表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
お花畑 - 移動手段切り替え編  作者: イカニスト
8/10

第八話「シシスカン」

題名「お花畑」

最終章「移動手段切り替え編」

第八話「シシスカン」



シシスカンがケチェを侵食し化け物にしてしまった。大衆は再びお花畑の化け物を恐れ、ニカイーを求める。

それを良しとしないチャケンダは、シシスカンを倒してニカイーが居なくても自分が反逆者の抑止力に成り得ると証明せざるを得なくなった。

誰もが不老不死の、この仮想世界で、初めての死者が出た。

残された2310名に幸福で平等な死を与えようと夢見ていた少年をコジェヌは、マァクの呪いの能力の逆鱗に触れ、脳の機能すべてを失った。

肉体もやがて静かに死んで行く。

たとえ保全機能でも、彼を治すことは出来ない。コジェヌは死んだのだ。

チャケンダのことを理解し始めた俺は、奴ともっと話をしたいと考えている。

保全機能側にもチャケンダ側にも立てないでいる俺は、一人悩んで、転々と世界を彷徨って居る。


イマルスとナイアラは地下通路を通って、コンスース達が軟禁されている電波暗室へ向かった。

ぶっちゃけコの字が居るのだから、戦闘力的には過剰なくらいで、3人にただ「戻ってこい」とメッセージを投げればよろしいような気もするが、さらに念を入れるのがマァクらしい。チャケンダの強烈な妨害があったとしても、この二人が随伴していれば悪いようにはならない。

床下にたどり着いたところで、コンスースに『開けてくれ』とメッセージを投げる。

コンスースが床の穴を隠していたソファーをどける。

「やっと、ぼく達の出番かい?」

コンスースが二人を部屋に招き入れる為に手を差し出す。

イマルスはコの字の手のひらをじっと見ている。

「おっと。余計だったかな?」

やや頬を染めてうつむくイマルス。

「いーや。」

彼女は彼の手をとって、床の上に引っ張りあげられた。コの字は握られた手の感触に、色気を感じた。

「マァク様の隠れ家に集合だ。」

イマルスは、意味ありげに人差し指を立て、ガーウィスへ視線を送る。

「確認だ。シシスカンがさらに強くなると言う話は本当か?」

自称発明家の老マッドサイエンティストは、いつもの頭の回転の速さに口がついて行かない調子で話す。

「ああ、そうじゃ。スパイタはSTEP4の経路開通工事の記述を読み間違っておる。彼の専門は建築じゃから、やむないことじゃ。」

イマルスはそれに深く頷いた。

「シシスカンがマァク様の所にいる。彼女にその話をして欲しいのだ。彼女は我々の目の届くところに置いておかねばならない。」

次にイマルスはコンスースに顔を向ける。

「コンスース。私たちが送った資材は役に立ったか?」

コの字は真新しいアタッシュケースを取り出して、ぽんぽんと叩いた。

「ああ。予定通り昨日完成したよ。」

色よい返事に満足げに頷くイマルス。

彼女は最後に、軽く咳払いをした後に、ジェジーに視線を送った。

彼に対する視線だけ、ジト目で厳しく人体の急所を貫く。

ジェジーは両手で心臓のあたりを抑え、斜め上に視線を泳がせて、ダラダラと冷や汗を流す。

「ジェジー。研究の成果は、今日、得られるはずだったな。」

「あー。」ジェジーの目が右に左に落ち着きなく泳ぐ。

「もう、3日待ってくれ。」

イマルスのため息。

「3日前も3日待ってくれといったぞ。」

「今度こそあと3日だ!問題の原因は分かっている!」

イマルスは額を抑えて「頼むぞ」と念を押す。

「一部の遅延はあるが、”ジェジーの計画”通りに、チャケンダの準備が整う前に先手を打つぞ。」

彼女は三人を手招きしながら、床の穴に飛び降りた。

ジェジーは先手を打つと計画した手前、自身の担当だけが遅れており、決まりが悪い。

イマルスもジェジーの尻たたきのつもりで、”ジェジーの計画”通りなどと彼の名を強調したのだ。

当分の間は俺に「化け物のROM化が進んでいないぞ」なんて尻たたきはできまい。

全部自分の尻に返ってくる。

ジェジー先生は5人の一番後ろをしょんぼりと付いていく。


さて、

閉じ込めていたニカイーの仲間、コンスース達3人に逃げられて、大衆は慌てたか?

それどころではない。

ケチェは狂気の化け物となりROM化された。

シシスカンの暴行により、化け物の恐ろしさは再認識され、チャケンダはもはや大衆のヒーローではない。

悪魔くらいには思われていようが、さりとて不要なわけではない。大衆はチャケンダを必要としている。

仮想世界での生活を守るための必要悪だ。

悪には悪を。

チャケンダには(ニカイー)を。

ところが、お花畑の化け物の抑止力たるニカイーは姿を消したまま。

大衆は恐怖と困惑に由来する混沌の雨でずぶぬれになり、今にも風邪を引きそうだ。

彼らは、精神的な支柱を欲していた。

全員が雨をしのげる、大きな傘を支える頑丈な支柱を。

そして白羽の矢が立ったのがセンシェン ガベジの二人、チョリソーとオウフだ。

二人は稀代のエンターテイナーであり、楽園派の看板娘。カリスマ性は十二分にある。

それに加え、二人は先だってのチャケンダとの戦闘でも大活躍。高い戦闘力を有している。

迷える子羊たちが寄り添う大木として、二人は十分な条件を有していた。

二人の元に救いを求めて大衆が群がる。

二人は大いに戸惑った。

彼女たちはケチェを頼って、ニカイー達を裏切り、オウフに至ってはツイカウと分かれてまで、チャケンダに賛同したのだ。

ケチェを失い、チャケンダ陣営にも寄り添いにくい状態で、彼女たちこそ困惑しているのだ。彼女たちこそ、精神的な支柱を欲している。

自分たちの立ち位置さえままならないのに、どうして万民を率いることが出来ようか?

