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この酒場は『止まり木亭』というらしい。
レミィが言うには、「必要な人のためにある酒場」なのだとか。
確かに、三郎太は雨に辟易していたし、身体も冷え切っていた。腹も、思ったよりも減っていたようだ。
酒場の二階は宿らしく、三郎太が入店して間もなく賑やかな団体が降りてきた。
旅芸人たちのようだ。近くの祭りに呼ばれたのだろう。
この付近には村はないが、旅の途中ならおかしくはない。
そこまで考えて、三郎太は首を傾げる。
いや、自分は雨つゆを凌ぐため、作業小屋に入ったわけで。ならば、この客たちは何処から来たのだろう。
「オーナー、こちらの団体様。シェフのお任せで」
デリラの報告に。
「はーい。厨房さん、シェフのお任せ12人前入りました。和食メインで」
胸元のブローチに触れながらレミィが告げると、たちまちカウンターの奥がざわつき始める。
「お通し12人前お願いします」
声と共にカウンターに小鉢を乗せたお盆が置かれる。
「お通しいただきます」
デリラが受け取り、そちらのテーブル(テーブルを3つくっつけて12人の席を作っている)に持っていくと、入れ替わりに注文を取りに行っていたレミィが飲み物を通す。
「ルーイ、こちらお任せの辛口日本酒一升。後、『黒清水』お湯わり梅干し入り2杯」
「刺身船盛り上がりました」
「はい。先に一升瓶。僕のお勧めは、信濃の『雪渓』」
あちらこちらで声が飛び交い始めると、2階からひょろっと背の高い茶色の髪の30歳ぐらいの男が降りてくる。
そのままバーカウンターで一升瓶とぐい呑み12個を受け取り、団体テーブルへ。
「ビルド、ありがとう。助かる」
「うん。飲みそうな団体だし、手が回らないだろうなって思って」
どうやら、助っ人だったようだ。
レミィとは話の途中だったが、忙しそうなのでお暇することにしよう。おそらくこの酒場は倭国にあるものではない。ならば、関わらないと決めて良さそうだ。
衛門かけにかけてあった合羽を(不思議な事に、既に乾いていた)羽織って店を出ようとすると、外から入って来た女性と鉢合わせる。
体をピッタリと覆った布の少ない、それでいて露出がない少し変わった着物を着ているが、倭国の顔立ちをした長い髪の美しい女。
「あ、失礼」
少し体を捻ってやり過ごす所で、女はもう一度三郎太を見た。
「陰陽師? 違うな、退魔士?」
三郎太の目がすがめられた。
退魔士を意味する印は合羽の下。気配だけで三郎太の仕事を言い当てる、この女も只者ではないのだろう。
「そんな時間じゃない筈だけど。今日のこのお店なら、有りか」
一人で納得して、店の中に入って行く。
不審には思いつつも、これ以上関わる必要もないだろう。扉を開けると——そこには細い道を挟んで、家や商店が連なる街並み。自分が居た荒野はどこに消えた?
関わらないと決めていたが、ここは関わる必要がありそうだ。
店に戻り、先ほどの女を探す。
女は、手前の方の二人がけの席に座っていた。
「あら、何か?」
倭国女性ならではの、まっすぐな射干玉の髪。黒曜の瞳。通った鼻筋に小さめの白いおもて。
美しい女性だが、狐や狸の部類ではなさそうだと、三郎太は思う。
「そなたは——」
「あら、克美ちゃん。いらっしゃい」
いきなり、レミィが割って入って来た。
「生ビール……じゃなくて、モヒート。それに、前菜盛り合わせ」
「この時間から? 珍しい」
「騒がしくなる気がするから。さっさと酔っ払って寝てしまおうかと思って」
ちらりとこちらを見て、そんなことを言い出す、女。
「ああ!」
と言って、何故かレミィもこちらを見た。
「克美ちゃんとこのお客さんだったんだ」
いきなりそう来たので、三郎太は首を振る。
「何の話だ? 客などではない。わたしは……」
「多分ねー。うちじゃなくて、陸波羅の客かなぁ」
だが、件の女は聞いちゃあいない。「それより、モヒート」とせっついている。
「だったら、酔っ払ってる場合じゃないよね?」
レミィの声が冷たくなり、女は「ここ、酒場でしょ?」とうそぶく。
