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「いらっしゃませー。あら、克美ちゃんに椎奈さん、綾瀬くんまでお揃いで」
四日ぶりに『止まり木亭』の扉をくぐると、レミィの声に迎え入れられる。
結局三人は(と言っても、智也でない方の綾瀬だが)9月26日の彼岸明けまで毎夜陸波羅に通い詰め、やっとお役御免になったのが今朝の事だ。
昼過ぎまで休養を取り、夜には慰労会と言い出したのは、克美だ。
「とりあえず、ビール。シーナさんと智也先輩もビールでいい?」
「勿論」
と智也が頷き、
「そうだな。そうしてくれ」
三郎太こと、シーナも頷く。
この四日間、仕事終わりには必ず『白風堂』のリビングでご馳走になっていた。初めこそは変わった味の酒だと思ったが、すぐに美味く思えるようになった。
「それと、この間の獣の肉も」
四日もあれば、この世界の食生活にもかなり慣れた。
もっとも克美はコッテリしたものをあまり、食べないようだが。
「牛肉のスタミナ炒め、ニンニクマシマシだな。串揚げ10本盛り合わせ。あと、鯛のカルパッチョとシーザーサラダ」
智也が慣れた様子で注文する。恐らく後の二品は、あっさり系好きの克美の為に注文だ思われる。
「あ、私も今日は食べるよ。流石に、精進料理みたいなものばかり続くと体がもたないもん。鶏南蛮もよろしく」
克美はそう言えば『肉を食べると消化に時間がかるから、その間の霊力が落ちる』とぼやいていた。それは考えすぎで、ちゃんと栄養を取らないと力も湧いて来ないとシーナは思うのだが。
もっとも、克美の作る湯葉や高野豆腐を使った料理、野菜の天ぷらなどはとても美味だった。大豆の加工品で作った肉もどきの甘酢あんも、好みの味付けだった。
「克美は料理が上手いな。少し意外だった」
「ひどーい、シーナさん。私、小学生の頃から家事はやってたんだから。ダメ両親が離婚してるからね」
「片付けは苦手みたいだけどな。いつ見ても店、散らかってるし」
止せばいいのに、智也が余計な事を言い出す。
「先輩、一度店主やってみます? 本当に、次から次へとわけのわからないものが届くんですよ。どこに片付けろって言うんだか」
頬を膨らませる、克美。
そうこうしているうちに、レミィがビールを持ってくる。
「では」
と、克美がジョッキを掲げた。
「皆様、お疲れ様でした」
「お疲れ様」
「ああ、お疲れ様」
ジョッキをかちりと合わせてから、黄金色の泡立つ液体を口に含む。
泡が邪魔かと思ったが、缶で飲むのとはまた違った美味さ。一口では、止まらない。
「シーナさん、やるなぁ。一気に三分の一ぐらい行ったよね」
「先輩も、同じぐらいでしょ?」
続いてやって来たシーザーサラダを卵を崩してから、三人の小皿に綺麗に取り分ける、克美。
確かに慣れているようだ。
「なんか、びっくりしちゃった」
レミィが、こちらのやりとりを見ながらはぁぁと息をつく。
「四日で、ずいぶん馴染んだね。椎奈さん」
「レミィ、シーナさんね。家業を姉婿に譲ったから、椎奈の名は名乗らないんだって。だからって女性なのに『三郎太さん』って呼ぶのもおかしいでしょ?」
「私は、気づいてなかったんだけどね」と、克美が小さな声で続ける。
そう。シーナの「カミングアウト」で、一番驚いたのは克美だった。一之進は気づいていたし、智也ももしかしてと思っていたらしい。
何故か? 智也曰く「秋月よりはゴツいし、強いし、本当に怖いけど。中性っぽい人は男から見ると女性っぽく感じるんだよね」との事だ。その後、着替えにと件の「白川克美」が着ていたスウェットを借りた時にはっきりと分かったそうだ。喉仏がないので。
智也は、今では普通に克美の事を「秋月」と上の名で呼ぶようになっている。彼女が「白川克美」を名乗るようになってからは、対外的には「三代目」と呼ぶようにしていたらしい。距離を取っていたのではなく、単に気を使っていただけのようだ。
呼び名を変えたからと言って、進展しているかどうかは別だが。
克美は、シーナと話している時の方が楽しそうに見える。四日間、寝食を共にしたおかげだと思うが。勿論、智也は仕事終わりの乾杯の後は自宅に戻っていたので。
「シーナさんもだけど、克美ちゃんも嬉しそうね?」
レミィに聞かれて、克美はうふふと笑う。
「これからはね、一緒に居てくれるんだ」
「はぁ?」
レミィから、かなり大きな「はぁ?」が出た。
「どういうこと? ちょっと、先に唾つけたのこっちなんだけど?」
唾? つけられた覚えはシーナにはないし、無論そんな事をしていたら、無事で済ませるつもりはないが。
「これでしょ?」
克美が取り出したのは、店の扉に貼ってあった「アルバイト募集中」の張り紙。
職種に「ホール係 兼 用心棒」と書かれている。
「克美ちゃん、勝手に剥がさないでよ」
「だって、もう必要ないもの」
本当に嬉しそうに、陸波羅に居た頃の、あの緊張しきった克美とは別人のように。
あどけない笑顔を、レミィに向ける。
「アルバイト、斡旋に来たんだから」
スタミナ焼きを頬張るシーナを手のひらで差して、克美は告げた。
「シーナさんには、うちから通っていただきます。お盆とお彼岸は、こちらでお仕事をしてもらいます。それ以外の期間、申し訳ないけどうちにはシーナさんにしてもらう仕事は僅かしかないので、こちらで雇って頂ければと」
「それは、棚からぼたもち」
レミィの小さな呟きは、シーナには聞こえていなかった事にしておこう。
「刀は置いて来たが、克美が新しいものを用意してくれたからな。いつでも力になれる」
「コスチュームも、用意したのよ。ルーイさんとお揃いの黒のベストスーツ。もう、絶対に女性客の心ゲットなんだから!」
待て待てと、レミィが割って入って来る。
「うちとしては申し分ない提案だけど、勝手に決めないで。それと、武器の携帯は禁止なので」
「符ならば良いか?」
小さな紙切れを見せるシーナに、レミィも頷く。
「それぐらいなら」
ため息をついたレミィの本心は、きっとここにいる誰にも分からないだろう。
『克美ちゃん、キャラ変わりすぎ!』
女子が飲み友を得た心境など、本人にしか分からない。




