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雷が間近に落ちてから、鬼どもはこちらには寄って来ない。
店主が定められた場所に着く事で、結界が強化されるということだろうと、三郎太は思った。
化け猫のブルーは、陸波羅と現実世界の店を繋ぐ存在だが、鬼を追い払うだけの妖力は無いようだ(隠しているのかもしれないが)。
「ブルー、お茶。三人分ね」
周囲の鬼どもが落雷で後退した事を認めてから、克美が当たり前のように告げる。
「なんで僕がお茶なんか」
「一杯でいい。我らには茶を飲んでいる暇はないからな」
ブルーが鼻に皺を寄せたところへ、別の声が割り込んで来た。
綾瀬だ。いや、本物の陰陽師と呼ぶべきか。先ほどの綾瀬智也と比べて、纏う気配がかなり鋭い。
「綾瀬さん、お疲れ様です」
少し緊張した声音で克美が告げると、そちらをちらりと見てから三郎太に目を向けて来る。
「別に疲れてはいない。ところで、そちらが助っ人か。感謝する」
姿勢正しい立礼に、三郎太も応える。
「退魔士の椎奈三郎太と申す。成り行きで助力の運びと至ったが、なにぶんこちらの世界の鬼の事は分からぬ」
「あれらは、冥界にて裁きを待つ鬼だ。今は彼岸だからな、此岸と彼岸が最も近づくので、迷い出たもの。実態を持たぬ上に、冥界と此処とは一方通行ゆえ、冥界に送り帰すには力業しかない」
そう言って、綾瀬は笑う。
「ああ、名乗るのが遅れたな。わしは綾瀬一之進。通常は智也の守護霊だがな」
智也と同じ狩衣を少し動きやすくしたような格好だが、一番気になるのは腰に履いた剣だ。北斗七星を刻んだもの。
「七星剣。本物は、初めて目にした」
こんな時なのに、三郎太がうっとりとその剣に目を向けてしまったのは、仕方のない事だ。
七星剣は、退魔士にとって憧れの逸品だから。そのせいで、倭国では模造品が溢れまくっている。
「そうだな。普段は鬼どもを冥界送りにするだけだが、そなたが共に戦ってくれるならば、滅することも可能かも知れん。その方が、冥界の役人も楽だろうな。そう思わないか? 三代目」
ちらりと克美を伺いながら告げる一之進に。
「綾瀬さん、つまんない事を言ってないで鬼退治お願いします。私、彼岸明けまで頑張るつもりはないので」
これだけの結界を張る霊力を持つ克美は、相変わらずとぼけた事を言っている。
「だったら、今後は彼岸入りから詰めておくのだな。そもそも盆は何をしていた?」
一之進の言葉は、容赦ない。
「盆とお正月は、家族と過ごすものだと言われていますので。私だって、会いたくないのに」
薮入りかと、三郎太も理解する。本来なら、盆の行事が終わってから宿下りをする筈だが、この世界では少し違うようだ。そもそも、克美は店主なので「薮入り」とは言わないだろうし。などと、三郎太が考えていたら。
「甘やかしすぎだな、二代目は。来年からは盆が明けてから休むようにせよ」
嘆息まじりに、でも言いたい事を告げる、一之進。
「まあ、良い。出るぞ、椎奈殿」
一之進に促され、その手を取る。克美が「お願いします」と言った後に続いた言葉は小さすぎて、もしかしたら一之進には聞こえていなかったのかも知れない。
「綾瀬さん、二代目は元気でしたか?」
移動した先は鬼どもが群れる、その中心。
三郎太は慌てず、妖魔退治の符を取り出し、念を込める。
彼らを取り巻いていた鬼の一部が、悲鳴と共に消えた。どうやら、符術は利くようだと安心する。ならば、剣も使えるだろう。
と、傍の綾瀬一之進がとんでもない霊力を放ったのでそちらを見ると。
彼が手にする七星剣が白い輝きを放っていた。振り切れば、軌道上に居た鬼どもが断末魔の叫びと共に滅せられる。
なるほど。これが冥界に送り返すのではなく、滅する力か。
密かに「欲しい」と思いつつ、口には出さない三郎太。あれは、他人のもの。他人のもの。
「七星剣は北斗七星の力を宿す剣。だが、似たようなものをレミィは持っていると聞くぞ。ホーリーソードと言っていたかな?」
