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「ダンジョンのボスは、何だか知ってるのかい?」
少し、注文も落ち着いたのだろう。
休憩時間だからと、エイラがやって来て隣の席に座った。ついでに唐揚げも奢ってもらった。鶏肉に衣をつけて揚げた料理をアレン達が食べたのは(見るのも)初めてだったので、感動の涙を流した事は仕方ないと思う。
熱々のそれを口に入れると、煮えたぎった肉汁が口の中に広がった。ニンニクと生姜が利いた、濃いめの味付けは冷えたビールと抜群の相性。
エイラは、少し癖のある黒髪を襟足の長さで揃えた、20歳代半ばぐらいの女。レミィより体格が良いし、背も高く見えたが、アレン達パーティの中では一番体格が貧弱なシンの横に座っても、ほっそりと見える。それでも、健康的な美人だった。
「いくらでも食べられそうです」
唐揚げを食べながら、恐縮しながらシンが言うと「とりあえず、ツケで注文しておけば? そんなに高いものじゃないから」と促され、進められるままにいろいろ注文した後で。
「さっき聞いてたのって、最下層のボスですか? ドラゴンらしいですよ」
「伝説級のな」
先ほどのエイラの言葉にシンが返答をし、アレンが情報を追加する。
「それは随分と」
これは、レミィ。
「無謀ですねぇ」
くすりとバーテンダーのルーイも笑っている。その笑顔はとんでもなく美しかった。
「あ? 悪いこと言っちゃったかな? お客さん、アシッドエレメンタルにやられて装備無くしたって言ってたからさ」
別に慌てた風でもなく、足りなかった言葉を付け足す、ルーイ。特に悪気があるようには見えない。
「いや、ボスを倒す気はないんだ。ただ、100年ほど前の王が、そのドラゴンに懸賞をかけて。討伐に来た男がホーリーソードを持ち込んだらしい。だが、その男は戻って来なかった。おれたちの狙いは、そのホーリーソードだ」
「まさか、『勇者』ライズか?」
驚いたように目を見開く、エイラ。その名前が出るとは思わなかったので、アレンがエイラを見やる。
その唇が『ひゃくねん』と形作ったように見えた。
「知っているのか?」
「まあね。驚いた。この世界だったんだ」
エイラはどこか遠い目をしている。100年も前の話なんだけどなと、アレンは思う。勇者ライズの名前もホーリーソードの件だって、国王から聞いただけで、伝説になっているわけではない。そもそもが100年前の王が最下層のボス――この墳墓の守護龍の討伐を命じた事も知らなかった。理由は……伝説クラスのドラゴンの血は不老不死の妙薬だと伝えられているかららしいが。
だが、エイラはその勇者ライズを知っているらしい。
「姐さん、もしかして?」
「うん。まあね」
レミィの問いに、きゅっと、エイラは唇を結ぶ。
「だが、そんなものをあんたらが手に入れてどうするんだ? あれは、『勇者』と呼ばれる者しか扱えない筈だが」
「それは、知っている。だから、おれたちの真の目的はホーリーソードではない」
アレンがはっきりと告げる。だが、エイラは聞いちゃぁいなかった。
「そうか。ホーリーソード。何度も夢に見た」
眼を瞑り、ぶつぶつと呟いている。
「良いね良いね」
割って入って来る、レミイ。こっちは一応空いた皿を片付けたり注文を取ったりと働いているが、ちょこちょこと話に入って来る。
「一攫千金、上等。それに命をかけるって、浪漫よ。浪漫」
バーカウンターでは薄幸の(?)美青年が成り行きを笑顔で見守っているし。
「いや、だからそうじゃなくて」
「あれ? でもお客さん三名様ですよね? 内訳は?」
レミィの問いに、三人が顔を見合わせて、代表してアレンが答える。返せるかどうかもわからないツケで飲み食いをしているのだ。質問に答えるぐらいは良い。
「戦士、武道家、幻獣使いの戦士」
アレンの言葉に、エイラとレミィが顔を見合わせた。
「シーフがいない」
これは、レミイの台詞。
「魔法使いも。それで、ダンジョン探究とか、お前ら、ダンジョンを舐めてないか?」
こっちはエイラ。
「魔法使いを雇うだけの金がない。雇われシーフなんて、信用できるわけないだろ?」
「それで、今までよく冒険者やっていたな?」
エイラに呆れたように言われて、流石にアレンもムッとした。
「冒険者と聞かれたら、そうだと答えるけれども。こんな大規模なダンジョンは初めてなんだ。今回の目的は、あくまでアニキの恋の成就なんで。出費は極力控えたいし」
