第3話
翌日の朝。教室はいつもと変わらず話し声が響いている。
私はスマホで駅前の情報を調べていた。
(今日は部活を見て回ろうかな?)
スマホをしまい、昨日の授業の復習を始める。
「おはよう、彩さん。」
咲月がいつもより少し早く教室に入ってきた。昨日よりは表情が落ち着いているけど、どこか遠慮がちな雰囲気は変わらない。
彼女は自分の席に鞄を置くと、チラリと私の方を見た。何か言いたそうだったけど、結局何も言わずに教科書を開いた。
昼休み。廊下を歩いていると、生徒会室の方から声が聞こえてきた。
「えっと、この資料って誰に渡せばいいんですか?」
元太の声だ。少し困っている様子だ。
「各委員会の委員長に配布してちょうだい。リストはそこにあるわ。」
鈴葉の指示が淡々と続く。
「あ、はい! 了解です! ……えっと、委員長って誰でしたっけ?」
少し間が空いた。
「……リストを見なさい。」
鈴葉の声のトーンが、微かに下がった気がした。
通り過ぎながら聞こえてくるやり取り。以前なら、そういう質問が出る前に私が先回りして説明していた事だった。
放課後。私は校庭に出て部活動の様子を眺めていた。
テニス部の女子マネージャーに話しかける。
「すみません。ウチ、テニスやってみたいんですけど……。」
女子マネージャーは首を振った。
「ごめんなさい。入部はもう締め切っているんです。人数が多すぎてマネジメントが大変なの。」
「そうですか……。」
私は体育館に向かう。体育館入口でジャージを着た女子生徒に話しかける。
「すみません。バスケ部ってまだ入部できますか?」
女子生徒は首を振る。
「申し訳ないけどもう締め切ってるわ。来年の4月になったらまた来てちょうだい。」
「ですよねー……。」
私はとぼとぼと校舎に戻った。校舎に戻ると、廊下で何人かの生徒とすれ違った。部活に向かう生徒たちは楽しそうで、自分だけが取り残されたような気分になる。
(まあ、10月だもんね。どこも締め切ってるか……)
溜息をつきながら昇降口に向かおうとしたとき——
「あ、彩さん。」
咲月が廊下の向こうから小走りで近づいてきた。少し息を切らしている。
「あの……今、時間ある? ちょっと……話したいことがあって。」
彼女の表情は真剣だった。いつもの遠慮がちな雰囲気とは少し違う、何か決意したような目をしていた。
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その頃、生徒会室では——
「北見君、この連絡は『明日』じゃなくて『今日中』に各部に回すって言ったはずよ!」
鈴葉の声が、いつもより少し強くなっていた。
「あ、すみません! 今日中でしたっけ。じゃあ今から回ります!」
元太は慌てて資料を持って飛び出していった。
「大丈夫かな……文化祭の会場割り、今日中に確定しないと明日の委員会に間に合わないのに……。」
美穂が不安そうに呟いた。
「……大丈夫よ。少し慣れるまで時間がかかるだけ。」
鈴葉はそう言ったけど、その表情には微かに苛立ちが浮かんでいた。
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「……どうしたの?」
私は立ち止まり、咲月の話を聞く。咲月は少し俯いて、それから意を決したように顔を上げた。
「あの……昨日、彩さんが言ってくれたこと……ずっと考えてたの。」
彼女の声は震えていたけど、前より強い。
「私、鈴葉さんに言ってみようと思って。『彩さんをクビにするのはおかしい』って……でも、やっぱり怖くて……。」
咲月は拳を握りしめた。
「それで……その前に、彩さんに聞きたくて。彩さんは……生徒会に戻りたいって思ってる? もし戻りたいなら、私……ちゃんと鈴葉さんに言うから。」
彼女の目には涙が浮かんでいた。自分の弱さと向き合いながら、それでも何かをしようとしている。
「私、ずっと後悔してたの。あの時何も言えなかったこと……彩さんが一人で生徒会室を出て行くのを、ただ見てるだけだったこと……。」
声が詰まって、咲月は一度言葉を切った。
「だから……教えて。彩さんは、どうしたい?」
廊下には放課後の静けさが広がっていた。遠くで部活の声が聞こえる。
咲月は、私の答えを待っていた。
私は顔を上げて考える。生徒会に戻りたいか。生徒会に戻れるか。
少し考え、私は首を振った。
「……悪いけど、ウチはもう生徒会に戻る気はないの。ウチが解任されたのは決定事項だし、後任も決まっているんでしょ? ウチが戻ったところで意味はないし、そもそも鈴葉が納得しないから戻れないでしょ?」
私は窓の外に視線を移す。
「……それに生徒会から離れてできる事も見つかった。今はまだ分からないけど、いずれは何か打ち込めるものに時間を注ごうと思ってる。」
私は咲月の顔をじっと見る。
「……だからもう諦めて。ウチ、生徒会に戻る意志はないから。」
「そう……なんだ……。」
咲月の声は小さく震えていた。私の言葉を聞いて、彼女の中で何かが崩れたような表情になった。
「ごめんなさい……私、勝手に……。」
涙が一筋、頬を伝った。でもそれは悲しみだけじゃなくて、自分の無力さへの悔しさも混ざっているように見えた。
「私……遅すぎたんだね。彩さんがあんなに頑張ってたのに、私は何もしなくて……今更何を言っても、もう遅いよね。」
咲月は袖で涙を拭った。
「でも……ありがとう。ちゃんと答えてくれて。」
彼女は少しだけ笑おうとしたけど、上手く笑えなかった。
「彩さんが……何か打ち込めるもの、見つけられるといいね。応援してる。」
そう言って、咲月は深く頭を下げた。それから、静かに自分の教室へと戻っていった。
その頃、生徒会室では——
「北見君、この資料は『文化実行委員会』じゃなくて『文化祭実行委員会』よ。名称を間違えたら失礼でしょう!」
鈴葉の声が冷たくなっていた。
「あ、すみません!じゃあ作り直します!」
元太は慌てて資料を持って席に戻った。
「ねえ鈴葉……少し休憩した方が……。」
「休憩している時間はないわ。明日までに仕上げないといけない仕事が山積みなの!」
鈴葉の苛立ちが、少しずつ表に出始めていた。
「あの……この予算案なんですけど、計算合わないんですけど……。」
ほむらが困った顔で資料を持ってくる。
「……どれ?」
鈴葉が確認すると、明らかな計算ミスがあった。元太が作成したものだった。
「……北見君。」
「はい!」
「もう一度、最初から確認して。今度はミスのないように。」
鈴葉の声は静かだったけど、その静けさが逆に怖かった。
生徒会室の空気が、少しずつ重くなり始めていた。