そんなに、羨ましそうな顔をしていたのだろうかと、三郎太はそっと恥じる。
「わたしには、わたしの戦い方がありますので」
刀を抜き符に触れると、刀が白く輝き始める。
光を浴びた鬼が、消える。綾瀬と同じように振り切れば、光の帯が鬼を消して行った。
こちらは、「滅する」のではなく冥界に送り返す事が優先だ。克美の願いがそれだったので、間違っていない筈。ただ、力の差を見せつけられているようで面白くないのは事実だが。
そんなこんなで片方は鬼を滅し、片方は冥界に送り返すこと、数時間。
鬼は少しずつ減って来てはいるが、まだまだこちらに向かって来る。
「三代目は、霊力は強いが。とんでもなく緊張してくれるからな。鬼にもその緊張が伝わってしまう。二代目のようにのほほんと構えてもらうと助かるのだが」
そんな軽口を叩きつつも、一之進は七星剣の一振りで鬼集団を滅しているのだから。三郎太としても負けじと冥界送りにするしかない。
「二代目とは? 彼女の父か?」
「兄に近い存在だったかな。捉え所のない奴だったが、力は文句なしだった」
今は冥界にいると、一之進が告げる。
それは、命を失ったという意味だろう。兄に近い存在を失った克美にとって、ここに来るのはさぞかし辛い事だったのではないか。
「不憫ではあるな。だが、わたしは所詮通りすがり。頼まれた事をするだけだ」
「それは、わしも同じだな。智也に任せておけば良いと思ってはいるが、あれはほれ、『ヘタレ』であるからな」
くくくと、一之進が笑う。
こんなのが守護霊って、ちょっと嫌だなと思ってしまう三郎太だった。
どれぐらいの時間、そうしていただろう。まだ、夜は明けそうにない。
「椎奈殿」
少し離れた場所にいた一之進が戻って来た。
「三代目の結界が弱まって来た。さっき、雷撃を連発していたからな」
おそらく結界を維持しているだけでは不安なのだろうと、三郎太は思う。
「少し、焦っているのかも知れんな。鬼の数は途中からは一向に減らんからな。もっともこの鬼は冥界から溢れて来たものだから、朝になるまではほぼ、このままだと思うが」
それを言ってはおしまいだと、三郎太は思う。
「早く終わらせたいのだろうな。克美は」
「カツミ? 三代目の事か?」
まさか、そんな返しがあるとは思わなかった。
「白川克美と名乗っていたが?」
それを聞いた一之進が、大きくため息をついた。
「自縄自縛だな。智也は何をしているのだか」
意味が分からない。
そんな顔をしていたのだろう。一之進が「仕方ない」と言いながら語り出した。
「『白風堂』の店主は、普通の箱入り娘には務まらない。三代目は霊力も強いし、何より自ら望んでこの地に来た。二代目はそれを見極めて代替わりをしたのだし、そもそも冥界の人手不足に加えて、『白風堂』に強い霊力を持つ者が二人も居ては、非常にバランスが悪い。だから二代前は現在、冥界で臨時雇用——アルバイトとやらをしている」
三郎太の考えすぎで、二代目は死んだわけではなかったようだ。
「その二代目の名が、白川克己。三代目の名はそれではない」
ますます、話がややこしくなって来た。
「先代の名を名乗る事で、女でも家督を継げると考えたのか?」
と、尋ねたものの。
先代が見極めて代替わりをしたのなら、この世界では女でも家督を継げるのかと、思い直す。だが、それなら何故先代の名を名乗るのか。
「そなたと一緒にするな。おそらくだが、三代目は」
そんなやりとりをしていると、また遠くに雷鳴が轟いた。
「あの馬鹿が」
一之進が小さく舌打ちする。
「そうだねぇ。このままじゃ朝まで持たないよね。結界」
不意に、真横からそんな声が聞こえた。
馬鹿なと、三郎太は思う。声が聞こえるまで、人の気配は全く感じなかったから。
「お待たせ、綾瀬くん。ここはぼくに任せて、紗香のフォローに行ってもらえないかな?」
濃い緑の官服に身を包んだ、背の高い男がそこに立っていた。