代わりに、シンが説明してくれた。
「恋の成就に、ホーリーソード?」
ますます分からんと、首を傾げる。レミィ。
「違ぁう! 結納品が、剣のわけないだろうが。『神秘の百合』相当のものを求められた。『神秘の百合』は天然真珠のネックレスで、トップの大きな真珠が百合の花の形をしている事で有名なんだ」
「もしかして、その持ち主が?」
「ホーリーソードを我が手に、と」
だから、この墳墓に眠るホーリーソードの回収を求められた。勇者ライズがこのダンジョンのどこで命を落としたのかまでは知らないが、ホーリーソードと呼応する魔法具を借り受けることが出来たから、どの階層にあるかは行けば分かる。
「好事家の、コレクションに成り果てるか。かの勇者の剣が」
ははっと、エイラが笑う。
その笑みは、皮肉に満ちていながらも、どこか寂しげで。
「レミィ。悪いけど、もうちょっと休憩してるよ」
「はーい。ごゆっくり」
少し不安げな顔を、レミィがエイラに向けた。
「でも、そんな目的があるのになんでアシッドエレメンタルなんかに勝負を挑んだんですか?」
面白そうに笑いながら尋ねたのは、バーテンダーのルーイ。どんな笑い方をしても、美青年は美しい。シンなどは、その毛もないくせに顔を赤らめている。
「俺達は、逃げようって言ったんですけどね。アニキがついて来てくれなくて」
「逃げようとしたら、酸を飛ばして来て。盾が溶けたんだ」
それが、どんなにまずい選択肢だったかに気づいたのは装備を失った後だった。
「盾が犠牲になってくれたおかげで、助かったとは?」
「そこに敵が居れば倒そうとするのが戦士ってもんじゃないのか?」
「いいなあ。僕は好きだなぁ。その蛮ゆ……」
「はい、冒険者失格」
ルーイの言葉は、エイラによって遮られた。
「ここ、地下3階だぞ? 最下層は、地下13階だ。シーフもいない。魔法使いもいない。それに……ああ、もう苛々するわー!」
「大丈夫ですか? 姐さん」
「このパーティに先ず必要なのは、的確な判断が下せる参謀だ」
それは、当たっているかもしれないとアレンも思う。所謂、脳筋と言われるパーティだ。
その間に、エイラは掴みかからんばかりの勢いで、レミィに詰め寄っていた。
「オーナー、あたしは、この店の経理には今でも色々言いたい事がある。でも、こいつらが必要としたから、この店はここにある。違うか?」
「違わないね」
「ならば、店の営利となるよう、従業員は励むべきではないのか?」
「ちょっと、姐さん?」
「こいつらを見殺しにするのは、あたし的にはNGなんだ。オーナー」
なんだか、話が勝手な方向に流れているようだ。
「会計とホールは、デラちゃんと私がなんとかするけど。用心棒はどうなるんでしょう?」
「今のところ必要ないだろ? ルーイに手を出す不届者なんざ、ここにはいないんだしな。それに」
「義を見てせざるは勇なきなり?」
ふふんとルーイが笑い、
「スイッチ入っちゃいましたか。エイラさん」
仕方ないなぁと、レミィが呟いている。
「お客様方、うちの従業員が手助けをしたいと申しておりますが」
「でも、そのエイラさん? 職業は?」
「ああ、こういう者だ」
と、首に下げていた名札を掲げる、エイラ。
そこには、「驚異的な」「吟遊詩人」と書かれていた。
なんだそりゃと、アレンは思う。
「ちゃんと見て。能力と職業に分かれているでしょ?」
慌てて、レミィが補足する。
「能力が『驚異的な』で、主な職業が『吟遊詩人』。驚異的と表現される能力がある者ですが、主な職業は吟遊詩人だという意味ですから」
「いや、よく分からん」
「ちなみに、私はこれ」
レミィの名札には、「面倒くさい」「酒場のオーナー」と書いてある。そのまんまじゃないかと、アレン達は目配せをする。面倒くさそうなので、口には出さない。
「レミィ。話をややこしくしない」
「『不幸を呼ぶ』『バーテンダー』にだけは、何も言われたくありませーん」
その会話に、アレンは首を傾げた。
主たる職業が記されているのなら、どうしてこのエイラという女は「吟遊詩人」なのだろう。実際の吟遊詩人は壁際で今も歌っているし、この女は先ほど「会計係兼給仕役」だと言っていたのに。
「あんた、他に何が出来るんだ?」
「一応、武器は使えるよ。あとはそれなりに博識ってとこかなぁ。あたしはこの世界の魔物の事を知っているからね」




