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第三話 連載開始です。
今回は、筆者にとって鬼門の近未来SF(汗
SF=少し不思議で、お願い致します。
しくじった。
ボトボトと黒い液体が滴り落ちる腹を押さえながら、ヴィルムはそれでも足を進める。
生体潤滑オイルのオイルタンクが破損したからと言って、即座に行動不能になる事はない。ただ、破損の痕跡を残してしまうのは、名の知れたバウンティハンターにとっては大変な痛手なのだ。
次の仕事に差し支えがある程度には。
それでも、やっと辿り着いた店——この街では絶対に見かけない木製の看板に、ビアジョッキと小枝に止まる小鳥の絵が描かれたそれを確認してから、扉を開ける。
たちまちに鼻腔を刺激するのは、これもいまどきありえない煙草の匂い、そして何より美味そうな料理の香り。
「いらっしゃいませ!」
ヴィルムを迎え入れたのは、いつもこの店で迎え入れてくれる声とは違っていた。だが、そんな事は気にしちゃあいられない。とりあえず案内を頼むべくホール係を見れば、その娘は固まっていた。
白茶の髪をおさげにした、20歳ぐらいの娘だ。その目はヴィルムの顔と腹を交互に見た後で、ふぅっと意識を失った。
倒れかかる娘を、慌てて支える。腹の傷を押さえていた手で。
派手に、オイルが溢れる。
「どうした? デリラ!」
そこに駆けつけて来たのは、これも初めて見る顔だった。
「そなたは」
黒いベストスーツを着て、黒の蝶ネクタイをきっちりと結んだ、幾分線の細い男。ヴィルムとその手中にある娘を見て、それを奪い返すと、逆の手でどこから取り出したのか短刀を構えた。
「いや、待て。怪しいものではない。俺は」
「黙れ。黒い血、しかもそれだけの出血があって生きているなどと、この世の者とは思えぬわ!」
この世って、どの世だ?
突っ込みたい気持ちは十分にあった。
自分はサイボーグだから、これは血ではなくて潤滑オイルだし、オイルタンクが壊れても今のところはまだ動ける。人間並には。ただ、店を汚してしまった事は申し訳ないと思うが。
「はい、そこまで」
そう言って割って入った女を見て、ヴィルムは心底ほっとした。
「シーナさん、刃物は禁止だって言ったよね?」
レミィに言われて、黒服の男は思い出したかのように、短刀を収める。
「これは護身用だ。短刀は、誇りと名誉を守るものであり……」
「問答無用」
かぽんと、お盆でシーナと呼ばれた男の頭を殴る、レミィ。
「それより、ヴィルムさん。今日は派手にやってくれちゃいましたね」
そう言って手桶を差し出す、レミィ。
「とりあえず傷口、何とかしてください。それが終わったら掃除も手伝ってもらいますよ。勿論、シーナさんもね」
とりあえずの応急処置(オイルタンクの破損した部分をテープで塞ぐ)をして、出血(?)が止まったので、改めてビールとソーセージ盛り合わせを注文する。
少しばかりしくじったものの、ちゃんと任務は終えたのでアルコールは必要だ。
そう言うと、レミィがおかしそうに笑った。
「ヴィルムさんは、何で仕事終わりに飲むんですか? うちは、それで儲けさせてもらってるんだけど」
ビールなど要らないだろうと言いたげだ。
「それはな、命懸けの仕事をしたら、邪気とやらが溜まるのだそうだ。それをアルコールで清めるのだと、誰かが言っていた。よく知らんがな」
これは、酒場でいつも使う蘊蓄だ。「最後に実は知らない」とつけておけば、ちょっと誇張しても構わない。
ひとつだけ。誇張しすぎると、逆に引かれるので、そこだけは調整が必要だ。
「でもさ、ヴィルムがお酒飲むのって意味があるのかな?」
いつの間に。
そう、いつの間にか、ヴィルムの前には白金の髪の少年が座っていた。
いや、痕跡を残して来たのはヴィルムだが。勿論、残したくて残したわけではない。
それに、曲がりなりにも『相棒』を名乗っているのなら、開口一番にその言葉はないのではないかとヴィルムは思うのだが。
「ビールと、ソーセージ大盛り盛り合わせ、これだけで大体1500CLぐらいかな」
「あ、レオンくん。今はハッピーアワーだからおつまみ付きで1000CLなの」
慌てて、レミィが口を挟んでくる。
「安いね。ハッピーアワーは、ビールとおつまみだけ?」
レオンの笑顔は、ちょっと怖い。
「500円……じゃなくて、500CLの飲み物なら、ワインでも大丈夫。あ、だけどレオンくんは未成年じゃ……」
「外見はね。でも、大丈夫。レミィの前では飲んだことなかったけど、ビールも好きだよ。だから、おつまみメニュー見せて」
レオンは、とりあえずビールと選べるおつまみ3種セットを注文した。
ちなみに、CLは金額の単位だが、その上にはELという単位がある。
