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閉鎖された巨大集落にある刑務所で  作者: こうた


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最終話「外の空」

「第九番は――」


黒田の声が止まった。


食堂にいる全員が、息を殺している。


御堂は黙っていた。


村人たちも。


誰も動かない。


ゆうさくは思った。


もしかしたら。


本当に――


この村の仕組みを壊せるのかもしれない。


第七番。


第八番。


第九番。


その循環を止めれば。


自分も。


美月も。


佐伯も。


誰も犠牲にならずに済む。


そんな希望が――


ほんの少しだけ生まれた。


その日の午後。


御堂がゆうさくを呼び出した。


「外へ行く準備をしろ」


「……え?」


「条件が変わった」


御堂は一枚の書類を渡した。


そこには、


第七番・第八番 外部帰還許可


と書かれていた。


ゆうさくの手が震えた。


「美月も?」


「ああ」


「本当に?」


「本当だ」


ゆうさくは何度も書類を見た。


名前がある。


自分の名前。


美月の名前。


そして――


帰還予定日 明日


「……明日」


ゆうさくの胸が高鳴った。


明日。


外へ出る。


本当に。


夢にまで見た外の世界へ。


「身分は?」


「用意する」


「仕事は?」


「用意する」


「住む場所は?」


「用意する」


御堂は淡々と答えた。


「お前の過去は、ここで終わる」


ゆうさくは目を閉じた。


終わる。


罪も。


借金も。


この村も。


全部。


もちろん――


自分が殺した人たちのことは消えない。


それでも。


生きることはできる。


償いながらでも。


もう一度。


普通の人間として。


「……ありがとうございます」


その言葉を口にした瞬間。


御堂が笑った。


「礼を言うのは、まだ早い」


だが、ゆうさくは気づかなかった。


その笑顔の意味に。


---


夜。


ゆうさくは美月に会った。


「明日、出られる」


「……」


美月は何も言わなかった。


「俺たち二人で」


「……そうですか」


「嬉しくないのか?」


美月は微笑んだ。


「嬉しいですよ」


「なら、笑ってくれ」


美月は笑った。


でも――


その目には涙があった。


「どうした?」


「なんでもありません」


「美月」


「……ゆうさくさん」


彼女はしばらく黙っていた。


そして。


「外へ出たら」


「うん」


「空を見てください」


「空?」


「この村の空じゃない空を」


ゆうさくは笑った。


「何言ってるんだ」


「約束してください」


「わかった」


「絶対に」


「絶対に」


美月は頷いた。


「……それだけでいいです」


---


翌朝。


村は異様なほど静かだった。


人がいない。


店も閉まっている。


家々の扉も閉じている。


そして――


神社への道だけが開いていた。


御堂が言った。


「こちらへ」


ゆうさくは美月と並んで歩いた。


だが。


外へ行くのではない。


神社へ向かっている。


「……御堂さん」


「なんだ?」


「出口はこっちじゃないですよね?」


「そうだ」


「じゃあ、なんで?」


御堂は答えなかった。


神社の境内。


そこには――


大勢の村人がいた。


全員、仮面をつけている。


ゆうさくの足が止まった。


「……何だよ、これ」


美月も立ち止まった。


「……嘘」


御堂が言った。


「最終確認だ」


「確認?」


「お前たちが帰還できるかどうかの」


ゆうさくは笑った。


「もう許可証はあるだろ」


「そうだ」


「だったら――」


御堂が手を上げた。


村人たちが道を開ける。


その先に――


巨大な祭壇があった。


ゆうさくの顔から血の気が引いた。


「……違う」


御堂が言う。


「これが帰還だ」


「違う!」


ゆうさくが叫んだ。


「話が違う!」


御堂は静かだった。


「何も違わない」


「外へ出すって言っただろ!」


「そう言った」


「だったら――!」


「外へ帰すために」


御堂はゆうさくを見る。


「第七番を完成させる」


ゆうさくは理解できなかった。


「完成……?」


黒田の声がした。


「ゆうさく!」


遠くから黒田が走ってくる。


だが村人に囲まれた。


「逃げろ!」


黒田が叫ぶ。


「それは帰還許可じゃない!」


ゆうさくが振り返る。


「どういうことだ!」


黒田は叫んだ。


「帰還記録を作るための許可だ!」


ゆうさくの頭が真っ白になった。


「……記録?」


「お前はここで死ぬ!」


その言葉が――


世界を壊した。


御堂が言う。


「第七番が祭壇で消えたことを確認する」


「その後、第八番を記録する」


美月が震える。


「……私も?」


「そうだ」


「じゃあ、外へは?」


御堂は答えた。


「帰れる」


「……いつ?」


「死んだ後だ」


ゆうさくの足から力が抜けた。


「……そんな」


御堂は淡々と続ける。


「お前は外へ戻ったことになる」


「ならない……」


「戸籍上も」


「ならない!」


「記録上も」


「俺は生きてる!」


「そうだな」


御堂は笑った。


「今は」


その瞬間。


ゆうさくは理解した。


最初から――


外などなかった。


「七人を運べば外へ行ける」


「第七番が帰還できる」


「新しい人生を与える」


全部。


全部――


餌だった。


自分をここまで運ぶための。


自分に人を運ばせるための。


自分に罪を背負わせるための。


そして最後に――


自分自身を祭壇へ運ぶための。


「……俺は」


ゆうさくの声が震えた。


「俺は、何人運んだ?」


誰も答えない。


「何人……殺したんだ?」


美月が泣いている。


「違う」


「何が違う!」


ゆうさくは叫んだ。


「俺が連れて行ったんだ!」


高橋。


宮本。


三浦。


田中。


