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「三代目に手を貸せと? そんなもの、お主の方が適任であろう」
戦線離脱を勧告された一之進が、ムッとしたように食ってかかる。
「いや、言い合ってる場合じゃないからさ。借りますよ、椎奈さん」
いつの間にか、官服の男の手には三郎太が持ち込んだ弓が握られていた。矢がないままに弦を弾き絞りり、撃つ。
それは白い光明を放ちながら長い放物線の軌跡を描いて行く。もちろん、動線上に居る鬼を消しながら。
「ぼくが紗香の代わりに結界を張るのは簡単だけど。それは禁じ手でしょ?」
では、この男が二代目か。
二撃、三撃と、弓から放たれる霊力。三郎太の符や一之進の剣戟よりも軌道が遥かに長いので、卑怯に見えるほどに多数の鬼を消して行く。
もっとも弦を引き絞る動作が必要な上に取りこぼしもあるので、三郎太が慌てて前に出て、取りこぼした鬼を消して行く。
「綾瀬殿、頼む」
三郎太にまで言われて、一之進は渋々といった体で引いた。
「智也になんとかさせる。これは貸しだぞ、二代目」
一之進の姿が消えてからも、こちらの布陣は変わらない。
三郎太が前に出て迫って来る鬼を消し、二代目が弓で大量に消滅させる。
「いやあ、助かったよ。椎奈さん」
東の空がやや紫色に近づいて来た頃になって、二代目が笑顔を見せた。
「名乗るのが遅れたね。ぼくは『ご縁結びの店白風堂』の二代目店主で、今は冥界で役人のアルバイトをしています。白川克己です」
へらりと笑いながら頭を下げられ、三郎太も生真面目に頭を下げる。
「ご存知のようだが、椎奈三郎太と申す」
白川克己は『白風堂』とは違う方向へ、鬼を追って歩き出すので、仕方なく三郎太もそれに従う。
「バイトとは言え、冥界の役人だからね。今日の討伐予定者リストを見て知っていたよ。頭数が少ないから、冥界の仕事が落ち着いてから直接こちらに来たんだ。ぼくが来たこと、分からなかったでしょ?」
ふふっと、白川克己が笑う。一之進が言っていた、掴みどころがないという意味が分かった。
聞かれてもいないことをペラペラ喋るくせに、肝心な事は口にしない。
「紗香というのは、三代目の事か?」
「うん。秋月紗香。歳の近い姪っ子でね。もう、7年も前なんだけど。家族を捨ててこっちの高校——学問を学ぶ場所に進学を決めて。優秀でね、そのまま上の学校にも行って、今年卒業したばかり。あ、こんな話はどうでも良いよね? 良い子だから、話したくなっちゃった」
本当に、この男は一体何なのだと三郎太は思う。
克美(三代目)の結界が「このままでは」朝まで持たないからと一之進に手助けに向かわせたのは、まだ良い。この男が行って、代わりに結界を張るのは簡単だろうが、それをすると克美がどんな風に思うか。
三郎太とて、克美とは会ったばかりだから彼女の為人を理解しているわけではない。自分と重ねているだけなのかもしれない。
尊敬していた兄二人が妖に敗れて死んだ時、父親は「三郎太」の名を自分に与えた。椎奈の二女ではなく、三男坊として生きる事を命じた。
だが、それは三郎太の事情。
一之進が言ったように、事情も知らずに克美と自分とを重ねるべきではない。
「白川克美と、名乗られたが?」
「それはねー、紗香の意地かなぁ? 出来れば暖かく見守ってやってもらいたいな」
いや、そうではなく。
「克美にとって、そなたという存在がそれだけ大きいのであろう?」
そう。先代の名を名乗り家督を継いだわけではない。
その名を名乗ることで、やっと役割を果たせる。それが、克美の精一杯の背伸びだったのではないか?