この店ではハッピーアワーのサービス料金で1000CLで約1500kcal相当の食事が提供されるが、食品の相場は通常の合成栄養食だと1kcal相当で1CL。普通の食堂でも1000CLで約1000kcal相当のお手軽定食が、よく提供されている。
機械の場合は、kcalでは単位が追いつかないので、10,000CLで1ELのエネルギーキューブが最も安価に手に入るものとなる。高密度のものならば10EL以上のものもあるが。
『鳥軟骨唐揚げ』『野菜の揚げ出し』『小アジの南蛮漬け』というセレクトに、そういう手もあったかとヴィルムも思うが、やはりビールといえばソーセージが欠かせない。
ビールを一口飲み、一番カロリーが高そうな軟骨唐揚げをコリコリと噛みながら、レオンは視線をヴィルムに向ける。
「ね、ヴィルム。知ってる? 僕はこのお店で1000CL=1500kcal相当を補充をしたら、3000m級の山でも登れるよ。それなりに時間はかかるし、運べる物資も限られてるけどね。君は、どれだけ動けるのかなぁ?」
「そうだな。その山を登るための、モーターを起動するぐらいか」
「その効率の悪さで、オイルタンク壊すなよ!」
本当に、しくじった。
酒を飲んで体だか胃袋だかを清める前に、痕跡を消しておくべきだった。
だが、これだけは言わせてもらいたい。生体潤滑オイルとは、消化器官で得たエネルギーを潤滑オイルに変換するものだ。建前はともあれ、変換率が一番高いのが『ビール』なのだから、ヴィルムにとってビールは生活に無くてはならないもの。
もっとも、好物のビールとソーセージだけでは賄えないから、高価な「エネルギーキューブ」が必要なのだが。
そして、そのエネルギーキューブを摂取したとしてもオイルタンクに穴が空いた状態では生体潤滑オイルが行き届かず、体は動かなくなり、最悪発火、爆発することになるわけだ。
最悪の場合だ。あくまでも。
「これ、食べたらラボに戻るよ」
言われて、ヴィルムは少し抵抗する。
「せめてプロのエンジニア、いやモグリでも構わない。そっちで検討してみないか?」
「ふーん。穀潰しのくせに、そういう事言うんだ」
レオンの言葉は、あくまで冷たい。
「うちのAIのどこが、そんじょそこらの解体業者に劣ってるのさ?」
解体業者には劣っていない、むしろ優っていると言いたい。任せておけば、1時間もしないうちに、ヴィルムはスクラップと化す疑いがある。
「オイルタンクは、修復より交換の方が確実だな。エネルギー変換システムもこの際見直して、ちょっとは効率良くなるようにした方がいいね」
「いや、修復だけで十分だ」
ヴィルムの意見は、恐らくというよりは、確実に聞き入れられる事はない。
分かってるんだったら、文句言うなというのが、レオンの常日頃の主張だ。
「あのね、ヴィルム。本当ならその旧式の身体を大改造すべきなんだよ?」
ほら見ろ、やはりスクラップじゃないかとは思いながらも、やはり口にはしない。ヴィルムはこの身体を気に入っている。ビールを美味く飲めるのが、特に。
サイボーグで消化機能を残し、それをさらに生体潤滑オイルに変換できる。それを非効率の一言で否定するのは、人間の尊厳を否定しているのと同じだ。
「まーた、ややこしく考えてるだろ? まあ、いいや。とりあえず、今回はオイルタンクの交換ね。他の機能はいじらない。それで良い?」
諦めたように、レオンが息を吐いた。
レオン・アルトマン。この星系では名の知れた財閥の御曹司だと聞く。外見年齢は10代後半ぐらいに見えるが、実年齢はヴィルムより遥かに上だと聞いた。
彼の種族の平均寿命が約300年なのと、外見年齢の変化が人間に比べると非常にゆっくりなので、もしかしたら平均寿命よりもずっと長い寿命を持っているのかもしれない。
だが、第一印象の「生意気で嫌味な理屈をこねくり回す少年」のせいで、この諦観した態度を取られるとどうにも居心地が悪い。
「分かった。頼む」
そう言って、ヴィルムは最後の一口を飲み干した。
データチップで勘定を済ませると、シーナと呼ばれていた男がモップを片付けているのが目に入った。そういえば掃除をするように言われていたのだった。
ヴィルムが撒き散らしたオイルは綺麗に拭き清められており、その痕跡は残っていない。掃除は大変だったと思うし、声をかけてもらえれば手伝ったのだが。
「悪かったな」
ヴィルムが声をかけるとシーナは顔を上げ、ヴィルムの姿を認めてから、小さく頭を下げた。
「刃物を抜いたのは、過剰防衛だった。面目ない」
素直に謝られてしまっては、何も言えない。
「いや、俺も騒がせて悪かった」
「良くできました」
そこに、狙ったように割って入ってくる、レミィ。
「ちゃんとごめんなさいが言えたご褒美」
と、藁に包んだ卵2つを手渡される。
「これは?」
「温泉玉子。サラダに乗せても良いし、色々使えるからどうぞ」
どうぞと言われたので、ありがたく受け取っておく。どうせなら、この店で絶品のソーセージの方が良かったのだが。




