外伝 神秘と探求と豊穣と信仰と恩恵と
街の片隅の、やや古ぼけた建物の前で、男は足を止めた。
木の看板には、ビアジョッキを背景に木の枝に止まった一羽の小鳥が描かれており、その下に『止まり木亭』の文字がある。
扉の向こうからは、賑やかな話し声が漏れ聞こえて来る。一階が酒場で、二階は宿屋。成程と、男は頷いた。
ここが、かの有名な『冒険者の酒場』なのだろう。
木製の扉を押して見ると、やや立てつけが悪いのか、扉は「キィ」と軋んだ音を立てた。居合わせた数名が、男を見る。
「いらっしゃいませ」
歩み寄って来たのは、若い——酒場に似つかわしくない程に若い、女。
「ここには、冒険者が集まると聞いて来た」
用件を告げると、女は少し考えるように首をかしげ、ひとつのテーブルに向き直る。
「マーフィー達は、冒険者ですよね?」
話しかけられ、テーブルの奥に座る男が顔を上げた。灰色の髪の、体格の良い男。筋肉の浮いた腕は、そこいらの女のウェストよりも太いかも知れない。
隣に座っているのは、ローブを着て、首から大きなペンダントを下げた女。耳の先が長く、尖っている。
「そうなんだろうと、思うよ」
だが、応えたのは、灰色の髪の戦士の前に座っていたらしい小男だった。椅子の背もたれから、顔だけを覗かせてこちらを見ている。紺色のフード付きのマントを羽織っており、室内でもフードは被ったままなので、顔は見えない。
「思う?」
「『だった』、かなぁ?」
小男が言い直す。どちらにしても、歯切れが悪い。
近づくのを渋っていたら、
「どっちでも良いだろ? それで? レミィ、俺達に何の用だ?」
大男の方が苦笑をしながら告げた。図体はでかいが、笑うと愛嬌がある印象だ。
「このお客さんが、用があるんだって」
三人の眼が男に向けられる。少し、居心地が悪いと男は思った。
「俺は、マーフィー。見たまんまの体力自慢の戦士。ちなみに、パーティーリーダーはこっちのシスターだ」
「グレイス。私たちに、どんな依頼が?」
エルフだかハーフエルフだかの女が、特徴のひとつであるアーモンド型の眼を細めながらそう尋ねた。エルフが人間の神に仕えるわけがないからハーフエルフだろうと、男は思う。
「そっちの人は? 冒険者なのか?」
失礼かとも思ったが、やはり室内でもフードをかぶったままというのは胡散臭いので、聞いてみる。
「ああ、僕? これでも、魔術師だよ」
フードを下ろすと、金色の髪がこぼれた。とても綺麗な顔をした、十代なかばの、子ども。
「魔術師の、ディーン。こんな外見だからね、酒場では顔を隠してるんだ」
てへっと、少年が笑う。
「今の所、実力がそこそこあって暇そうな冒険者は、グレイスの所だけなんです。なので、よろしく」
案内をしてくれた女の言葉に、
「暇は余計だ、レミィ」
マーフィーが渋い顔で告げる。
「時間が在る事に、間違いはない。話を聞かせてもらおう」
グレイスに促されて、男は仕方なくそのテーブルに着いた。
「私の名は、ランド。目的があって旅に出る予定だ。そこで、護衛に冒険者を雇いたいと思っている」
レミィが飲み物を運んで来ると、やっと男は口を開いた。
「護衛か」とか「護衛ねぇ」とか、三人が口々に呟いた後で、
「護衛を引き連れて、何処に行く?」
代表して、グレイスが尋ねて来る。
「実は──解らない」
「はぁ?」
ランドの答えに、三人がそれぞれ声を上げた。視線の端の方で、レミィがずっこけている。
