5
地下12階。
ここまで来ると、空気が変わっていた。魔物の数も、強さも。
もう、どれぐらい戦い続けているだろう。
エイラのタンバリンの音は聞こえない。代わりに、すぐ横で魔物がどさりと倒れた。もしかしたら、危なかったのかも知れない。
「アレン! 注意力が落ちてる!」
言われなくても分かっている。だが、この墳墓はもともとかつての王が自分の死後の為に当時の技術の粋を尽くして作らせたもの。
倒しても倒しても魔物が次々と湧いて来るのは、今となっては失われた魔法技術。魔法で魔物を生み出すのか。それともどこかから召喚しているのか。そんな事はアレンには分からない。
ただ、魔物の数が一定数以下になると、その防衛機能が作動する。だから、エンカウントをできるだけ避けるのだと7階の休憩時にエイラは言っていた。このダンジョンの魔物は特に、侵入者に容赦ないよう編成された術式が組み込まれている。一度ターゲットされれば、戦いは避けられない。
しかも、下層に行けば行くほど古代魔力が濃くなり、湧き出る魔物の質が凶悪になるのだ。
だから今まで、エイラは「沈静化」の呪曲を多用していたはずなのに。
12階にホーリーソードの気配がない事を知った時に出したエイラの結論が、ここで極限までスキルアップを図るというものだった。
だから「沈静化」は一切ない。ヤバそうな時には「弱体化」のフォローが入るようだが、エイラが攻撃に参加しているのだから、そうそう期待出来ない。
今までのように、アレンやドラゴン(ブルースカイとシンが名付けた)が壁かつ主戦力となるにも、敵が多すぎる。
「みんな……!」
エイラが何か指示を出して来た。だが、よく聞き取れない。そちらを見ようと意識を逸らしたとほぼ同時に殺気を感じた。
アレンの目の前には、魔物の爪が迫っていた。もう、避けられない。
誰かが、アレンの腕を取り、力強く引っ張った。タンバリンが「沈静化」のリズムを刻む。
「レミィ!」
エイラが、そう叫びながら、通路の岩を強く押した。
「いらっしゃーい。じゃなくて、お帰りなさい、かな?」
ランプのオレンジ色の灯りがともされた、酒場。
いつかの酒場には、やはり美味しそうな香りが漂っている。ニンニクの、食欲を掻き立てる香り。
はぁと、ため息をついたのはエイラだ。
「過保護なのか? レミィ」
そのまま、ずるずると座り込む。
「需要があるから、店はあるの。エイラちゃんが呼んだんでしょ?」
そうだ。言われてみたら、この酒場は地下3階にあった筈だと、アレンは思う。だが、ここは地下12階。まさか、移動式なのか?
「ビール4杯入りまーす」
奥のバーカウンターでは美貌の青年が綺麗な笑顔を浮かべて。
「あ、奢りませんよ。ツケですよ。勿論」
悪魔のような言葉を吐く。
それでやっと。生きている事を、アレンは実感した。
そう、この久しぶりに変わりばえのしない光景を目にして。自分は、あの死線から生還したのだと。
そうなったら、美味いビールを飲む。そして、未知なる美味いものを食うのだ。
空いている席に腰をかけ、皆を待つ。
「肝が据わったもんだね」
と、エイラが続き、そこにローランも続く。
入口にはドラゴンも入れる従魔スペースが確保されていて、そこにシンがドラゴンとヒポグリフを誘導してから席についた。
「今日のお勧めは、ニンニクマシマシ鶏のガーリックステーキ、ヅケマグロのカルパッチョ、彩り無限ピーマン、そして小鯵の南蛮漬け他です」
聞いただけでよだれが出て来た。
「分かってるじゃん、レミィ」
エイラは、好物の小鯵の南蛮漬けが食べられて嬉しそうだ。
全員にビールが行き渡り、一口。
「あぁぁぁ。やっぱり、ここのビール美味い」
「五臓六腑に染み渡るっすね」
「一気に半分ぐらい無くなっちまったぜ」
みんな、テンション上がりまくりだ。エイラ以外は。
「エイラさん?」
気になったのでアレンが聞いてみると。
「ごめん、反省会しよう。ギリギリまで、みんなの本領を確かめたかった。でも、引き際が少し遅かった。ごめんなさい」
まさかの、謝罪だった。
「え? いつも通りアニキとうちのブルースカイが盾になってくれていたから。おいらは回復に専念できたしまだ余裕あったけどな。ごめん」
エイラからポーションを預かっているシンは、ポーションを染み込ませた香炉を持ち、ヒポグリフの機動力を生かして回復に走り回っていたそうだ。これはエイラが編み出した技で、毒薬の煙で人が殺せるなら薬の煙で回復出来るだろうと。そんな発想は、アレンには勿論ない。