彼女たちの思いなど置き去りにして、周りの者が勝手に二人を担ぎ上げてしまう。

この動きを加速させたのは、ケチェを支援していた各グループのリーダー達だ。

彼らは、折角まとまった大衆の総意が空中分解してしまうのを恐れた。

楽園派は、進化派と回帰派に大きく水を開けられた、目の無い第三勢力でしかなかった。

それが、チャケンダと手を組んでから、残された2310名の中心だ。

やっと手に入れたこの世の春。皆が楽園派の言葉に耳を傾けてくれる。この立ち位置から転げ落ちる気はない。

必要なのはケチェに匹敵する求心力を持った人物…

「センシェン ガベジの下に!」この合言葉によって、チョリソーとオウフは嫌が応にも、大きな流れに飲み込まれていく。

そして、大きく早い流れを疾走する船の舵は二人の手に握らされたのだ。

二人が舵を切り間違えたなら、多くの人が濁流にのみこまれる。

もう少々嫌味に表現した方が適切か。

風船の様に急激に膨らんだ楽園派は、シシスカンの一刺しで破裂しつつある。

彼女たちセンシェン ガベジはその穴を塞ぐパッチだ。

いずれにせよ風船は風船。何時割れるか知れたものでは無い。

そんな組織の頭を張るなんて、導火線に火のついたダイナマイトをバトン代わりにリレーをしているようなものだ。

導火線の長さがあるうちに、次の走者に渡さなければ。いつまでもダイナマイトを持っていては馬鹿を見る。

そう云う間尺に合わない役割を押し付けられているってことは、よく心得ている。

そして勿論、自分たちをごみ箱の蓋にして現実から目を背ける状況も、よく心得ている。

全てを理解したうえでチョリソーとオウフは、楽園派が直面している目を背けてはいけない脅威、シシスカンだけは放って置けないと考えていた。

理由は3つある。

一つに、シシスカンは楽園派が賛同するチャケンダ陣営の脅威だ。

二人は、チャケンダがシシスカンを利用しようとしていることも、シシスカンにニカイーらと手を組む意思がないことも知らない。無論、ニカイーが戦意を喪失して悩みぬいていることも。

だから、最悪のケース。つまりニカイーとシシスカンが共闘して攻め入ってくる危険性を、二人は憂慮した。ケチェの苦しみ様からシシスカンの力量は測れる。一斉に来られたら、どう考えても勝ち目はない。数で優位に立てる状態で各個撃破したい。各個撃破の標的にするなら、鉄拳娘イェトがそばに居る俺よりも、単独行動をしているシシスカンだ。

二つ目は、敵討ちだ。

短い間ではあったが、ケチェは二人を手厚く迎え、優遇してくれた。

なのに、二人はケチェが襲われたとき、何もできなかった。

何らかの形で、このけじめはつけなければいけない。

最後の理由は、シシスカンが何をしてくるか分からない相手だということだ。

仮想世界の平和を守るニカイー達が機能していない現在、楽園派が人類を導く立場にある現在、仮にもその看板を背負っている自分たちが何とかしなければならぬという、使命感がある。