「私は怖いの苦手だし。そもそも変なもの呼び込んで来るのは、この店の方だし。だったら、私は酔っ払って寝ていて良いと思わない?」
「ふぅん? ずいぶんな言い草」
ふふんと、レミィが腕を組んで仁王立ちで、笑った。
「この店は、需要がある場所に現れる。今回は、克美ちゃんがわざわざ足を運んだわけだから。そういう事だよね?」
意味が分からないでいると、再び扉が開いた。
「やっぱりここか。三代目」
入って来たのは、若い男。
単の着物の上から狩衣に似た装束を纏った。首からは陰陽の形をあしらった玉を下げている。
「あ、綾瀬さん。まだそんな時間じゃないですよね?」
「残念ながら、まだ俺の方だ。だが、かなり混ざり始めて……」
いいかけて、男は三郎太を見た。
「あんたも、退魔士か。陸波羅に呼ばれたのか?」
その問いには、首を振るしかない。
三郎太の依頼は、荒野にある古屋敷。そこから年に一度、妖のものが溢れ出るという。
その原因を追求し、根絶せよというもの。もちろん、他人に依頼内容を聞かせるつもりはない。だが、どうすれば元の荒野に戻れるのか。この女なら知っていると思ったが。
「目当てが陸波羅でないなら、なんで退魔士がこんな場所に? まぁ、この酒場はなんでもアリなんだろうけどさ。ついでに、何か腹に入れておこうかな。今夜は長丁場だろうし」
うんうんと、レミィが頷く。
「そう。なんでもアリ、上等。誰かの需要がある限り、存在する酒場だもん。と言うわけで、克美ちゃんは今日はアルコール禁止。椎奈さんも飲まないらしいから、綾瀬くんもやめておくよね?」
だったら何にしようかなと、口にしながら考えるレミィに。
「レミィ、わかってる? ここ、酒場だよ」
バーカウンターからルーイの軽口が飛んできて、
「オーナー、戻ってきて下さい」
デリラが悲鳴を上げる。
「あ、ごめんごめん。厨房さん、気力と体力が上がりそうなもの、三人前」
ブローチを触ってオーダーを通し、レミィが給仕に戻る。
ややあって、牛肉とニンニクの芽のスタミナ炒めが運ばれて来た。
綾瀬と呼ばれた男はバクバクと食べているが、三郎太には肉を食べる習慣はない。だが、せっかくなので恐る恐る手をつける。
ガツンと、頭を殴られたような衝撃だった。
まずはニンニクの香りが鼻腔を支配し、その後に噛み締めた牛肉の味が口中に広がる。
赤身の肉の旨み、その柔らかさに箸が進む。進む。
「よく食べられますね、二人とも」
女——白川克美と名乗った——は、げんなりと雑炊を啜っている。この後の事を考えると、コッテリ味が受け付けないと言って、別に注文したものだ。
「では、椎奈さん。説明しますね」
食後にお茶を啜りながら、白川克美は語り始めた。
「私は、ご縁結びのお店『白風堂』の臨時店主をやっています。こちらは綾瀬智也さん。陰陽師の末裔の生まれです。普段なら他にも何人かお仲間が居るのですが、生憎のシルバーウィークの連休で。皆様それなりに予定がおありだったようで」
「おい、人の事を暇人みたいに言うなよ」
即座に、綾瀬がツッコミを入れる。
「陸波羅は、私の店がある六波羅と繋がっている場所。私の店の招き猫が仲介する、夢の世界です。あ、寝て見る夢ですよ。TDLやUSJみたいな夢の世界なら良かったのですが」
「ユニバーサルスタジオは、今度連れて行ってやるって言っただろうが」
また、綾瀬がちょっかいを出してくる。
成程と、三郎太は思った。
シルバーウィークだのユニバーサルなんとかだのと、意味の分からない言葉は飛び交っているものの、男女の気持ちの機微については、想像がついた。克美の方は全く分かっていないようなので、綾瀬が少し気の毒に思うほどだ。
「その夢の世界に異変が起こりそうなので、私はさっさと寝てしまおうと思ったのですが」
「おいおい」と、やはり綾瀬がつっこむ。
「三代目がそれじゃ、あの人が困るぞ」
「言わないで、智也先輩。さっき、レミィに諭されて。よりによってレミィに言われたらおしまいだって思ったんだから。私は、自分の役目を果たす」
そう言って、白川克美は改めて三郎太を見た。
「ここに来られたのが、おそらくそちら様の都合とこちらの都合が合致したものと思われます。椎奈さん、ご助力をお願い致します」