そして――


何人もの消えた囚人たち。


自分はそのたびに、


「仕方ない」


と思った。


生きるためだと。


外へ出るためだと。


だが――


全部、嘘だった。


ゆうさくは膝をついた。


「俺……」


涙が落ちる。


「俺は……」


そのとき。


走馬灯のように――


昔の記憶が蘇った。


---


「男気見せろよ」


友達の誕生日。


そう言われて買ったブランド品。


金なんてなかった。


だから会社の人に頭を下げて金を借りた。


「これくらい普通だろ」


「男気だよ、男気」


笑われた。


---


別の日。


友達が気に入っているキャバクラ嬢。


「これ買ってやれよ」


「俺が?」


「男気見せろって」


また金を借りた。


また贈った。


自分には何も返ってこなかった。


「ありがとう」の一言だけ。


---


麻雀。


朝まで。


何度も。


数万円。


十万円。


百万円。


気づけば――


数百万円。


負けていた。


「お前、男気ないな」


「次は取り返せるって」


そう言われた。


また打った。


また負けた。


---


「いつか女の子紹介してやるよ」


何度も聞いた。


「本当に?」


「本当、本当」


それを信じた。


だから断れなかった。


だから金を出した。


だから付き合った。


だから――


自分の生活を削った。


---


そして。


合コンの日。


連絡は来なかった。


後から知った。


友達は参加していた。


自分だけ呼ばれていなかった。


かわいい女の子たちと。


自分が知らない場所で。


楽しそうに笑っていた。


その夜。


自分は一人だった。


---


男気。


男気。


男気。


いつもそう言われた。


男なら。


男らしく。


男気を見せろ。


その言葉を信じるたび――


金が消えた。


時間が消えた。


仕事が消えた。


恋愛が消えた。


人生が消えた。


家族まで――


遠くなった。


気づいたときには。


借金だけが残っていた。


それでも。


いつか。


女の子を紹介してもらえる。


いつか。


自分にも幸せが来る。


そう思っていた。


---


そして最後。


あの夜。


火をつけた。


ナイフを持った。


人を殺した。


あれだけは――


誰かのせいにはできない。


自分がやった。


自分の罪だ。


だから。


刑務所に入って。


罪を償って。


それで終わるはずだった。


なのに。


その先に――


この村があった。


---


「……俺の人生」


ゆうさくは呟いた。


「何だったんだ……」


美月が泣きながら近づく。


「ゆうさくさん」


「俺は……」


涙が止まらない。


「何のために生きてたんだ」


美月は答えた。


「あなたが悪かったからじゃありません」


ゆうさくは首を振った。


「違う」


「……」


「俺は悪かった」


美月が黙る。


「人を殺した」


「……」


「それは俺の罪だ」


ゆうさくは涙を拭った。


「でも……」


空を見上げる。


壁に囲まれた空。


「こんな死に方をするために、生きてきたんじゃない」


美月も空を見る。


「私もです」


二人の目が合った。


その瞬間。


御堂が言った。


「時間だ」


村人たちが動く。


ゆうさくは抵抗した。


「やめろ!」


腕を掴まれる。


「離せ!」


美月も捕まる。


「美月!」


「ゆうさくさん!」


二人の距離が離れていく。


「約束!」


美月が叫んだ。


「外の空を見て!」


ゆうさくは泣きながら頷いた。


「絶対に!」


そして――


祭壇へ。


足が震える。


もう逃げられない。


目の前に巨大な仮面が置かれている。


だが。


その奥には――


何もない。


神は見えない。


ただ暗闇だけがある。


ゆうさくは、その暗闇を見つめた。


「……俺は」


静かに言った。


「外へ行きたかった」


誰も答えない。


「普通に生きたかった」


一歩。


祭壇へ進む。


「仕事して」


一歩。


「飯食って」


一歩。


「誰かと笑って」


涙が落ちる。


「家族を作って」


最後の一歩。


「……ごめんな」


誰に言ったのか。


自分でもわからない。


家族か。


殺した人たちか。


美月か。


それとも――


自分自身か。


ゆうさくは目を閉じた。


最後に浮かんだのは。


幼い頃の家だった。


母親の声。


父親の背中。


妹の笑い声。


弟の足音。


ただの普通の日。


それだけだった。


それが――


人生で一番幸せな記憶だった。


「……外に、出たかったな」


ゆうさくの声が消える。


暗闇が――


すべてを覆った。


---


翌朝。


刑務所には、新しい囚人が到着した。


古い洋館の門が開く。


男が一人。


手錠をされたまま歩いてくる。


村人が出迎える。


仮面。


無言。


男は周囲を見回す。


「……ここは?」


誰も答えない。


ただ一人。


黒田が立っていた。


老人は、新しく来た男を見つめた。


そして――


小さく呟く。


「……また一人か」


男の足元に、一枚の紙が落ちた。


黒田が拾う。


そこには――


第十番候補


と書かれていた。


黒田は紙を握りしめた。


遠くで鐘が鳴る。


一回。


二回。


三回。


そして――


村のどこかから、


誰かの名前を呼ぶ声がした。


「――第十番」


黒田は目を閉じた。


巨大な壁の向こう。


外の世界では、


今日も朝が来ていた。


車が走る。


人々が仕事へ向かう。


学校へ向かう子どもたちが歩く。


誰も知らない。


壁の内側で、一人の男が死んだことを。


誰も知らない。


その男が最後まで――


外の空を見たかったことを。


そして。


誰も知らない。


壁の中では今日も――


新しい人生が一人、


奪われようとしていることを。


――完――

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