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止まり木亭  作者: 桂まゆ
第1話 冷えたビールあります。

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7/18

6

 アレン達が室内に入ると、古代龍はこちらを向く事もなく、大きくあくびをした。

 エイラが唯一効くかも知れないと言っていた『沈静化』。特にターゲットを絞る訳ではなく、場所全体にかける事も出来るらしい。休憩中なんかに、よく使っていた。その場で曲を聞いた者全員の心が静まるので、戦いには向かない。

 だから、アレン達は――ドラゴン、ヒポグリフも耳に粘土を詰めている。リュートの音が聞こえないのは、そのせいだ。

 それどころか仲間の声も聞こえないのでアイコンタクトは必須だ。

 シンは、ブルースカイの青い体に触れている。触れていると、声に出さなくても指示が出せるらしい。そういえばヒポグリフにシンが指示を出した事はあまりないのは、そういう仕組みだったのかと、初めてアレンは知った。

 初手は、ローラン。離れた場所から気功をやや弱めに打つ。弱すぎても無視されてしまうだけだし、強すぎると『沈静化』が解けて全力攻撃が来るかも知れない。

 力加減が難しいところだが、ローランの弱めの気功で古代龍はこちらを見た。興味を持ったというように、ゆっくりと歩み寄って来る。

 すかさず、エイラが認識されない速度で動き始める。

 コレクションの山ではなく、壁際に。

 まだ、リュートは手にしている。

 古代龍は、こちらに興味を持った。でも、敵とは認識していない。ちょうど良い状態。

 の、筈だが。アレンの額の汗は止まらない。当たり前だ。ミスリルだかなんだかの防具は未だ劣化していない。剣だって刃こぼれひとつしていない。

 だが、古代龍と戦えるかどうか? 無理に決まっている。

 エイラは言った。

 万が一の時は。

 フォローするから、全力攻撃。

 ローラン、前に出る。シン、ヒポグリフも攻撃に参加させる。

 自分も、その時は参加する。

 でも、それをするのは、死ぬ時だ。死ぬのが誰なのかは分からないけど、誰かが死ぬ。あるいはパーティが全滅すると。

 冗談じゃない。

 アレンは、願った。

 古代龍を引きつけて。地下12階で解き放って、ものすごい速度で魔物を倒したせいで、増えるに増えてしまった魔物達を倒して遊ぶ事に専念して、自分たちの事は忘れて欲しいと。

 上手く行くかどうかは分からないけれど。とりあえず古代龍の意識をコレクションから外すというのが、今のアレンの役目なのだ。

 階段を上がる。着いてきた。でも、フロアを出ると『沈静化』は解除されるから、ここからは速度勝負。ヒポグリフに騎乗したシンと空を飛べるブルースカイが、先に階段を上がって12階に。

 古代龍は気づいていない。見たら、古代龍の後ろにリュートを構えるエイラが見えた。階段まではフォローするから絶対に12階まで連れて行けと、その目が言っている。

 古代龍に背を向けず、アレンとローランが階段を登る。古代龍は着いてくる。まだ、『沈静化』は解けない。だが、階上の喧騒が聞こえて来る。急がないといけない。

 アレンとローランが残りの階段を駆け上がると、そこには戦闘中のヒポグリフとドラゴン。回復に努めているシン。魔物の群れを制しつつも、ちゃんと退路は確保してある。

 アレン達がドラゴンの影に入る。

 興味のあるおもちゃに着いてきた古代龍は、そこでおもちゃの横取りを目論む雑魚に相対した。





「おめでとうございまーす」

 クラッカーの音が響いた。極彩色のテープと紙吹雪が飛び交う。

 クラッカーを手に持つ若い従業員の名は、デリラだと聞いた。

「見事、クエストクリア。これで、王女様にプロポーズできるね!」

 レミィは、いつもの笑顔でジョッキを配る。

「みんな、ありがとう!」

 アレンが叫んだ。

「これで、借金が……」

 ローランが、涙ぐみ。

「おいらも、ブルースカイって友達ができた」

 各々、感慨深いようだ。

 古代龍は、知能は高いが世間知らずだったらしい。地下12階の増えまくった魔物退治に気を取られている隙に、エイラ見事にホーリーソードと手土産がわりの宝石を少しだけ(と言ってもレミィから弁当だと渡された袋の容量とそこに入っていた中身が比例していなかった筈なので、かなりの量かも知れない)ゲット。これで、ローランの借金にお釣りが来るだろう。

