1
何年振りかで、新しく連載を開始しました。
酒場を訪れる人と、そこで働く者の物語。
異世界ファンタジーです。
第一話は結構なボリュームになりそう。
計られた。
アレンは、そう思った。
前方には、青い鱗のドラゴン。この遺跡の、それこそボス級の怪物に違いない。
ボスなら、遺跡の最深部に居る筈なのに——百歩譲って、モンスターでもたまにはお散歩を楽しみたい時もあるかもしれない。だが、ここは最深部にはかけ離れすぎている。そう、まだ、地下3階なのだ。そして、後方からはひしひしと殺気が迫っている。
アレンを追いかけて来た、アシッドエレメンタル。——こちらは、ただの雑魚だ。ただ、奴は直接攻撃を受けると必ず「酸」のゲロを吐きやがる。その酸に装備を溶かされ、しかも、共に迷宮討伐に来た筈の仲間たちはどこかに去ってしまっている。
つまり、こういう事なのだと。
嵌められたのだ。あいつに。
この、遺跡——正しくは、墳墓と言うべきか。何百年も前の王が、巨大な墓を築き、その中に数々の秘宝を埋葬したとか。
そんな遺跡は、普段は盗掘されないよう厳重な警戒態勢が施されているし、どんなに高いランクの冒険者であっても探求の許可など降りるわけがない。だが、アレンには特別にその権利が与えられた。
何故か? アレンが、国王の娘の心をゲットしたからだ。
故に、国王は何百年も前から行方不明となっていた宝物の探索を、アレンに命じたのだ。本当の事を言えば少し違うのだが、説明すれば長すぎるから今は端折る。
えっと、あれですか。
おれが、見事に王女様の愛をゲットしたから、他の皆さまに——仲間だと思っていた奴らにさえも、総スカンされた。そういう状況ですよね?
その状況に、言いたい事は多々ある。だが、それをぶちまける相手どころか、前門のドラゴン後門のアシッドエレメンタル。語呂が悪いというか、そんなことを考える余裕もない。
これは、絶対的なピンチである。
アシッドエレメンタルは弱っている。後、何撃かで倒す事が出来るだろう。だが、酸でやられてしまった武器は、奴の核には届かない。岩の塊でもぶつけたらどうだろうとは思ったが、エレメンタル系の敵には打撃は全く効かない。こんな時、せめてあいつらが居たら——やめろ、裏切り者の事など、考えていても仕方がない。
左手は、セオリー通り壁につけている。行き止まりだ。
もう、逃げることも叶わない。
アレンは、壁にどんと背中をつけ——。
「いらっしゃいませー」
女の、明るい声がアレンを迎えた。
なんだ? ここは。
ほの暗い、オレンジ色の灯り。
漂う、旨そうな芳香。
ゆっくりと回りを見れば、客は20人ぐらいか。
「ローラン! シン!」
裏切り者の二人が、その中にいた。
「アニキ! よく無事で」
「生きていてくれて良かったぜ。でも、ボロボロじゃねえか」
親しげに、駆け寄って来る、二人。その二人にの頬に、右と左から拳をめり込ませる、アレン。かくして、二人は顔を歪めて頬ずりしているような絵になる。
「お前ら……よくもおれを見捨てやがったな!」
「見捨ててって……逃げようって言ったのに、アレンがついて来なかったんじゃないか。酸エレは、絶対にやばいって」
「アシッドエレメンタルぐらいの雑魚、三人で力を併せれば倒せた!」
「はい、不正解」
不意に、赤い髪の女が割って入る。
さきほど、アレンを迎えた女だ。かなり、若い。しかも、可愛い。知らず、アレンの鼻の下が伸びる。
「とりあえず、お席にどうぞ」
女に促され、ローランの隣に座りながら、アレンはもう一度周りを見回した。
薄暗い灯り、四角いテーブルがいくつか。カウンター席では、ジョッキを掲げる男たち。漂う煙草の匂い、立ち込める、肉を焼いたような旨そうな香り。片隅でリュートをかき鳴らす吟遊詩人。
「ここ、何だ?」
「何って酒場に見えません?」
にっと、女が笑う。
「『止まり木亭』。旅人達の、憩いの場」
女が告げた途端に、別の席から威勢のよい声が響く。
「レミィ! こちらのテーブル、焼き鳥盛り合わせ15本追加」
