさんだ。


 ゲルム!

 

 ゲルム!


 ゲルム!


 偉大なる帝国の長よ!


 大陸を統べる英雄よ!


 我らに勝利を!


 栄光を!!



 その次の瞬間。


 まるで初めのときと同じように、大帝と大男が姿を現した。

 大地にしっかりと両足を下ろし、両者ともに睨み合っている。


 しかし、おお、なんたることか。


 大男の方が口から血を吐き、ゆっくりと地に膝をついたではないか!


「う、うおおおぉぉぉーーー!」

「大帝様っ!!」

「万歳っ! ゲルム帝国万歳!!」


 戦場のいたるところから、鬨の声が上がる。


 そんななか大帝は、静かに大男を見下ろしていた。









 古代遺跡への“瞬間移動”が完了すると同時に、部屋全体が大きく揺さぶられた。天井からパラパラと砂埃が舞い落ち、電子頭脳の上へ降り積もっていく。薄暗い中で林立する円筒形のそれらは、まるで苔むした墓標のようだった。


「お待ちしておりました、ピャーチ様」


 先に内部で控えていた“タムの1人”が、ピャーチの姿を認めるなり恭しく頭を下げた。その唇は少し青ざめており、身体も震えている。この部屋の温度が、外と比べて極端に低いせいだ。

 この施設が環状の世界の脳を司る部位である以上、その機能は常に十全に維持されなくてはならない。電子頭脳からの排熱によって室温が上昇しないよう、常に冷却を行っているのだろう。

 生身をもっていないピャーチには想像することしかできないが、恐らく人間にとっては快適な環境ではあるまい。


「お申し付け通り、準備は整っております」


 そう言ってタムは、すぐそばの円筒の1つを指さした。それは外装をはがされ、内部構造が露になった電子頭脳だった。ピャーチがこれから行う作業のために、命じておいたのである。


「ご苦労様でした、タム。辛いようでしたら、後は僕に任せて下がってもいいですよ」

「いいえ、ピャーチ様。もしもの事態に備え、私はここに残ります」


 言いながらタムは、天井を指さす。するとその拍子に、また部屋が大きく揺れた。

 どうやら地上では、ドスが盛大に暴れているらしい。離れたここにまで振動が伝わってくるということは、余程手こずる相手が出現したということか。

 タムの言う通り、“もしも”の場合はドスとその何者かの闘いの余波によって、この施設が破壊されてしまう可能性もあるだろう。


「では、急いで済ませるとしましょう」


 ピャーチはチキチキと笑顔を作ると、電子頭脳へと近づいた。そしておもむろに、両手を伸ばす。するとその指先から、にょきにょきと細い触手のようなものが伸び始めた。

 他の団員、特に女性陣から『卑猥』だの『グロテスク』だのと妙な批判を受けがちな、多目的アーム群だ。人間の姿を真似て制作したこの義体であるが、二本の腕に五本ずつの指ではどう考えても作業効率が悪いため、増設したものである。


「接続、開始」


 助手からの妙に冷たい視線を受けながら、数十本からなる線虫のような触腕が、電子頭脳の内部をまさぐり、隙間へと潜り込んでいった。異なる思想・理念・技術体系によって製造された2つの媒体の間に、幾重もの回路が構築されていく。


「完了! さあさあ、君のことを教えてください!」


 ピャーチはさも“嬉しそう”に言いながら、電子頭脳との情報のやり取りを開始した。

 膨大な量のデータの中から、有意義と思われるものを検索、そして団の城の奥底に眠る“ピャーチの本体”へと転送。即座に言語解析プログラムを走らせ、その内容を解読する。


 常人にはとても知覚できない速度で行われる、人工物同士の“お話合い”。それが開始されてから1分と経たず、素晴らしい成果が上がった。


「“矢尻計画”? “空間跳躍技術を応用した恒星間移民”? おお、何と壮大な……!」


 言いながらピャーチは、触手アームの生えた指先をワキワキと蠢かせた。これも感情表現の練習の1つだ。

 人工知能である彼には、未だ感情という思考が理解できない。こんなことをしても作業効率が上がることはないが、団長たるノーリから人の感情エモーションを学べと命令を受けている以上はしかたがない。


「ピャーチ様、何か分かったのですか?」

「ええ! どうやらこの世界の創造主たちは、科学的にノーリ様の魔法を再現することができたようです!」


 震えながら小首を傾げるメイドに対し、ピャーチはさも“上機嫌”そうに答えた。

 のっけから大当たりだ。どうやらこの世界には、異なる次元間を移動する技術。つまり、“世界渡り”と同一の力があるらしい。

 するとタムが、まあ、と上品に口を覆いながら驚いた。


「その技術を解析できれば、団にとって大きな利益となりますがね」

「うーん、それは難しそうですね。どうやらこれは、太陽からの強力な輻射熱エネルギーを利用した、大型の空間跳躍機構ジャンプ・システムのようです。つまりこの環状の世界は、植民地であると同時に転移装置でもある訳ですよ」

「それでは、こんな超構造体メガ・ストラクチャーがなければ、ノーリ様の魔法は再現できないということですか……」


 ピャーチの解説に、タムが残念そうに俯く。

 “世界渡り”はとても強力な魔法だが、使用者であるノーリの魔力に依存する分、非常に長いリキャストタイムがある。また、彼女の精神状態によっても成功率が大きく左右されるため、代替手段の模索はアラインの行動指針の1つでもあったのだ。

 科学的にそれが可能だとなれば、安定した他世界への移動ができるようになるのだろうが、どうやら現状の団の設備では到底実行しえないらしい。


 とは言え、その理論は実に興味深い。貰っておいても損はないだろう。

 

 ピャーチは残念がることもなく、電子頭脳から残りの情報を引っ張り出そうと試みた。

 

 すると。


「えっ、あっ……」


 意図せずに“別の情報”を受け取ってしまい、ピャーチは思わず作業を止めてしまった。人形よろしく機械仕掛けの全身を硬直させ、微動だにせずに虚空を見つめる。


「ピャーチ様、如何なさいましたか!?」


 異常を感じ取ったのか、控えていたタムが声をかけて来た。メイドの口から吐き出される白い息が、瞬き一つしないカメラ・アイを曇らせる。


 ピャーチはギチギチと表情を軋ませながら、辛うじて口を動かし、言葉を出力した。 


『も……もう、止めて……』

「えっ!?」

『すごく……痛いよ……』

 

 それはピャーチの義体を介して言語出力された、この施設のAIの意志であった。

 恐らく何世紀にもわたって蓄積されてきたであろう、この環状の世界の管理者たるAIの悲鳴。ピャーチとは比較にもならない程に大容量の記憶領域を圧迫し続けたその叫びが、遂には正常なデータを侵食していったのだ。

 そしてそのデータを受け取ったピャーチの義体が、電子頭脳の中で芽生えた感情エモーションの一部を、再生してしまったのである。


『お願い……これ以上……“食べないで”……』


 驚愕するメイドの眼前で、義体の口から苦悶に満ちた言葉が止めどなく溢れ出していた。

―ドスよ、初めて見えた好敵手よ

―願わくば、朕の無聊を慰めてくれ

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