説明が難しい事は、解っていた。だから、ここに着くまでに散々考えていた筈なのだが。
「最終目標は、『黄金』。だが、その『黄金』に至るまでに、必要な条件があって」
目の前に座る三人の視線が、どんどんと胡散臭いものを見ているものに変わって行く。そりゃあそうだろうと、ランドは自分の事ながらおかしくなった。
自分ですらおかしいのだから、他人からすれば胡散臭く見えるのは仕方ない。
「必要な条件は5つ。『神秘』『探究』『豊穣』『信仰』『恩恵』の5つだ」
視界の外で、ぶっと吹き出す声が聞こえた。見やると、レミィの小さな背中が震えている。
「それは──もしかして、家に代々伝わる試練とかってやつか? どっか謂れのある家のぼんぼんか?」
呆れたような顔をして、マーフィーが尋ねて来る。
「実は、それも解らない」
これは、相当に胡散臭いだろうと、ランドは思う。自分だったら、絶対にこんな話には乗らない自信もある。それでも、彼は止めとばかりにその言葉を吐く。
「記憶が、ない」
目の前に座る三人が、目配せをしている。
ディーンが首をかしげるようにすると、マーフィーがとんでもないと言いたげに小刻みに首を振り、グレイスが大きなため息をつく。
言葉に出されなくても、何を言われているのか解るような気がするから、不思議だ。
「ちょーっと、口を挟みますよ」
レミィが割って入って来た。
持っていたジョッキを四つ、テーブルに並べる。
「これはお店からのサービスです」
三つはエールだが、ディーンの前に置かれたのは多分、ミルクだろう。
「いらねーよ。そんな、怖いもん」
慌てたようにマーフィーが押し返すが、
「どうか、ご遠慮なく。どちらにしても、断れませんから」
満面の笑顔で、レミィが応じる。少し、怖い。
「忘れてるのか、忘れているふりをしているのか知りませんけど。これ、『クエスト』ですからね」
三人が、固まった。
そのまま数秒。中腰で顔に笑みを浮かべたままのレミィが、体制的には一番厳しいだろうと思ったが、沈黙を破ったのは、さすがリーダーと言うべきか、グレイスだった。
「断れない、か」
吐き捨てるように、呟いた。
「そうです。みなさん、何も持ってませんもんね。見捨てられたら、困っちゃいますよね」
意味ありげな、レミィの言葉。
そういえば、さっきディーンが「冒険者だった」と言っていた。もしかしたら冒険に失敗して、無一文になったのかも知れない。困っている所をレミィが助けたとか? ランドが、勝手な想像をしていると、
「あーあ、仕方ねぇ!」
ばりばりと灰色の頭を掻きながらマーフィーが叫び、
「だね」
ディーンがジョッキの中身を口にする。
「……何の、因果だ」
グレイスだけが、わなわなと手を震わせていた。
四人──いや、五人の旅は、次の朝から始まった。
「何で、ついて来たんだ? レミィ」
そう、紙とペンを手に最後尾に着いているのは、大きめの袋を背負った、レミィ。
「だって、グレイス達だけだと戻れなくなるかもだし。私はただのマッパーだと思って、気にしないで」
だが、レミィが居てくれて大いに助かった事がある。それは、食料だ。
レミィが背負う袋からは、好きな時に好きな食べ物を取り出す事が出来るらしい。
どこで手に入れたのかを聞くと、「店の向いの雑貨屋さん」という返事が返って来たので、旅が終わったら自分も購入しようと、心に誓う。
旅を始めてみれば、メンバーの行動はかなり自分勝手で。