二人は目の前にのっしりと横たわっている様々な不安を視界の片隅に残しながらも、シシスカンの捜索に向かった。

大義名分が無くても、その場にとどまっていると、周りが五月蠅い。動き回っているほうが静かで、居心地がよかった。


チョリソーとオウフの二人は、誰もいないと知りつつ、ニカイーの店に向かった。

まぁ、誰もいないと思ったらから、誰もいない時を狙って、俺の店に行ったのだ。

誰もいない隙に、いつもの窓際の4人掛けのテーブルに座って、不安を紛らわさせたかった。だが、店の中に入ってドキリとする。

誰もいない筈なのに、2人居た。

彼女たちの期待に反して、俺の店にはツイカウと接点が居た。

プライマリはイェトさんと居るので、俺の店でカウンターに寄りかかっている接点はセカンダリの方だ。

二人は店に入ろうか否か、しばし入り口で悩んでいたが、結局、店の中に入り、ツイカウと同じテーブルに座った。

もし慌てて逃げだしたら、ツイカウが追ってくるかもしれない。

それでもし捕まったら、店に戻ってきた未練がましさに、申し開きのしようがない。

さらにもし、ツイカウから離れた別な席に座ったら、彼との間に気まずい空気が生まれ、不安を紛らわせに来た目的を果たせない。

そう考えて、チョリソーはオウフの手を引き、いつもの席に向かったのだ。

いつもの席の、いつもの座り心地。

楽しかった俺たちとの日々が思い出される。

分かっている。

それはもう、自分の手の中にはないのだと。

「は、はぁい、ツイカウ。久しぶり。」

チョリソー姉さんもさすがに決まりが悪くて、ツイカウと目を合わせられない。

「ああ、なんてこった。遂に二人の幻が見えるようになってしまった。」

色男は両手で顔を覆い、女々しく泣く。

ツイカウのそのような姿を見て、オウフは自分が彼をどれ程追いつめてしまったのかを知り、愕然。ショックで泣き出してしまった。

これに参ったチョリソーは自らも混乱して「二人ともしっかりして!!!!」と、大声で一括してしまった。

言い放った後、びっくりしたオウフが更に大泣きするのではないかと不安になり、彼女の頭を抱いた。

「二人とも、本物なのか?」

ツイカウが涙をぬぐって顔を上げる。

「そうよ。本物よ。そしてシシスカンという大女を探している。理由は分かるでしょう?」

「ああ、分るとも。だから忠告するよ。止めておけってね。彼女はこの仮想世界物理層最強の存在になる。」

「どんなに強い敵でも、わたし達は打ち勝ってきたわ…あっ…」

チョリソーは見得を切った勢いを、鋏で切ったように落っことす。

私たち…それはこの場合禁句であった。

「そうさ、気付いているのだろう?その”わたし達”は誰かってね。少なくとも、君たち二人だけではないはずだね?勿論、チャケンダ一味でもない。」

チョリソーに返す言葉はない。

自分が口走ってしまった”わたし達”には、ニカイー、イェト、コンスース、ジェジー、そして目の前に居るツイカウが含まれる。

オウフは再び楽しかった日々を思い出して、涙を滲ませる。

うつむいてため息をつくチョリソー。

「この店に戻ってくるなんて虫が良すぎたわ。シシスカンを探しに行くわ。」

二人はニカイーの店を去っていく。

チョリソーはシシスカンの情報を求めてニューオンにメッセージを投げた。

彼女とマオカルもシシスカンを探しているのだが、あんなに協力的だった大衆に嘘の情報をつかまされ、難儀しているようだ。

ぽつんと残されたツイカウはダッフルバッグを担いで立ちあがる。

いよいよ腹をくくったのだ。

二人の顔を見て、自分は誰なのか、二人は自分にとっての何なのか、よく分かった。

セカンダリはカウンター越しに、いよいよ俺の店を去る、男の顔をした爆炎の破壊魔を見ていた。


シシスカンとガーウィスはガーウィスの工房に向かった。

「STEP4で更に強くなれるというのは本当か?」

「ああ。わしはいくつもの発明をする過程で、この仮想世界には、人類の科学では説明が困難な現象がいくつも有る事に気づいた。」

工房の奥にはスパイタが立っている。

彼が二人に道を開けると、後ろにはハンガーに吊るされた拘束依。

ベルトはスチール製で、一見鎧に見える。

「これを着るのじゃ。」

「騎士のコスプレでもしろというのか?」

「お前のような豪傑に暴れられると厄介じゃからな。」

シシスカンが拘束依を着た後、ガーウィスとスパイタが、バチン、バチンとスチール製のベルトを幾重にも締めていく。

大女は二人にどこかに引きずられていく。

彼女は頭部もぎっちりとベルトで締固められており、何も見えない。

ドアが開く音がして、そこに放り込まれた。

「わしが発見した、とっておきの機能を全てインストールしてやる。ちょっとエーテルが不安定になり苦しむが、おぬしはチャケンダを倒したら普通の人間に戻るんじゃろう?ゥヒヒヒ!それまでの我慢じゃ。」

マッドサイエンティストめ。彼は人体実験めいた事が楽しくてしょうがないのだ。

ドアがバタンと閉まり、間もなく、彼女を耐えがたい精神的な苦痛が襲った。

「さて、工事が済むまでの間に、あちらの方も見てくるかの。」

ガーウィスは別な部屋に向かう。スパイタもついてくる。

その部屋には、人造人間のフレームが吊るされていた。

「こっちは全然進んでいなくって…その、拘束依の方が優先だって言うからさ。」

作業進捗の悪さが技術者のプライドを逆撫でするのか?スパイタはいらぬ言い訳をする。

「いや。十分じゃ。わしが思っていたよりずっと進んでおるよ。」

老いたマッドサイエンティストは、不揃いな歯を見せて笑った。

「そろそろ、シシスカンの工事が終わっている頃じゃ。戻るとしよう。きっと、息も絶え絶えのはずじゃ。」

廊下の角を曲がると、すぐにあの大女を放り込んだ部屋が見える。

壁とドアが廊下側に膨れている。

ガーウィスは目を丸くする。

「バカな!厚さ10インチ!合金を冷間鍛造した立体ハニカム構造じゃぞ!!」

「それ以前にあの女。あのやけくそな拘束をどうしたんだ?」

ドガン!!!!

壁を吹き飛ばして、シシスカンが廊下に出てきた。

百の戦争を潜り抜けて来たような凄まじき立ち姿。全身から立ち昇る湯気は具現化した殺気。二人は、自らが作り出してしまった恐怖に目を見張る。

「ガーウィス。」

「「!?」」

ガーウィスと、名は呼ばれなかったが、その光景を見ていたスパイタも震え上がった。

「ありがとう…本当に最強になった気がする…気が、気が狂いそ…」

シシスカンは、バラバラになった壁の残骸にがしゃんと倒れて気を失った。

男が二人も揃って、疲弊して意識のない女一人を助けることができない。

壮絶な様子に立ちすくむのみ。

そこに静々と歩み寄る影が一つ。

「最後の工事は成功のようね。」

いつの間にか、マァクが廊下の反対側に居る。

「こんな化け物を、本当に運用するのか?」

ガーウィスが詰問する。

「あら?あなたこそ、自分が作り上げた化け物がどれほど強いのか、興味があるのでは?」

ガーウィスの溜息。

「だからお前は本性を知る者に、魔女と呼ばれるのじゃ。」


コンスースはニカイーの店の入り口近くの、二人掛けの席に、いつもの様に座っていた。

「あんたは行かないの?」

やわらかい笑顔の気のいい青年に問うたのはイェトさん。

プライマリは店の中のセカンダリと鉢合わせしてしまうため、イェトに付いて行くふりをして、外に居残った。セカンダリはプライマリの動きに合わせて開け放たれたドアの裏に隠れたので、イェトは二人が入れ替わったことに気付かない。

接点が実は二人いるということは、ニカイーだけが知っている秘密だ。

「ぼくはね、ニカイーの声が聞きたいんだ。彼は今悩んでいる。でも、きっと答えを見つけて戻ってくる。」

俺、たぶんその場にいたら、親友が有難くって号泣していたと思うわ。

「あんたが居ると居無いとで、戦力がものっそ違うんだけど。」

「すまない。悪く思わないでくれ。」

イェトさんはツイカウの方も見やる。

窓際の四人掛けの席。

今は誰もいない。

彼女はそこに座るツイカウを思い浮かべた。

恋人の裏切りに打ちのめされて、絶望の闇にうなだれる姿を。

したがってイェトは”ツイカウはまだ立ち直ってはいない”と判断した。

「あっちもダメそうね。」

イェトの姉御はため息一つで俺を含めた男衆のことはすっかり諦めて、「接点ちゃん。行こう。」とセカンダリをプライマリと勘違いをしたまま誘い、マァクの隠れ家に向かった。


