3
「とりあえず、アレンには良い防具が必要だな」
ツケでビールをもう一杯と白身魚とポテトのフライ、ミートコロッケ(食べた事がない茶色いソース掛け)、それにソーセージを平らげ、腹も程よく膨れた所で、エイラがそう告げる。
やはり、出直しになりそうだ。酒場で武器や防具が買えるわけがない。
「ローランは、武闘家だったな。遠距離は?」
「気功が使えるから遠距離でも行ける。何しろ大した装備じゃないから、盾になるのは無理だけどな」
そう、ローランは祖父だか曽祖父だかが残した借金があるから、あまり装備に金をかけられないのだ。
「シンは、魔獣使いで自身は一応戦士だと」
「そう。そこに繋いであるのがおいらの魔獣だ」
ちらりと、エイラが戸口を確認する。
「ヒポグリフねぇ。中途半端だな」
「悪かったな」
ヒポグリフは、鷲の頭に馬の胴体を持つ魔獣。騎乗が可能でそこそこの強さを持っているのでシンはとても重宝している。そんなお気に入りの魔獣を貶されて、シンは唇を尖らせた。
だが、エイラの次の言葉には、全員が度肝を抜くことになる。
「よし、アレンが逢ったっていうブルードラゴンを捕縛しよう」
「無茶を言うな!」
もちろん、最初に突っ込んだのはアレンだ。アシッドエレメンタルに追われた先であいつとエンカウントした時の衝撃は忘れられない。
「無茶でもやるんだよ! アレンと共に壁兼主戦力となる者が、必要なんだから」
その時だ。
「トイレ」と表示された扉が開いた。
若い女が、そこから出てくる。
背中の中ほどまで伸びた、真っ直ぐな黒い髪。油でも塗っているのだろうか。艶やかな髪が、印象的だ。
布地が少なくてピッタリと体に合った、それでいて露出のない珍しい服装。
「トイレ? いきなり、トイレなの? なんでもありなの? この店は!」
訳が解らないことを毒づきながら、周りを見回し——その視線がアレンを捉えた。
「え?」
普通に、綺麗な女性。その女性の対応が、腑に落ちない、アレン。見られている。凝視されている。
「ハクフウドウさん!」
「カツミちゃん、丁度良い所に!」
驚いたような声を上げたのは、エイラ。嬉しそうに、女の手を取ったのはレミィだった。
対する女はその手を振り払い、一歩下がる。
「いや、ダメなタイミングでしょ。これって」
「カツミちゃん。今、貴女が必要なの」
ハクフウドウだかカツミだかが、この女性を指しているのは間違いないだろう。
アレンが見守る間に、はぁと、その女は息を吐いた。
「気にはなっていたんだけどね。ああ、もう、何がどうなっているんだか!」
女は、きっとアレンを睨みつける。睨まれている意味が解らない。
「一緒に来て」
「ど、どこに?」
「うちに決まってるでしょうが、あんたに必要なものが、うちにはあるんだから」
言いながら、女は再び「トイレ」と表示されたドアに手をかける。
「そこ、便所だよな?」
「ああ、そうだよ。便所に一番近い場所だよ。そこに、あんたが欲しいものがある」
この細い体のどこにっていう力で引っ張られるアレンに、シンとローランもついて来る。みんなでトイレに。
「白風堂さん、私もご一緒しても?」
「エイラさんが? ふぅん?」
まじまじと女は一同を眺めまわし、小さく頷く。
「ま、いいよ。多分、エイラさんにも必要なものがあるのだろうし。私から離れないようにしてね。全員手を繋いで」
カツミの手をエイラが、エイラの手をアレンが、その手をローランが、最後にシンが続く。
そう。トイレの個室に、ぞろぞろと連れ立って——。
「何だと?」
思わず、アレンは叫んでいた。
扉を抜けると、そこは匂い立つ場所などではなく、暗い路地だった。
路地の一画にある建物の扉に鍵を差しこみ、開ける。
「ナァ」と声を上げて、中から生き物が飛び出して来た。
「ただいま、ブルー」
猫を抱き上げながら、女はあかりを灯す。
「ようこそ、皆さま。骨董屋——」
言いかけて、女は何かに思い当たったかのように、くすんと笑う。
「ご縁結びの店、白風堂に」
橙色の灯りに照らされたそこは、様々なものが雑多に置かれた、不思議な空間だった。
中でも目立つのが、銀色に輝く簡易鎧。胸から肩をカバーする、ブレストプレートと小手、脛当て、簡易兜に何やら曰くがありげな剣。
ディスプレイというより、放置されている感じで並んでいるそれに、アレンは目を奪われる。
不思議な輝きを持つこの金属は、もしかしたらミスリルではないのか? そんな貴重品が、何故こんな場末の、用途も解らないような店に放置されている?