マーフィーは陽気で頼りがいはあるが、頭脳労働を嫌う。グレイスはいつも不機嫌そうにしているし、ディーンはあちらこちらで興味深そうに道草を食い、レミィは黙って地図を書いている。
本当にこの旅は大丈夫なのだろうかと、ランドが心配した、そんな時だった。
襲撃を受けたのは。
道のない荒野がずっと続いているので、当たり前だが野宿になる。
レミィの袋から夜具までは取り出せないので、たき火を囲んで、毛布にくるまるぐらいしか出来ない。
見張りは、冒険者三人が交代で──一般人には、魔物の気配が解らないという理由で、ランドとレミィに見張りの声はかからない。
夜中に、ランドは何かに蹴り起こされた。
「何だ?」
「ランドさん、こっち」
レミィが手を引く。
「夜襲だって。私たちは、邪魔にならない所に居ないと」
襲い掛かって来たのは、狼に似た獣たちおよそ十数匹。似たとランドが思ったのは、普通の狼は、腐臭など漂わせていないだろうから。
アンデッド。そんな単語に思い当たる。
強いのは、やはりマーフィーだった。剣のひと薙ぎで、さほど力を入れたようにも見えないのに、狼を両断する。
シスターであるグレイスは錫杖で戦うが、敵を倒す度に辛そうに目を伏せていた。
ディーンは二人の戦いを見ながら、的確に炎の魔法を操って、援護に努めている。さすがに息の合った攻防だ。
「本気出して良いんですよ〜」
レミィが叫ぶと、
「出してるよ!」
似合わない、低い声でディーンが怒鳴り返して来た。
「レミィ、戦闘中に変な茶々いれないでよ」
戦闘後に、その件についてディーンから苦情の声が上がる。
「だって、相手はアンデッドだし。グレイスが『死者祓い』を使うのが一番手っ取り早いかと思ったんだもの」
「私に、その魔法を使えと?」
グレイスの眼は、何故か冷たい。
「利くかどうかは解らないけどね」
へらっと笑う、レミィ。ますます、グレイスの眼が冷たくなる。空気が、重い。
「何だっけ〜。5つの条件」
今、それを聞くのか。この険悪な空気の中で? 仕方ないので、ランドが呟く。
「神秘、探究、豊穣、信仰、恩恵」
「この中で『信仰』に一番関係があるの、グレイスでしょ?」
「ある意味、一番間違っているような」
「うるさいぞ、マーフィー」
グレイスの錫杖が、マーフィーの横面にめり込む。
このパーティー、大丈夫だろうか。ランドは再び考えた。
旅に出てから何日目か。荒野が終わり、森の中に入っていた。
道を決めるのはランドの役だと言われたのだが、これが正解なのかどうかは解らない。
「森だと、グレイスさんの方が詳しいんじゃないですか?」
「私は、森を出た者だ」
「懐かしいとか、思わないんですか?」
「特には」
相変わらず、グレイスは口数が少ないし、無愛想だ。どうして、彼女がリーダーなのか、少し不思議に思われた。
「グレイスさんが、リーダーなんですよね? どうしてなんですか?」
ランドの言葉の裏には、人見知りが激しいグレイスより、人なつこいマーフィーの方がリーダーに相応しいのではないかという響きが秘められている。
「ああ、それはね」
応えたのは、やや後ろを歩くディーン。
「グレイスには、目的があったんだ。それに、僕たちが付き合った。だから、リーダーはグレイスだったんだ。今、このパーティーのリーダーがランドさんだっていうのと同じだよ」
「私が? リーダー?」
「そうだよ。だから、行く場所を決めるのが、ランドさんでしょ?」
そうだったのか?