マァクの隠れ家。

火の入っていない暖炉の前。

マァクの向かいの席に、シシスカンは座らされていた。

シシスカンは静かに目を覚ます。

まだ少しうつろな彼女の視線の先にいるのは、マァク、イェト、イマルス、ナイアラ、ッタイク、そしてセカンダリの6人。

ちょっと本題からそれるが、見事に女ばかりだな。

えーと、国はばらばらだけど英語表記にして頭文字だけ見ると──

マァク … M

イェト … Y

イマルス … I

ナイアラ … N

ッタイク … Z

シシスカン … X

セカンダリ … S

──で、シシスカン、ナイアラ、イマルス、ッタイクの4人を選んで並べるとXNIZとなり、やや強引だが「くのいち」っぽく読めるな。

国際的には誰もが押しなべて「NINJA」で済ますけど、女性形の「KUNOICHI」も使っていっていただきたい。かっこいいから。

話を戻そう。

彼女たち6人を出迎えるシシスカンの眼光は鋭く、排他的だ。

「共闘はせぬぞ。」

「ええ。私達は特等席であなたの勇姿を見学させてもらう。それだけよ。」

マァクはしれっと、そんなことを言う。

物理層最強の女は怪訝そうに一瞬視線を左に逃がす。

マァクの思惑通りに動かされている現状で、言いたいことは山ほどあるが、どの様な罵りや脅しも、呪いの魔女の心にさざ波だって立てることはあるまいよ。

余計なことを言って、また忠犬イマルスが噛みついて来たら面倒だ。

やり難い連中だ。

無頼の女は、視線を逃がした瞬間に「よく言う」と吐き捨てて終いにした。

その大女にはすべきことがある。些事に足を止めることなかれ。

「ふん。面構えを見る限り強者ぞろいで、邪魔にはなるまいよ。チャケンダの居場所を教えてくれた情報代だ。奴の首以外は好きにするがいい。」

「そろそろ出立しましょう。私が心得ている場所に、いつまでもチャケンダがとどまっているとは限りません。」

「同意だ。」

セカンダリに相乗りして、7人一斉にチャケンダがいる世界にチャンネルを切り替えた。

実のところシシスカンが化け物の恐怖を大衆に思い出させてくれたおかげで、マァクはチャケンダたちの情報を集めやすくなった。

足を棒にして情報を集めなくても、情報の方からマァクの元にやってくる。

先にも軽く述べたが、今一度がつっと説明しておこう。

あー、つまりだ。

大衆はお花畑の抑止力としてニカイーに期待をしている。つか無理やりにでも化け物を封じる、泣く子も黙る恐怖の憲兵をやらせたい。

だから大衆はニカイーと連絡を取りたい。俺にチャケンダの情報を伝えたい。

一旦すべてのお花畑の化け物を封じ、その後俺と話をつけ、俺の監視下の元、チャケンダを利用して仮想世界を手中に収める。それが大衆の身勝手なプランだ。

しかし俺は雲隠れ。

そこで大衆は俺と親しく人望の厚いマァクと連絡を取りたがる。マァクに俺に伝える情報を託したい。

しかしマァクも雲隠れ。

残された手段は、回帰派に所属するマァクの手の者に情報を託すことのみ。

マァクの手の者はよく教育されているので、聞いたことをそのままマァクに伝えたりなんかしない。

足を使って確かめに行く。

そして裏の取れた情報はマァクに直接ではなく、腹心であるイマルスに集約される。彼女は集まった情報を吟味し、緊急度や重要性を考慮してマァクに報告する。

結果的に、信頼できる良質な情報がマァクの元に集まることとなった。

マァクはニューオンとマオカルの動きも把握しており、彼女の手のものを使って嘘の情報を流し、二人の捜査をかく乱した。


ガーウィスの世界に戻ってきたエリヒュは、うつぶせに倒れているヒエレを発見する。

彼は人間の姿に戻っていた。

「ヒエレ!ヒエレっ!!」

少女は駆け寄り、抱き起そうとするがピクリとも動かない。

「これは──人間の姿のままROM化されている?」

少女はガーウィスの工房へと急ぎ、老マッドサイエンティストを引っ張ってくる。

「早く!早く!」

「ひぃ!ひぃ!わかったから引っ張るでない。この運動不足の老体で駆け足なんかしたら、すぐに転んでそこから動けなくなるぞい!急がば回れじゃ。」

もったくそ走りながらヒエレのところに到着。

白髪頭はヒエレの状態を見てうなる。

「ありえない。ROM化したまま人間の姿には戻れないはずじゃ。これは、コンスースが詳しいだろう。ジェジーならなお良いが、彼は遅延しているスケジュールの回復に忙しい。」

「分かったわ。コンスースに相談してみる。」

「力になれずすまんの。」

力が及ばなかったことに、本当に申し訳なさそうだ。

「そんなことは無いわ。十分よ。ありがとう。」

ガーウィスは髭を撫でながら工房へ戻る。

エリヒュはコンスースにメッセージを投げて助けを求めた。

『すぐ行くよ。』

コの字は3分程で気のいい笑顔とともにやってきた。

エリヒュに事情を聞き、ヒエレの状態を確認する。

「ほぼ脱獄しかかっているね。論理層からハッキングされたようだ。チャケンダの仕業と見て間違いないだろうね。」

「チャケンダですって!?ヒエレは大丈夫なの!?」

「あははは。もし大丈夫じゃなかったら、ぼくは今頃逃げ出しているよ。」

「暴れたり、爆発したりするってこと?」

「違うよ。苦手なのさ…」

「え?」

「女の子の涙がね。」

心優しきエンジニアの声は暖かい。その暖かさが少女に希望を与える。

「ひょっとして、ヒエレを動けるようにできるの?」

コンスースとチャケンダはお花畑の化け物の中でも特殊である。

ほとんどの化け物は何の知識も持たずに侵食されてお花畑の化け物になる。

チャケンダとコの字は化け物に関する多くの知識を持った状態で、化け物になった。

コの字は化け物に変化する過程で、彼自身をカスタマイズしていた。

「ぼくの化け物の能力を使えばね。けれど、今は移動手段の切り替えに向けて、ぼくも含めて全ての化け物をROM化しなければならないんだ。それをROM化から解放してしまうという手はいかがなものだろうか?」

彼は移動手段切り替えのスタッフとして、そう言わざるを得ない。

「お願い!コンスース!迷惑はかけないから!」

少女は涙を浮かべながらコの字の上着の裾にすがり付く。

「彼のやんちゃは記憶に新しい。正しい戦略とは思えないけどね。」

エリヒュは首を横に振って泣きじゃくる。

「お願い。彼は本当に良い子なの。それにリモコンを失った彼が移動手段切り替えまでの短期間に、何か出来ようはずがないわ。」

「いや。やはりまずいよ。」

「ヒエレは私が育てたの!話をさせて!」

これ以上少女を泣かせておくのは彼の流儀に反する。

「あー…だから──ふぅ、いいよ。わかったよ。」

「ほんとう!?」

「言ったろう。女の子の涙は苦手なんだ。」

俺はお人よしにもほどがあるコンスースが大好きだ。

「ぼくの責任で開放するのだから、万が一彼が反逆した時はぼくが退治する。いいね。」

少女はコの字の尋常ではない強さを知って居る。彼の言葉が意味するところに戦慄し、生唾をごくりと飲み込んで頷いた。万が一、ヒエレが悪さをしたなら、コの字の鬼火力でヒエレは消し炭にされてしまうのだ。

コンスースはヒエレをROM化から解放した。

「げほっ!ごほっ!」

ヒエレの時間が動き出す。

せき込むヒエレにエリヒュが抱きつく。

「おかえりなさい。」

「せ、先生?ここは──」

ヒエレは見慣れぬ世界に戸惑っている。

「おっと、こんな時間か。ぼくは先に失礼するよ。」

コンスースはガーウィスの世界を去った。


「やはりニカイーの味は再現できないな?」

自分で作ったレモンスカッシュの味に納得がいかず、始まりの化け物チャケンダは首をかしげている。

ドバアアアアアアァァッッ!!!!