「俺は、当たると大怪我じゃ済まないから、遠距離中心で、ちょっと前がやばいと思った時にはそっちに行ってたけど。攻撃避けながら戦うのって数が多いと大変だったから、少し楽をさせてもらっていたかも知れない。反省する」
ローランも、考えながら戦っていたのか。
そう言えば、エイラの撤退を聞き逃した時に腕を引いてくれたのはローランだったなと、アレンとしては感謝したいぐらいだ。
だけど。
「おれは、正直しんどかったな」
と、素直な感想をアレンが告げる。
「今まで、エイラさんの『沈静化』にどれだけ頼っていたのかが分かった。ごめん。おれ、一応リーダーなのに」
そう。エイラは考えがあって、攻略方を変えたのだろう。
でも、アレンがそれに対応できないことに気付いたのなら、そう言うべきだった。
「それで、エイラちゃんは何でそんなに焦ったのかな?」
レミィが尋ねる。
「だって。今のままでは伝説クラスのドラゴンには、届かない」
そりゃあそうだとアレンも思う。伝説クラスのドラゴンどころか、勇者が死んだ恐怖の地下13階に行かなければならないと考えるだけで震えが来る。
「ね、エイラちゃん。どうして伝説クラスのドラゴンを倒すつもりでいるの?」
「え?」
「アレンたち、最初に言っていたじゃない? ドラゴンを倒すのが目的じゃないって」
目的は、ホーリーソード。
いや、それじゃない。ホーリーソードを手に入れ、好事家の持つ「神秘の白百合」と交換する。
アレンの恋の成就、そしてローランの借金の返済に協力する。
「そのために、エイラちゃんが居るんでしょ?」
そうだ。その通りなのに。エイラが、本気で伝説クラスのドラゴンを倒そうとしていたとは。確かにさっきの魔物の群れぐらいで弱音を吐いている様では全然足りないだろう。
「レミィさん。ナイスです。一杯奢ります」
気前よくシンが言っているが、ツケだって分かっているのだろうか。
「あら、ありがとう。気のきく男子ってモテるでしょ?」
続いたレミィの言葉に、「彼女いたことないっす」と下を向く、シン。
「もしかしたら、その勇者を殺したのはラスボスだったかも知れないけど。そいつを倒さないといけないかどうかは、出るとこに出てみないと分からないんだから」
聞かなかったふりをして、レミィがにっこりと笑った。
「とりあえず、いっぱい食べて。ツケ増やして。みんなで幸せになろーう」
そう言って、レミィは陶器製のジョッキを掲げた。
伝説級のドラゴン。
それは、玉虫色の表皮を持つ巨大な竜だった。
シンが使役するブルードラゴンの推定比三倍ぐらいの巨大さ。
勿論、最初から戦う気なんかなかった。問題は、ホーリーソードが(恐らく)奴のコレクションの中に紛れていると予想される事だ。
地下13階は巨大なワンフロア。つまりたくさんの副葬品に囲まれた王の棺が部屋のほぼ中央に鎮座してある。その横には宝石の山が。
そう。ラスボスこと伝説の古代龍は恐らくだがこの誰も訪れないダンジョンで暇を持て余していて。中ボスクラスのモンスターを狩っていたのではないだろうかと、アレンは推測した。
そう考えれば、地下3階でブルードラゴンが散歩していた事も頷ける。
このダンジョンでは同じ階層のモンスターが減ると補充されるから、この「ブルースカイ」と名付けられたドラゴンは、古代龍に襲われて上部に逃げ出したのではないか? でもって、自分の守る場所にはもう新しい魔物が配置されたので、そのまま上部で呑気に過ごしていたのでは? と。
ちらりとブルースカイを見ると、目を逸らされたような気がした。
ともあれ。
ラスボスが守る王の棺の隣に、宝石の山が築かれている。この宝石は魔物が長い時間をかけて体内で生成するものだとエイラが言っていた。長い時間が何年かは知らないが、400年前に作られたダンジョンなので、100年200年ものはありそうだ。ドラゴン系の魔物は宝石を喰うらしいから、デザート代わりにコレクションしたのか?
「勝たなくてもいいって考えると、少しは気持ちが楽になるよね」
酒場での態度とは打って変わったエイラの気楽な言葉に、
「なりません」
と、素直な気持ちを返しておく、アレン。
作戦は。
古代龍の意識をコレクションから逸らす。その間にシーフスキルを駆使したエイラがお宝を掠め取る。
至極合理的なものだ。問題はエイラが隠密に徹する必要があるから、フォローは出来ない。
「眠り歌で、なんとかならないっすか?」
シンの提案は、アレンも考えた。
「恐らく、このクラスだと『状態異常無効化』持ってると思うんだよね」
シンのブルースカイが毒・麻痺無効なのだから、有りそうだ。
「試して失敗する時のリスクが大きすぎるから。怒り狂う古代龍なんか相手に出来ないだろ? それで、作戦なんだけど」




