言い争いと固い意思(前編)
一対ニだとどうのこうの、「あちら側」に帰してしまうだの、自国で保護するだの、とりあえずただ帰すだけというのは考え直せだの、能力者が三人も戦闘の構えを取りながら、その武器や能力を飾りにして口論し合う様をシペルはどのような気持ちで眺めているのか。見れば桐生の背後で静かに耳を傾けている。ときに三人の口論に相槌を打ったりもするが、彼が三人の輪の中に飛び込んで己の意見を交えさせることはない。だいたい英語が理解できない。相槌もつまりは格好だけである。その真意は、自分のためにあれこれと頭も体も一所懸命に働かせている彼らに深い感銘と感謝を抱きながら、しかし頑固一徹に己が進まんとする道を変えるつもりはないのかもしれない。
少なくともヴァイスの目にはそう映る。説き伏せ合いに躍起になっているせいか、彼と弥生がすでに桐生たちの合流地点に到着して少し離れた場所で三人のやり取りを見物しているというのに、誰も気が付かない。
「誰一人としてシペルの意見を聞こうとしていないから面白いね。案外にシペルのほうがしたたかだろうに」
「あの迷子の人が何を考えているのかわかるんですか?」
「いや、まさか、さすがに全部は。でも、なんとなく彼の気持ちのようなものは感じ取れるかな。一見、自分を保護する相手に従いながらも、彼は彼の意思で彼のゴールに向っている。彼自身、帰る気でいたようだから、どんな状況になっても、遠回りをしたとしても、そこへ向うことを諦めないだろう。諦めるときというのは、おそらく彼が死ぬときだと思う。それくらいの強い意思と覚悟を、あの内側から感じる。真面目で礼儀正しく、農民の出とはいえ、彼も軍人なんだろうと、そう思う」
「でも、それ… 私たちが彼を帰して、ついでにスナイパーも捕まえようとしている作戦に沿った形で、都合よく解釈してません?」
「うん? バレた?」
ヴァイスと弥生はシペルに近づきその傍に立った。ヴァイスは元々気配を消すのが上手すぎるにしても、弥生がそれだけ接近しても睨みあう三者はまだ気がつかない。ヴァイスは「あちら側」の言葉でシペルに話しかけ、この三者を前にして今の率直な気持ちを聞きだした。
「彼らの私を巡って必死になっている気持ちはよくわかります。ここでどれだけ小さな争いが起きても、私はこちらの世界で大きな損害、多くの人の被害を出さないために自分の故郷に帰ることだけを考えています」
との返事がある。ヴァイスはつい声を出して笑ってしまう。三者の言い争いも、仮にその結果この場で三者が戦闘になったとしても、それは小事と割り切られるのだから、桐生たちの意地も滑稽に見える。ようやく桐生たちもヴァイスと弥生に気がつく。
「いや、失礼」
「なんだ、お前、もう来てたのか。あれ? 弥生も一緒じゃないか」
「電車の中でばったりとね。二人で君たちのやり取りを見物させてもらったよ。なかなか愉快だった」
「愉快って、こっちは真剣に話し合っているっていうのに」
「だから謝っただろ。でもね、お前自身もいい加減出口が見えなくなって飽きてきたところなんじゃないのか?」
桐生は何とも答えないが実はその通りである。
「ヴァイス・サイファー、久しぶりに会ったな」
「こちらこそ。イーニアス・ローウェル」
「さっそくで悪いが、『あちら側』への『穴』を作ってくれないか。すぐにでもシペルを帰してやりたい」
「俺としても帰すことに反対はしないが、いいのかい? この二人をまだ説得し切れていないんでしょ?」
「いや、帰してしまえば我々の任務は終わる。いますぐ帰してくれるなら、私がこの二人を抑えている」
続きます