彼の隠れ家の屋根が一瞬で吹き飛んだ。

砕けた梁の木っ端と一緒に、シシスカンがずしんと落ちてきた。

青髪のハッカーは天を仰ぎ「やぁ。今日が晴れでよかった。屋根がいらない。」と、余裕を見せる。

「貴様に何かをする暇を与えずに、確実にアプローチするには、この方法が一番だ。」

大女がずしんずしんと歩み寄ってくる。

「マァクの入れ知恵、いや、ジェジーの作戦かな?」

彼はレモンスカッシュのグラスに木くずが入ってしまったのを見て、渋い顔をしている。

グラスを逆さにして、シンクにすべて流す。

パン!

シシスカンが投げたドライバービットがグラスに命中。

ガラスの破片がばらばらとシンクに散らばる。

「君も野蛮だね。」と、ため息をつくチャケンダ。

「ニューオンとマオカルはどこだ?」

「君を探しに行っているよ。メッセージを投げたから、じきに戻ってくるけどね。」

表でこれを聞いていたマァクがイマルスに指示。

イマルス、ナイアラ、そしてッタイクの3人はニューオンとマオカルを足止めするために、エントリーポイントに向かった。

古い、レンガ造りの住宅が立ち並ぶ、情緒あふれる世界。

3人は建物の陰に隠れた。

まもなくニューオンとマオカルの二人がエントリーポイントに現れて、チャケンダの隠れ家へと急ぐ。

「いまだ!」

イマルスの号令で、3人はニューオンとマオカルに背後から奇襲をかける。

だが、

「きゃあっ!」

ッタイクが爆風に吹き飛ばされた。

背後から奇襲をかけられたのは、3人の方だった。

「ぼくは、二人だけにメッセージを投げたとは言ってないよ。」チャケンダが、エントリーポイントから聞こえてきた爆発音に気付いて、くすくすと笑っている。

3人の背後をとったのは、新たにエントリーポイントに現れたチョリソーとオウフ。

「ニューオン!ここは任せて!」

挿絵(By みてみん)

<※チョリソーです。ビンテージ物の古着を好んで着るという設定です。>

チョリソーが次の飴玉をポケットから取り出す。

ッタイクのダメージが酷い。

それもそのはず。彼女は3人分の飴玉を一人で食らったのだ。彼女だけが背後に現れた新手に気付いたのだ。ツワルジニの世界で館の警備の責任者となり、人一倍音に敏感な彼女だけが気付けたのだ。彼女は体を張って、イマルスとナイアラを守った。

イマルスは深手を負った彼女を分厚い雑草の壁で囲んだ。彼女の傷が回復するまでの時間が稼げるはずだ。

そして「そっちは任せたぞ!」と言い放って、ナイアラを連れてニューオンたちを追った。ッタイクを置き去りにして。

ナイアラは誰に後を任せたのか?難敵チョリソーとオウフ。この相手をだれができるのか?ッタイクは満身創痍、この雑草の壁があのダメージを瞬時に回復させるとでもいうのか?

いや、彼女はチョリソウの方に向かって「任せた」と言った。

チョリソーは自分がそう言われたのかと勘違いをして、不思議に思った。

いーや、それも違う。そのセリフは彼女の背後にいる一人の男に向かって言い放たれたのだ。

彼女の後ろから男のたくましい腕がぬっとあらわれて、チョリソーの手から飴玉を奪い取って横に放ってしまった。

ダッフルバッグを担いだその男は、二人の前に歩み出でて、ズラリと火炎放射器を取り出した。

ツイカウ!!

オウフはその男との戦いを避けるため、火炎放射器を触ろうとした。

彼女が触れば、いかつい火炎放射器は、ヘアドライヤーか何かになってしまうだろう。

だが、オウフの手が火炎放射器に届くことはなかった。

火炎放射器は、オウフの手をすり抜けるように変形していく。

「コンスースの手を借りて、改造をしたんだ。」

火炎放射器はツイカウの全身を覆い、青白い炎を放つ。

オウフは手をかざしてその炎を抑え込もうとしたが、逆に弾き飛ばされてしまった。

「オウフ。君の能力には弱点がある。」

地べたにへたり込んで怯えるオウフを、チョリソーが抱き起す。

「それは、一定量を超えるエーテルを制御できないということだ。」

チョリソーが飴玉を投げるが、ツイカウに届く前に、高温の炎で爆破されてしまう。

「以前のガントレットでは、ぼくの肉体が燃え尽きてしまうため、最大火力を短時間しか維持できなかった。この鎧は伊達ではないよ。」

ツイカウは本気だ。

自分が愛する女が道を誤ったのなら、そのけりは自分でつける。

愛する女と本気で戦う、打ち倒す。

彼は覚悟を決めてきたのだ。

しかし、チョリソー達はツイカウと本気で戦う心の準備ができていない。

特にオウフはショックを受け、今にも泣きだしそうだ。

これでは戦いにならない。

今日は、ここまでの様だ。

「わかったわ、ツイカウ。わたし達も覚悟を決めてくるわ。次に会う時、決着をつけましょう。」

チョリソーは足元に飴玉を投げつけた。

煙幕弾で、あっという間にあたり一帯をピンク色の煙で覆った。

ツイカウは火力をさらに上げて、煙を吹き飛ばした。

レンガ造りの可愛らしい家が3軒、彼の炎の巻き添えで吹き飛んだ。

ッタイクも雑草の壁がなければ、追加のダメージを受けていただろう。

チョリソーとオウフの姿は近くには見当たらない。

きっと、どこかの家に潜んでいる。

ここでツイカウは考える。

彼女たちを探すのは無駄な行為だ。見つける前に、別な世界にチャンネルを切り替えて、逃げてしまうからだ。

しかし彼はこうも考える。

二人が物陰からこちらをうかがい、自分ツイカウをやり過ごすチャンスを狙っている可能性もあるのではないか?