 階段付近にこそこそ隠れていたアレンたちと合流した所で、ほっとして壁に背をつけると、これだ。


 『止まり木亭』で、乾杯して。

 王様に会う前に、清算の運びになる。

「それでは」

 と、レミィが算盤を弾き出した。

「こちらの通貨は?」

「今はアルガランゴールドだ」

 と、アレンが答える。アルガランゴールドは、現在この国で流通する貨幣だ。

 冒険者ではあるが、この国でしか活動していないアレン達は、あまり持ち合わせていない。それには理由がある。

「まいど。じゃあ、うちの清算からね。今のビールは私の奢り。最初のビールも奢りだったから、それは差し引いた地下3階での3人の飲食代。エイラちゃんの分を引いた弁当3人前と、12階での4人の飲食代。全部で、258,300,000アルガランゴールドです」

 さらっと、レミィが言ってのけた。

「え? ごめん、よく聞こえなかった」

 エイラが、聞き返す。

「2億5千8百30万アルガランゴールド」

 ああーと、アレン達三人が頭を抱え。

「ちょっと、レミィ。うちのツケは? 絶対に買い手がつかないものだから大マケにマケてあげるけど、それでも100万円なんだけど?」

 さすがに、清算の場には同行を強要させられたのだろう。『白風堂』の店主、克美が目くじらを立てる。

「うん。そっちは12兆3億アルガランゴールド」

 レミィはなぜか嬉しそうだ。

「てことは、1円が12,300アルガランゴールド? ものすごいインフレだな」

 呆れたようにエイラがこぼす。

「今の王が即位した時に、金が足りなくなったから新通貨を作って、貨幣に胴を混ぜたんだって。それ以来、通貨の価値が下がりまくりみたいで」

 ローランが説明する。それで、祖父の代からの借金が返せなくなったのだ。利息だけが馬鹿みたいに膨れ続けている。

 この国で貨幣ほど信用できないものはない。そう言い出した商人は、金や宝石でしか取引をしない。

 宝石は足元を見られて買い叩かれる傾向にあるから、折角の戦利品が、さてどれぐらいの金額になるのか。

「アレン、100万硬貨、何枚持ってる?」

 シンが財布の中を覗きながら聞く。

「硬貨なんか、使えないから持ち歩かないって」

 ため息しか出ない。

「おやおや、勝手なことを言ってるね。でも、こちとら商売だ。ボランティアでやってんじゃないもんで」

 きっぱりと、レミイが告げる。これも、一度言って見たかった台詞なのだろう。

「2億5千8百30万アルガランゴールド、耳を揃えて払ってもらいましょうか」

 言い切った。ドヤ顔ではなくて、ちょっとにやけた顔で。

 対して『白風堂』の店主、白川克美は「以下同文」と、それでも凄みのある笑みで告げる。

 大きなため息をついたのは、エイラ。

「まあ、こうなってしまったからには仕方ない。手に入れた宝石持って他国で換金しよう。こんなバカみたいなインフレさえなければ、ツケとローランの借金ぐらいは返せる金額になると思う」

 エイラに言われて、ローランとシンが胸を撫で下ろす。何せ彼らは物心ついた頃から馬鹿みたいな物価高を嫌と言うほど味わっている。

「アレンはどうするんだ? 王女様と婚約するんだろ?」

 それは、アレンも思っていた。

 王女と言っても12王女。他国に嫁ぐのが嫌だから、助けて欲しいと言われて絆された。

「シャーロット殿下だってこの国から出たいと思ってるんじゃないかな。父親の道具にされるのが嫌だって言ってたし」

 うんうんと、ローランも頷く。

「そうだなぁ。この国に居てもあまり良いことなさそうだしな。結納品を好事家から買い取れとか言われるし。ホーリーソードを換金して駆け落ちとか? 行けるんじゃないか? アレン!」