「厨房さん、焼き鳥盛り合わせ15本入りました」
胸につけたブローチに触れてからレミィが告げると、数秒後にはカウンター奥から香ばしい鶏の焼ける匂いが漂ってきた。
「オーナー、こっち鶏軟骨のから揚げ2皿お願いします!」
「厨房さん、鶏軟骨のから揚げ2皿、入りました」
やはり、ブローチに触れてオーダーを繰り返す。どうやら、そのブローチがオーダーを通す道具という事らしい。
油で何かを揚げているような、じゅうじゅうという音と香ばしい香りに、アレンの腹が鳴る。
「焼き鳥盛り合わせ、上がりました」
声と共に、カウンターには焼き鳥の大皿が。
「あいよ! 焼き鳥15本いただきます!」
フロアに居た別の女が大皿を持って、客席に向かう。
確かに、ここは酒場のようだ。しかも、かなり活気に溢れた、酒場。
だが、しかし。
「なあ、ローラン」
アレンが傍らに立つ友を振り返る。
「おれたち、カズラ遺跡の探求に来ていたんだよな?」
「ああ、あんたの結婚祝いで。後、俺も借金あるし小金稼ぎに」
ボソボソと、少し言いにくそうにローランが相槌を打つ。
「ちょっと、そこ。誰に説明してるのかな?」
先ほどの赤い髪の女が面白そうな顔をして、割って入って来た。
「説明じゃない。確認だ。俺たちは確かに、カズラ遺跡の地下3階にいた筈だ」
「それが、何?」
「何故、そこに酒場がある?」
「そりゃあ、需要があるからでしょう」
女が、にっこりと笑いながら告げる。
「ところで、ご注文は? 冷やかしは勘弁してくださいよ」
何かおかしい。だが、おかしいのは、きっと自分ではない筈だと、アレンは思う。
遺跡の中は、モンスターだらけで。アレンは、死を目の前にしていて。
なのに、何故、一歩入ったそこに、繁盛している酒場があるのか。
「おい、女」
「レミィ」
にっと、女が笑った。やっぱり、可愛い。不覚にもアレンは、ちょっとどきどきしてしまった。
「あー、アニキ。レミたんに惚れた? 王様に言いつけちゃる」
「解ってないな。アレン。この店で一番の別嬪は別に居るってのに」
茶々を入れて来るのは、シンとローラン。
「お前ら、何を馴染んでるんだ? だから、ここは」
「だから、酒場だってば。ちなみに、私はこう見えてホール担当であり、責任者」
えっへんと、レミィが胸を張る。
これは、アレだな。名前で呼ばないと失礼だとか、面倒くさい事をいうタイプの女だ。これで、よく酒場の給仕などやってられるな、などとアレンが思っていると。
「お姉さん、ビールお代わり」
「はーい。お待ちを。ルーイ、ビール追加」
「了解」
愛想の良い声で注文を通し、バーカウンターから、綺麗な声の返答が戻って来る。
どうやら、「女」は駄目でも「お姉さん」は許容範囲のようだ。ますますもって面倒くさい。
「おい、待て。話の途中だ。何故、遺跡の中に酒場がある? 誰に許可をもらっているんだ? そもそも、遺跡内を改装なんかしても、大丈夫なのか?」
女——レミィの腕を掴んで、疑問をぶつける。
「うわ、面倒くさいタイプ」
よりによって、その言葉が返って来た。
面倒くさい? どこがだ。これは、普通の疑問だと、アレンは思う。思ったから、ちらりと背後を見る。ローランとシンも頷いていた。
そうだ、自分は正しいのだ。
とっさに、他の誰かに同意を求めてしまった事に即座に対して、少し苛立つ。
「そうねえ。遺跡での営業許可は取ってないけれど、需要のない人には絶対に見つからないから大丈夫」
悪戯っ子めいた笑みを、レミィは浮かべた。
「求めよ、さらば扉は開け放たれん。そういう酒場ですので」
その声は、バーカウンターの中の、一番暗い場所から聞こえた。とても綺麗な、澄んだ声。
透き通るような美しさの青年が、そこにいた。
そう。まるで触れれば壊れそうな、透明感。銀色の長い髪を後ろでひとつにまとめ、黒いバーテン服を着ている。
アレンの口があんぐりと開かれる。
「お客さーん。大丈夫ですか?」
レミィの声で我に返り、慌てて口を閉じる、アレン。
「あ、あそこに居るのは?」