もしそうなら、この場を去るわけにはいかない。

イマルスとナイアラの背中、そして未だ傷の癒えないッタイクを守るために。

しばしの思案。

最終的に彼はチョリソーが”決着をつけましょう。”と言った、その一言を信じた。

二人は、自分との決着をつけるまで、他の者には手を出さないはずだ。

ふっと、緊張が解ける。

その途端、愛するオウフを突き飛ばしてしまった悲しみに、押しつぶされそうになる。

心が悲鳴を上げ、それに呼応して彼の炎が暴走を始める。

「い、いけない…」

男は、チャンネルを切り替えて、自分の世界へ逃げた。

そう、彼は逃げたのだ。

ツイカウだって実のところ、心は揺らいでいたのだ。

イマルスとナイアラは、ナイアラが出したダチョウに乗って、ニューオンたちに追いついた。

「しつこい小娘ね。」

「お前たちこそ、懲りない連中だ。」

ダチョウはレンガの壁を横に走り、ニューオンたちを追い越した。

マオカルのボディーダブルは起動に時間がかかる。当面はニューオン一人で戦わざるを得ない。ニューオンはそう理解している。

コンスースの大火力に対抗するため、マオカルにハンドガンを捨てさせた戦略が裏目に出た。彼女はそう考えている。

「くっ!あの無口ナイアラな方が厄介なのに。」

精密射撃が可能なあのハンドガンなら、厄介なナイアラの卵をもれなく破壊できるのに。ああ、今こそハンドガンの出番なのに。

ニューオンの舌打ちを聞いて、マオカルは「任せろ」と前に出た。鋭い足さばきでナイアラとの距離を詰める。

マオカルがナイアラに放った裏拳の連打を見て、イマルスの顔が青ざめる。

横から回り込んでくる、あの独特な拳撃。フィリピン武術のエスクリマで間違いない。

「ナイアラ!距離をとれ!接近戦はまずい!!」

ナイアラは卵さえあれば接近戦もいけるので油断をしていた。

「え?あぁ、うん。」

もう遅い。

エスクリマはディスアームの技が発達している。

ナイアラのスリングショットは、すぐさまマオカルにからめとられてしまった。

「しまったぁー!」悔やむイマルス。このディスアームが怖かったのだ。

近接のイマルス、後方支援のナイアラで、彼女達の二人三脚は成り立っていた。

スリングショット無しでは、戦いのリズムが崩れてしまう。戦闘力が半減してしまう。

「エクスリマを知っている貴様…元警察官か?そう言えば、お前はそんな匂いがする。」

「好きに想像すれば…うぉああっ!」

イマルスをニューオンのデジタル人形が襲う。イマルスには、このデジタル人形を打破する決定打が無い。彼女の攻撃は空を切り、デジタル人形の攻撃は確実に彼女を追いつめる。

ナイアラはマオカルの左右の動きに翻弄され、卵を取り出しても、たちどころに叩き落とされてしまう。

「オホホホホッ!!」

すでに勝ち誇っているニューオンは、デジタル人形を更に2体出現させ、イマルスの退路をふさぐ。

劣勢に苦しむイマルスは、ナイアラにメッセージを投げる。

『どうにかして、相手を入れ替えるぞ。エスクリマの相手は私の方が上手い。』

「ら、らじゃでず。」

必死にマオカルのラッシュに耐えるナイアラ。

デジタル人形がイマルスを押していると見るや、ニューオンは折り紙をナイフの形に折り、マオカルに投げた。イマルスの考えなんてお見通しだ。相手を入れ替えられてたまるか。マオカルを支援し、ナイアラをくぎ付けにしていてもらわねばならぬ。

彼は、いまだ手にしていたナイアラのスリングショットを足元に落とし、折り紙を手にする。

折り紙はスペツナズ・ナイフになり、マオカルの手に収まった。

素手のマオカルでさえ苦戦していたのに、ナイフなんか手にされたら手のつけようがない。

基本無表情なナイアラの顔が引き攣る。

「うぇあああ。」

地面を這って必死に逃げ回るナイアラ。

「ひいいぃっっ!!」

この優位に至って、百戦錬磨の軍人に事をせく要因はない。

確実に卵使いの少女を追いつめてゆく。

「疲れたろう?もう、逃げ回らなくていい。」

スペツナズ・ナイフのボタンを押す。

その刀身は強力なスプリングにより、前方に射出される。

無慈悲な刃がナイアラの左ふくらはぎを捕らえようとした、その瞬間。

ガキン!!

「抗菌加工を拡大解釈した、抗刃こうじん加工です。」

ッタイクだ!

チョリソーの飴玉爆弾で負った傷を治し、戦線復帰!