 力強く、背中を押された。

 いや、まだ一緒に冒険したいだけなのでは? と、アレンは思わないでもない。


「あ、そうだ。白風堂さん。あれ、持って来てくれた?」

 ホーリーソードの名を聞いた途端に、エイラの顔色が変わった。

 なんだろう、エイラを取り巻く空気が変わった気がする。そう、えらく穏やかに。

「ああ、先代がエイラさんから預かっていたものね。戻った時に引き取るって言われたから探しておいたわ」

 克美が鞄から取り出した、ちょっと高級そうな生地で覆われた、箱。

 それを、アレンに差し出す。

「アレン。そのホーリーソード、これと交換してくれないか?」

 エイラが蓋を開けると、そこにあるのは天然真珠のネックレス。ヘッドの大きな真珠の複雑な形は百合の花に似た。

「神秘の百合?」

 アレンの声は、震えていた。おそらく古代竜と相対した時以来の嫌な汗。

「なんでこれが?」

 よくよく見れば、交渉の折に件の好事家に見せてもらったものとは、やや輝きが違う気がする。

 真珠を見たことがない者には分からない。造形美だけではない、天然の神秘の輝き。

「好事家が持っているのはレプリカ品だよ。本物は、あたしが手に入れていた。あたしらが狩られたの原因のひとつは、これだったんだろうね。いち冒険者が持つものじゃない」

「ちょっと待て!」

 その話は捨てておけない。

 このネックレスのせいで、エイラのいたパーティが全滅した事もだが、今の王はそれを知っていてアレンに無理難題を押し付け、更にホーリーソードをたとえ持ち帰ったとしても『神秘の百合』が偽物だから王女との婚約は無かった事にしようとしたのか?

 沸々と、怒りが湧いて来る。

「交換します。でもって、ロッテと一緒に他国に行く。『神秘の百合』をその国の国王に献上して、永住権を得る。ロッテと幸せになるんだ」

 アレンの決意にエイラが頷き、剣と箱を交換。

 せっかくの決意もシャルロット王女が同意しなければそれまでだが、それはまた別の話。

「交渉成立。じゃあ、レミィ。借金の方にホーリーソード預かっていてくれないか?」

 ふぅんと、レミィが笑う。

「借金の方に、ねぇ。逃げたら克美ちゃんに売り払うからね」

 振られた克美はとんでもないと、首を振った。

「いや、そんなもの絶対に買いません。それより、現金で100万円。お早めにお願いしますよ」

「こちらは、21,000円ね。ローランの借金返し終わるまで待っていてあげる無利子でね」

 円に直すと、可愛いものだ。もしかしたらエイラの給金で払えたかも知れないがそれを口にするほどレミィも野暮ではない。

「仕方ない。こちらもそれで手を打ちましょう」

 克美も納得して、手打ちとなった。



「野郎ども。あたしについて来れるか?」

 エイラが、にっと笑う。

「はい。姐御」

「どこまでも、エイラさんにについて行きます」

 もちろんエイラを崇信するシン、借金の心配がなくなりそうなローランが同意して。

 アレンももちろん、シャルロット王女を説得して見せる。

「じゃあ、レミイ。あたしはこいつらの安住の地を探しながら、ついでに金を稼いで来るよ」

 そう言って、四人と二匹は去っていった。

 ちなみに、場所は出会いの場であるダンジョン3階だ。



「良いの? エイラ、帰って来ないかも知れないよ」

 ルーイがカウンターの中から頬杖をつきながら聞いて来る。

「帰って来るわよ。支払いを済ませにね」

 その後の事は、レミィにだってわからないが。

「でも、エイラが居ないと、ホールの人間が足りないよね。ビルドは2階と兼業だし、デリラは非力だし」

 今日のルーイは、なんだかしつこいと思っていたら。

「僕も、そろそろカウンターの外に出たいな」

 そういう事か。

「いつまで、頑張るの? レミイ」

 負けずに、ふふんとレミイが笑う。

「決まってるでしょ? 需要がある限り」


 ここは、酒場。

 お客様の需要がある限り、何処でも営業致します。

 心づくしの料理と、よく冷えたビールが、貴方をお待ちいたしております。

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