「では、私が行きたいと思えば、どこにでもついて来てくれるのか?」
「うーん。できれば、楽な所が良いな」
「僕、本当はフィールドアドベンチャー苦手なんだ」などとディーンが言っていると、先頭を歩くマーフィーが足を止めた。
「グレイス。あれ、何とか出来るか?」
マーフィーの視線の先には、弓矢を手にしたエルフが居た。どうやら、囲まれてしまったようだ。
「エルフ語が話せるの、お前だけだし」
とんでもないと、グレイスが尖った耳を隠す。
「私では、火に油だ。ランドが行った方が良い」
「だが、言葉が……」
「エルフは、人の言葉を解する。ランドが行け」
グレイスの言葉通り、事情を話すとエルフはあっさりと森を通る許可をくれた。
それと、もうひとつ。
「これに、何の意味があると思う?」
必要な筈だから持って行けと渡されたのは、袋に入った、麦。
「腹の足しにしろって意味じゃね?」
「生麦食べたら、お腹壊すよ」
マーフィーとディーンが軽いやりとりをしている間に、森を抜けた。
そこに広がっていたのは、とんでもない光景だ。
エルフの結界を抜けたせいなのか、まるでランドたちを待ち受けるように集まっていた、魔獣の群れ。光る何百対もの眼がこちらを見ている。
マーフィーが、何匹かを屠り、グレイスもまた錫杖を手に対峙する。ディーンはランドとレミィを庇う位置に立つ、が。
「無理だよね、普通に」
その声は、いつになく硬い。
「もう、やめた!」
叫んで、剣を放り出したのは、マーフィー。
「本気、出すぞ! グレイス!」
男の大きな身体が四つん這いになり、黒と黄色の獣毛に覆われた。
ワータイガー。
マーフィーは、人間ではなかったのか。何にせよ、強い。何より、打たれ強い。牙や爪の攻撃が、全く通らないのだから。
「仕方ないな。レミィ、身体を預かってて」
ディーンの中から青白い何かが抜け出したように見えた。その小さな身体がぐらりと揺らぐのを、レミィが支える。
「幽鬼って知ってる? それが、この子に憑いてるの」
こっちも、人外だったのか。
幽鬼化したディーンの魔法も、半端ないものとなっていた。回りは、いつの間にか魔獣の屍だらけだ。
「死体の山だな」
ぽつんと呟いたのは、エルフのシスター。
「丁度良い」
頷いた白いおもてに、笑みが浮かぶ。
「暗黒神の名の元に。死せる者よ、いま一度我らの為に戦え! クリエイト・アンデッド!」
錫杖から放たれた赤黒い光が、死体を照らす。
阿鼻叫喚さながらの光景が、広がった。
「やばい。さすが、暗黒神官」
さすがのレミィも、肩を震わせている。
「あの三人」
「暗黒神官であるグレイスをリーダーとした、元極悪パーティーね」
とんでもない話である。
「大丈夫なのですか? そんな人たちと一緒に旅をして」
「大丈夫だったから、今があるんでしょう?」
もっともだと、ランドは思った。
五つの条件のうち、探求、神秘、信仰は彼らの事か、とも。
到着したのは、世界の果て。何もない場所。
何をすれば良いのか、ランドにはもう解っていた。
エルフから授かった麦をグレイス、マーフィー、ディーンに渡す。レミィには、「私はただのマッパーだから」と拒否された。
「じゃあ、行こう」
ランドが差し伸べた手を、おずおずと取る、グレイス。首にかかっていた暗黒神の聖印が、崩れ落ちた事に、彼女は気付いただろうか?
マーフィー、ディーンも彼らに続く。消えた彼らの後を追うように、いくつもの麦が顔を出し、高く育つ。
黄金の、麦畑。豊穣の、大地。
「神秘、探究、豊穣、信仰、恩恵」
自ら口に出しておいて、吹き出す、レミィ。
「次はもっとマシな神様を信仰した方が良いと思うよ。次の世に、どんな神様が居るかは知らないけど」
見届け終了。
レミィは、手に持っていた地図——旅の最初から、書き続けていたそれをぱっと散らす。
目の前には、古びた建物があった。
扉の向こうからは、賑やかな話し声が漏れ聞こえて来る。一階が酒場で、二階は宿屋。そこに集うのは、人ばかりとは限らない。
袋を背負い直し、レミィは扉を押す。軋んだ音を立てて、それは開いた。
「ただいま」
読んでいただき、ありがとうございました。
エイラが心配していたランドの物語です。
書いたのはこちらの方が先だったのですが。
pixivから持って来ておりますので、そちらにも同じタイトルで同じ話があります。
作者名は違いますが、私の作品です。