彼女のプラボトルでスペツナズ・ナイフの刀身を弾き飛ばした。

「ちっ。厄介なお嬢ちゃんが出てきたな。」

ッタイクは近接格闘でマオカルと互角の戦いをする。

ニューオンは折り紙を二つ投げた。マオカルの両手には新しいスペツナズ・ナイフ。

だが、彼が武器の持ち替えのために立ち止まった、その瞬間。

「ナイアラ!今だ!!」

イマルスは雑草の鞭でスリングショットを拾い上げて、ナイアラに投げ渡した。

それを受け取ったナイアラはグンカンドリの卵を取り出して、デジタル人形を撃破。

その隙にイマルスとナイアラは場所を交代した。

イマルスはッタイクと背中合わせに立つ。

「助かったよ。二人であの軍人をねじ伏せるぞ。」

だが、聞こえてきたのはッタイクのため息。

「はぁ。お言葉ですが、あの程度の相手。私一人で十分ではないでしょうか?」

「そう言うな。エスクリマが相手なら、私がいた方が手が早い。」

イマルスは雑草で作ったダガーを逆手に握る。

その構えにマオカルの手が、ピクリと反応する。

「お前もエスクリマを使うのか?」

「少しかじっただけだ。気にするな。」

言葉とは裏腹に、イマルスの表情には自信が満ち溢れている。

ナイアラはニューオンを前ににへら~と余裕の笑み。

なにせ、相性のいい相手。既に勝ったつもりでいて、頭の中はほっこりと日向ぼっこをしている。

ニューオンはチャケンダに”応援は遅れそうだ”とメッセージを投げた。

このメッセージに始まりの化け物はため息をついた。

「やれやれ。これは、困ったねぇ。」

彼はシシスカンの猛攻を受けて、肉体の30%を失っていた。

対するシシスカンはかすり傷程度。

圧倒的な戦力差を実感する。

そしてチャケンダは青髪を揺らして喜ぶ。

「そうだよ、この強さだよ。ニカイーを倒すのは君だ!シシスカン!」

無双の大女は唾を吐き捨てる。

「その願い、暇つぶしに叶えてやってもいい。だが、お前を地獄に送った後だ。」

彼女は右腕をヘラジカの角の束に変化させて、チャケンダの頭めがけて振り下ろした。


俺はその戦いの一部始終を心得ていた。

マァクが俺に都度メッセージを投げてよこすからだ。

俺は一人旅に出る前、つまりチャケンダに会いに行く前にプライマリにした質問を思い出す。

「なぁ。人類は保全機能の英知を得られるのか?」

「その人類とは、今現在のお前たちを示すのか?」

「他に誰がいる。」

「ならば答えはNOだ。」

イェトのやつは相変わらずの勢い任せだが、お花畑の化け物の知識を有し、拡張された英知を使いこなしているコンスースを頭に思い浮かべて思うのだ。

人間は未熟で、俺たちが忌み嫌っているお花畑の化け物の方がはるかに高度な存在だと。

実はチャケンダは正しく、人類には保全機能の英知が必要なのではないだろうか?

プライマリがNOと言うのだから、保全機能が人類に彼らの英知のすべてを与えることはないだろう。

人類が保全機能の全英知を手に入れるには奪い取るしかない。

俺はチャケンダが俺に話した全てを、反芻した。

話がかみ合ってくる。

今なら理解できる。

チャケンダがやっていることを、理解出来る。

「すると、奴が俺を亡き者にしようとしていることも、正しいということか?」

俺は一人で静かに悩み続ける。


ガイン!!!!

シシスカンの強烈な一撃を受け止めたのは、チャケンダが出現させた黒羊。

像の首から上をゴリラの上半身にしたような姿をしている。

何ともくそ頑丈そうなケンタウロスだ。

「くだらないおもちゃだ。」

シシスカンは両腕を化け物化して、狙いを黒羊に定めた。

チャケンダへの攻撃の手を緩めた。

これを「素人」と鼻で笑うチャケンダ。彼には策があった。自分より強いシシスカンに対抗する策が。

ここにスレンダーな少女がすっ飛んでくる。イェトだ。

「アンタはチャケンダの攻撃に集中して!」

イェトさんがゴリラの野太い首を蹴り飛ばす。

「私は共闘はしない!」

「奴は論理層に遷移する気よ!早く!!」

”論理層”──その言葉にハッとして、シシスカンは慌てて振り上げた腕をチャケンダに向ける。

彼女は物理層では最強かもしれないが、論理層では無力だ。

「どうやらプロが来たようだね。」

チャケンダも両腕を化け物化させ、何とかシシスカンの一撃をいなす。

そのまま大女の腕を抑え込み、黒羊操って彼女の背後から首を狙う。

「はい!ザンネン!!」

イェトさんが黒羊を殴り飛ばした。

それにより窮地を免れたわけだが、シシスカンは他人の手を借りることを良しとしないようで、不満気だ。

ガキの様に意地っ張りな彼女にイェトさんは苛立ちを覚える。

「あのねぇ、わたしだってチャケンダに化け物にされたのよ?あのニヤケ面の首半分をもらっても良い立場なのに、あんたに全部進呈しようっていうの。わかる?」

自分と立場が同じと言われては、頑固な大女も譲歩せざるを得ない。黙ってイェトさんに背中を預けることにした。

そして、自分と気持ちを、チャケンダに対する憎しみを共有できる同胞を得たことに、わずかながら心の安らぎを感じていた。

可愛らしい、レンガ造りの家を破壊しながら、化け物同士のぶつかり合いは続く。

マァクはチャケンダが論理層に遷移しようとした理由を考えていた。

チャケンダの企みにいち早く気づき、イェトをシシスカンの処へ行かせたのはマァクだ。

”ニカイーを倒すのは君だ!シシスカン!”というチャケンダの言葉からもわかる通り、彼はシシスカンを彼の制御下に置こうとしている。

一方マァクは事前に”チャケンダはシシスカンを倒すために、彼女を探している”と云う情報を得てこの場に来た。

従える?倒す?

チャケンダが言うのだから、その両者は同時に成り立ち、同じ結果を示している。

それはなぞなぞでは無く、勝利のカギを得るヒントだ。

マァクは考える。

自分マァクは論理層を見て来た。その仕組みを少なからず理解してきた。

ならば、導き出される答えはこうだ。

”ある条件を満たせば、チャケンダはシシスカンを論理層から操ることができる”

論理層ならばマァク自身も戦力になるが、今は呪いの能力が使えない。

やはり、いざという時のために論理層の化け物であるニカイーを手札に持っておきたい。

マァクは雲隠れしている俺に、メッセージを投げ続けた。


ガーウィスの工房。

彼はスパイタの手を借りて、マイクロ10の新しいボディーを作っていた。

「本当に電子頭脳は8ビットで良いのですか?」

スパイタがベースボードに組み付けるSOM上のCPUを見て首をかしげる。

「限界をレジスタ幅やコア数の増加で解決したシステムなど、所詮数値頼りの腰抜けじゃ。8ビットだから、限界を超えるために知恵を絞るんじゃ。8ビットだから、困難に立ち向かえるのじゃ。」