レミィがため息をついた。
「バーテンダーですよ。酒場にバーテンダーはつきものですからね。まぁ、びっくりするぐらい綺麗だけど、たまげるほど不幸になりますから、お気をつけて」
「レミィ。その紹介の仕方ってあんまりじゃない?」
バーテンは不服そうに口を尖らせる。そんな仕草のひとつひとつが、とてもさまになっていた。
「綺麗だけど影が薄いでしょ。きっと寿命も短い筈ですよ」
「嫌がらせ? 僕の何が気に入らないのさ?」
「顔」
レミィの答えは、身も蓋もない。
「ルーイ、こちらに生中スリーね」
「了解。って、その略語気に入ったんだ?」
「うん。なんか良いでしょ?」
二人で勝手に盛り上がっている。が、そもそも。
「注文してないぞ」
アレンは本当にボロボロで。一度遺跡を出て装備を整え直さなければならない状態なのだ。こんな所でビールを飲んでいる場合ではない。
「お客さん、どうやら常連になりそうだからね。一杯目は奢ります」
そんなうさんくさいもの、誰が口にするかとアレンは思った筈だ。
思った筈だが、何故か手が出る。
きんきんに冷えた、ジョッキ。そこに注がれた、ビール。
ひとくち飲むと、五臓六腑に沁みわたる。
なんだ、これは。こんなもの、口にした事がない。
「美味い」
何故か、涙が出た。
「美味いよ」
つい先ほどまで、アレンは頼りの剣も鎧もボロボロに朽ち果てさせられ、しかもモンスターに挟み撃ちされて。死を覚悟していた。
こんな非常識な場所にある酒場へたどり着き、今、冷えたビールを口にしている。これこそが、奇跡。
こんな体験ができる者など、そうはいないだろう。
これが地上ではなく遺跡の地下だから、こんなに冷えたビールを提供できるのだろう。グラスまで冷やしてあるところが、小憎い。
まるで、自分の為にあるような。
ここに来なければ飲めない、そんな酒。
流れ落ちる涙が、止まらない。その肩を、ローランが抱いて、髪の毛をかき回す。
「よく、生きていた。おれら、お前とはぐれたと思った時は、本当に絶望したんだぞ」
「そうだよ。おいらだって、アニキの力になるって言っていたのに、信用しろよ。おいらを」
だけど。と、アレンは思う。
こんなことは、有り得ないのだ。考えても見ろ。ダンジョンの中で、敵に追い詰められて、行き止まりの壁が「酒場」への入り口。
そこには、仲間たちが待っていて、美味い酒が飲める。
これを、ひとは「末期の夢」と呼ぶのではないのだろうか?
そう。多分自分は既に死んでしまっているのだと。仲間たちと共に全滅したのだと。
「私、思うんですよね。世の中、色んな事があるけどさ、美味しいお酒を飲めて、美味しい料理が食べられる。これは、幸福なんだって」
しみじみと告げるのは、レミィ。
「こんな過酷なダンジョンで、冷えたビールを飲めるって、幸せでしょ?」
「そうだな」
アレンは、頷いた。
これは、ただの夢。
死ぬ前に見せられる、夢。
だったら、せめてアシッドスライムぐらいは倒したい。
アレンの言葉に、レミィは笑ったように見えた。
「何がおかしい?」
「いいえ、何でもありませんよ。ただ、夢を見ているのは、誰なのかなあって」
どきりとした。
この女は、自分の心を読んだのか?
「誰でも、夢ってあるでしょう? 私の夢は、この酒場なんです。古くて、貧乏くさくて、それでも、人が訪れる場所」
なんだ、その「夢」か。
アレンの夢は今も昔も「成りあがり」だ。
貧しい村に生まれたアレンたち。三人で何とかひと花咲かせるのに、一番手っ取り早かったのが「冒険者」だった。
「あんたらは幸運なんだよ」
大皿を下げていた給仕の女がそう声をかけて来る。
「幸運だから、この酒場にたどりついたんだ」
「さすが姐さん。説明が上手」
どこがだとアレンは思った。他の二人も、アレンに同意するように頷いている。
「あたしは、エイラ。この店の会計と給仕を任されている」
「あと、用心棒ね。強いんだから、姐さんは」
それが、アレンたち三人の駆け出し冒険者とエイラとの出会いだった。