「見守っているゆえに安心せよと、何故本人に言わない?」
克己は一度足を止め、まじまじと三郎太を見た。
「そういうのってさ、直接口に出すの恥ずかしくない? それに、ぼくは紗香の叔父だよ。恋人だったらまだしも、叔父さんに言われてもねぇ」
だんだんに、白川克己を見る三郎太の目が冷たくなって来る。
のらりくらりと、本当に掴みどころのない男だ。力は見せつけられたが、それだって三郎太が助太刀に入るのが当然のような振る舞いだった。
だが、そこで白川克己はがらりと話題を変えて来る。
「ところで椎奈さん。冥界の役人として、もう一つお願いがあるんだけど?」
東の空はかなり明るくなって来たと思っていたのに、また空が陰っている。振り返っても、荒野があるばかりで『白風堂』はもう見えない。
荒野。
そうだ、ここは。
前方には荒野の中に、打ち捨てられた屋敷。
「何故、ここに?」
険しい目を白川克己に向ける、三郎太。
「うん。だから、今日の討伐予定は把握しているんだ。あちらは彼岸の中日だから、今日がピークで徐々に落ち着いて来るけど——明日も明後日もあるんだけどね。こっちはすぐにでも方をつけないと。負の連鎖が溜まりまくって、ほぼ限界って感じなんだよね」
伝わってくる、妖の気配。
その数は、百、二百と数えて、三郎太は数えるのをやめた。
「でもって、多分ひとりじゃ無理だと思うんだよね、ぼくは」
「白川殿」
「椎奈さんは、紗香の願いを聞いてくれたんだから。お返しはしないとね」
相変わらずの軽い調子で白川克己が笑い、弓を構えて弦を引き絞る。
「露払いは、させてもらうよ」
先程のような長い放物線ではなく、空に向けて撃つ。
白い輝きが、天空で弾けた。まるで、花火のように。
どれほどの効果があるのかは、確認しない。そんな暇はない。三郎太は翔ける。屋敷に向かって。
そこで待つ、異変を引き起こしている狂った何かに向かって。
妖を呼び寄せていた最も大きな妖を切り伏せる。妖が隠していたのは、とても小さな赤ん坊。
小さすぎて、生まれる事が出来たとしても生きる術がない赤ん坊。性別は、男だった。
「お前は、男であったから殺されたのか」
術者の中には、母体の中にある胎児の性別を言い当てる者がいる。
そしてここは、現在の国守の別宅であった場所。
母親ごと、子が殺された。恨んだ母親は魂を妖に売ったのだろう。そして、子は母を求めて泣き続ける。子が泣くと、母は慰めに来る。そして、恨みが募る。
妖が、生み出され続ける。
気づいてしまった。妖が年に一度溢れるというのは、嘘だ。恐らく、死んだ女の妖が現れ始めた時から、妖退治は行われた筈。それが全て失敗に終わったからこそ、ここまでの妖が発生したのだ。
死んだ者は全て、妖に取り込まれた。
この因縁は、ここで止めなければならない。
「御免!」
目の前にある小さな体を。その心臓を、三郎太は刀で貫いた。
「あのね」
白川克己が困ったように背中を摩っている。
「そろそろ戻らない? あ、それとも依頼人の所まで送ろうか?」
「要らぬわ! わたしの事は、放っておいてもらおう」
三郎太にとっては、一生の不覚だ。涙が、止まらない。
子を斬った罪悪感だけではない。
女に生まれた事は、三郎太にとって不幸でしかなかった。父親に命じられた、それだけではない。女である自分を嫌悪していた。女であることを捨てて生きて来たのに、今日は否が応でも振り返えらされて、最後には子を斬った。それが、男子であったが為に殺された子。
その全部が、一気にのしかかって来た感じだ。
「だったらさ、椎奈さん。しばらくゆっくりしてみたら? あ、代金前払いだったのなら報告に行かないといけないけど、多分違うでしょ?」
白川克己の言う通り、倭国では退魔士への依頼の代金は後払いだ。前金として経費を払ってもらえる事もあるが、今回はその請求はしていない。とはいえ、報告はしなければなるまい。
元より国主のお家騒動だ。三郎太が報告に行けば、おそらく命はない。姉婿に報告に行ってもらうのが良いだろう。椎奈三郎太は戦いで傷を負って、死んだという事にしておこう。
「依頼の報告については考えている。だが、坊が気になる。だから、ここを離れたくない。それだけだ。気にするな」
放っておいたら、また母親が来るかも知れない。母親共々成仏させるには、時を選ばなければならない。
「だったらさ」
そう言って耳打ちをしてきた白川克美の言葉は、三郎太の中にすっと入って来た。