「そんなものですかね?」

スパイタはベースボードをフレームにねじ止めし、やはり納得いかぬ様子でSOMを二度見した後、それを144ピンソケットにパチンとはめた。

ガーウィスは、マイクロ10にシリアルデバッガをつなぎ、ベースボードのデバッグボタンを押しながら、パワーボタンをヒットした。

シリアルデバッガは無線LANでガーウィスに繋がっている。

彼は、先にサルベージしてあったSRAMのデータを、SOM上の新しいSRAMにロードした。

これでマイクロ10の魂が新しい彼の身体に宿った筈だ。

続けて3.5インチ2HCフロッピーディスクをセット。IDEを起動してプログラムをロード。0x0400番地から走らせた。マイクロ10はBIOSを持たないので、起動は毎回シリアルデバッガを用いたマニュアルキックスタートになる。

『──

メモリーチェック

64KB…OK

MICRO10-BASICインタプリタの読み込みを開始します

しばらくお待ちください

NOW LOADING

しばらくお待ちください

NOW LOADING

しばらくお待ちください

NOW LOADING

──』

そして、BASICインタプリタが起動した。

この端末画面はスパイタもゲストモードで見ていた。

BASICのプロンプトを見て愕然とする。

「え?コマンドラインでBASICって、何の冗談ですか?」

「このもの知らずめが。BASICはBIOS、ドライバー、カーネル、ユーザーランド、そして開発環境全てを統合した、最強にして無双のソフトウェアじゃ。」

「へ、へー。」頭くらっくらしながら遠い目をするスパイタ。

「アセンブラでプログラムを書くときも、BASICの機能をコールしたりする。」

「ふ、ふーん。」スパイタは口にこそ出さないが、「本当にこんなもので電子頭脳を駆動するつもりなのか?」と、大いに怪しんでいる。

ガーウィスがLOAD命令を打ち込む。

本当に動くのか気が気ではないスパイタはお茶を飲んで、気持ちを落ち着かせようとする。

『父さん。』

端末にそのように表示され、スパイタはお茶を噴き出した。

「う、動きましたね。」

とは言いつつも、いまだに信じられない。

バンク切り替えで多少増えているとはいえ、使えるRAMは256+64-16=304KB。

フロッピーディスクが1.2MB。

SRMが32MB。

でもってCPUは8ビット16MHz。

こんなしょっぱいリソースで人工知能なんか、計算不可能問題だっつーの。

だが、動いている。

なぜだ?

何故動いてしまうのだ!?

鋼鉄の清純は、今、蘇ったのだ。

カラスの鳴き声にスパイタがびくつく。

窓から差し込む月光に、老マッドサイエンティストの丸眼鏡が輝く。

「いい夢は見れたかのう?マイクロ10-revレヴシー


ニカイーは、皆が激しい戦闘を繰り広げている、その世界に向かった。

レンガ造りの家が並ぶ可愛らしい世界は、がれきの山を築き、惨状と化していた。

袖搦そでがらみを担いで、青髪のクソ野郎の処へ向かう。

途中、ニューオンとマオカルに妨害されかかったが、イマルス達が俺の道を作ってくれた。

チャケンダはシシスカンの圧倒的な破壊力で肉体のほとんどをぶっ壊され、虫の息だ。

セカンダリはいよいよ、チャケンダをROM化するタイミングを見計らい、チャケンダ専用に用意した袖搦を構えている。

始まりの化け物は、「あれがぼく専用に用意された袖搦か。」と腫れあがった眼で切っ先を追う。その瞳は、俺の姿も見つけた。

マァクとイェトも、俺の姿を見つけた。

シシスカンは容赦なくチャケンダを殴りつつけている。

「もう、30年分は十分に殴ったろう。」

俺は、チャケンダとシシスカンの間に割って入り、シシスカンの拳を袖搦で受け止めた。

そして、背中越しに奴に命じる。

「おいくそハッカー。いつもの二人を連れて、とっととずらかれ。」

大女は拳を突き通そうとするが、袖搦はびくともしない。

「邪魔立てする気か!?」

「お前が俺の話を最後まで聞かないなら、そうだ。」

分かりやすい女だ。

頭に血が上っていく様子が、手に取るように分かる。

彼女は言う。

「チャケンダ。ついでになるが、お前の願いもかなえてやれそうだ。」

シシスカンの化け物化した腕が俺を襲う。

「ああいいとも。体の半分くらいならくれてやるよ。」

俺は左半身を吹き飛ばされながら、袖搦を大女のへそに突き立てた。

袖搦が化け物にもたらす苦痛に、海老反りになって苦しむシシスカン。

「物理層最強だか何だか知らないが、化け物相手なら俺は無敗だ。相手が悪かったな。」

彼女の悲鳴を聞きながら、俺は失った左半身を復旧する。

「チャケンダ。早く逃げろ。」

「ぼくは君を倒さなければならない。」

「今日は無理だ。出直してこい。」

「ぼくにチャンスをくれるというのかい?」

「俺はお前を理解した。そしてマァクの正しさもわかっている。俺にはどちらを選択することもできない。」

「それにしては君の行動には迷いが無い。」

「ああ、どうやって選択するかを決めたからな。」

「どうする気だい?」

「馬鹿の俺だ。難しいことは出来ない。ただ、戦うのさ。」

「正々堂々と決闘で、決着をつけようという訳かい?」

「そうだ。てめぇが計画している最大戦力で来い。それを俺たちが全力で迎え撃つ。」

「勝った方の意見を通す。単純な君らしいね。」

「いいから早く逃げろ。この機に乗じて妙なことをしやがったら、てめぇ、この場でぬっ殺すぞ。ただ消え失せろ。」

「それが、君が出した答えなんだね。」

唐突に聞こえてきた優しい声色。いつの間にかコンスースが俺の背後に来ていた。

「ようコの字。会いたかったぜ。」

「ぼくもさ。君は保全機能に選ばれた特別な存在だ。だから、君が導き出した答えには、意味があるんだ。それを聞きたかった。さぁ、言ってくれ。声を大にして。」

俺は、マァクやイェト、そしてセカンダリ。今、この世界に居る全ての者に聞こえるように声を張り上げた。

「今この仮想世界にはいくつかの正義が存在していて、お互いに対立をしている。人類はそろそろ進むべき未来を決めなければならない。どっちに進んでも困難な道で壁にぶち当たる。民主主義は通用しない。壁を突き破れる強いリーダーが必要だ。だから戦って、どちらが強いかで決めるんだ。」

残り二話。もう本当に、戦って終わりです。

戦います!!

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