「あーあ。やっぱり、それはあなたの探し物だったのか。やだやだ。完璧に変な世界に足を踏み込んでしまってるよ、私」
いや、その台詞を一番言いたかったのは、アレンの筈だ。そうではないか?
ダンジョンの隠し部屋に酒場があり、そこでは可愛い女の子が居て、冷えたビールなんかあって、更にトイレだと思っていたら外に繋がっていて、最寄りの店にはアレンの望むものがある。
訳が解らない。
やはり、これは夢では?
「いや、現実だからねー。あたしも、勘弁して欲しいんだけど。ここは、そういう所なんだって。えっと、あなたはちゃんと生きている。あたし、そういうのは何となく解るから」
ナーゴと猫が不満げに鳴き、女の足元にすり寄る。
「ああ、貫禄が無いってか。どうせ、その場しのぎのアルバイトみたいな店主だからねぇ」
ふうと、軽くため息をつき、女は猫を抱え上げた。
「改めて、初めまして。私は店主の白川克美と申します。ここは、『白風堂』。御縁結びの店」
そう言って、紙切れを差し出される。だが、アレンには読めない文字だった。
というか、「御縁結びの店」って、何なのか。
「御縁、あったでしょ? その装備一式、質流れ品だけど。持ち主なんか、そうそう見つからないだろうけど、片づけるにもかさばると思って困っていたのよね」
やはり、訳が解らない。
言葉に困るアレンたちを尻目に、
「白風堂さん」
何故か一緒について来た酒場の給仕娘のエイラが一歩、前に出る。
「先代に預けたもの、まだ残ってるかな?」
「縁が切れていなければ、探せば見つかる筈ですよ」
再び、猫が「ナーゴ」と文句をつける。
「ずさんだって? 知らないわよ。本当に、ただの繋ぎなんだから」
アレンたちが装備を整えてトイレから出ると、レミィが拍手を持って迎えてくた。
「随分、立派になりましたねー。でもって、やっぱり行くのね。エイラちゃん」
「いきなり、ちゃん付けかい? レミィ」
「用心棒じゃなくなっちゃうんだもん。いざって時に、『姐さん、お願いしますって』言うの、すごく気に入っていたんだけどなぁ」
なんとなく、想像してしまったアレンだった。だから「姐さん」って呼んでいたのか、と。
「レミィ。帰って来ないと決まったわけじゃないよ」
嘆くレミィに、少しつまらなさそうにルーイが声をかける。
「おいこら、何を不吉な事を言い出すんだよ」
エイラの文句は、しかし綺麗にスルーされてしまう。
「克美ちゃんは? ご飯食べに来たんじゃないの?」
『白風堂』の主人、白川克美は戻って来なかった。そもそもが、元々この酒場――『止まり木亭』を訪れる予定はなかったのだと言っていた。
「なんでも、ご不浄で用を足した後に部屋に戻ろうとしたら、繋がったんだって。これ以上、踏み込みたくないから今日はやめとくってさ」
「もう、どっぷり浸かってるくせにねー」
「そうそう、白風堂さんが言っていたんだけど、『料金は後払いでOK。レミィが責任を持って円に換金してから支払う事』だって」
「うわぁお。さすがに手抜き店主」
レミィが大袈裟に両頬に両手を添えて驚くポーズを取る。
「これで、絶対に抜けられなくなったよね、彼女」
そしてルーイはにっこりと、それはそれは綺麗な笑顔を浮かべた。
「これは、私からの餞別」
最後にと、壁に飾ってあったリュートをレミィが手に取ると、
「レミィ、それ!」
慌てたように告げたのは、銀髪の美青年。
「それを返したら、エイラさんとの契約が……」
「返すんじゃないから。貸すだけ。持ち逃げ厳禁。もしも逃げたら、地獄の果てまで追いかけてあげる」
ふふふん、と笑いながら差し出されたリュートを、
「さすがに、それは嫌だね。有りがたく、借りておくよ」
エイラが受け取る。
「後は、いつ戻って来られるか解らないから、弁当が欲しいな。あたしの給料から引いてくれたら良いからさ」
「え? 私、厨房には入れないよ?」
「だれが、あんたに弁当作れって言ったよ! 厨房の方々に、お願いして下さいって言ってるんだ!」
弁当、それは良いなとアレンも思う。
「小鯵の南蛮漬けと鶏胸肉から揚げは必ず入れてね。後、保存食も念のために三日分ぐらい」
コアジの南蛮漬けなるものが、何なのか想像もつかなかったが。
ともあれ、すっかり仕切られながらも、アインはこっそり思っていたのだ。
装備は良いものが手に入った。弁当があるのも良い。だが、吟遊詩人が加わったぐらいで、どうなるのかと。
「お客さん。その人、ただの吟遊詩人じゃないですよ。『呪歌』が使えますし、何より……凶暴です」
こそっと、レミィに言われたとしても。




