第4話
翌日の朝。今日も教室はいつも通りだ。
私は部活を諦め、自分のやりたいことをいろいろやってみようと思った。私は本を取り出す。『もし文豪たちがカップ焼きそばの作り方を書いたら』。様々な作家の文体を真似てカップ焼きそばについて書くという変わったテーマの本だ。有名作品になぞらえてカップ焼きそばについて書いてあるのが面白い。特にカップ焼きそばの迷惑メールはシュールだ。
私は日常から離れ、空想の世界を旅する。
本に没頭していると、隣の席に咲月が座った。
「おはよう、彩さん……。」
いつもより小さな声。昨日のことを引きずっているようだ。でもそれ以上は何も言わずに彼女も自分の教科書を開いた。
授業が始まり、午前中が過ぎていく。
昼休み。廊下を歩いていると、生徒会室の方から複数の声が聞こえてきた。
「だから、『今日の午後』って言ったでしょう。なぜ明日になるの?」
鈴葉の声が廊下まで響いてくる。普段は冷静な彼女にしては珍しく、苛立ちが隠せていない。
「いや、でも各部に連絡するのに時間がかかって……。」
「時間がかかる? リストを見て順番に回るだけでしょう。何がそんなに難しいの?」
「ちょ、ちょっと鈴葉、落ち着いて……。」
美穂が間に入ろうとする声も聞こえた。
「落ち着いてなんていられないわ。文化祭まであと1ヶ月なのよ。このペースじゃ間に合わない!」
生徒会室の扉は閉まっているけど、中の緊迫した空気が伝わってくる。通りすがりの生徒たちも、少し足を止めて室内の様子を気にしていた。
「生徒会、なんか揉めてるっぽいね。」
「副会長、あんな怒ること珍しいよね。」
生徒たちはひそひそと囁く。
「あの……この会場割なんですけど、体育館と講堂の時間が被ってるんですけど……。」
「……何? 見せて。」
鈴葉の声が、さらに低くなった。
以前なら、こういう細かいミスは事前に私がチェックして修正していた。でも今は、ミスがそのまま表に出てきている。
生徒会は、少しずつ歯車が狂い始めていた。
放課後。
私はパソコン室のパソコンを借り、文書を入力していた。とはいっても朝読んだ本の文章をそのままパソコンに打ち込んでいる。文章の癖を知り、展開を知ることで文章を書く力にしようと考えていた。
私は小説を書こうと考えた。とはいっても文芸部に入るつもりはない。「小説家になろう」というサイトがあり、私は趣味で小説を書こうと思っていた。しかし文章を書くのは初めてだ。そこで練習のため、私は様々な本を読み、文章を打ちながら読んでいくことで小説を書く際の足掛かりにしていこうと思った。
「今日はこの辺かな……。」
パソコンにスマホをつなぎ、文書のデータをスマホに保存する。パソコンの電源を切り、荷物を持ってパソコン室を出た。
夕方の校舎は静かだった。部活動の声が遠くから聞こえてくる中、私は昇降口へと向かった。新しい目標ができたことで、心が少し軽くなった気がする。小説を書く——それは生徒会とは全く違う世界だ。
昇降口で靴を履き替えようとしたとき、背後から声がした。
「あ……彩さん……。」
振り返ると、美穂が立っていた。生徒会長の彼女がなぜここに?
「ちょっと……時間、ある? 少しだけでいいから……話を聞いてほしいの。」
美穂の表情は疲れていた。
いつもの柔らかい笑顔はなく、どこか追い詰められたような雰囲気を纏っていた。
「お願い……。」
彼女の声には、切実さが滲んでいた。
-----
その頃、生徒会室では——
「会長、どこに行ったの……まだ確認事項が残ってるのに!」
鈴葉が苛立ちを隠せない様子で呟いていた。
「さっき『ちょっと出てくる』って……。」
「……今は忙しいのに!」
鈴葉の表情が険しくなる。机の上には、まだ処理しきれていない書類が山積みになっていた。文化祭まで残り1ヶ月を切り、スケジュールは既に遅れ始めていた。
-----
生徒会長の美穂が来るなんて珍しい。
「えーっと……何かあったんですか?」
私は立ち止まって話を聞く。
美穂は少し俯いてから、ゆっくりと顔を上げた。その目には疲労と、何か言い出しにくそうな迷いが浮かんでいた。
「あの……ごめんね、突然呼び止めて。」
彼女は小さく息を吐いた。
「正直に言うと……生徒会が、上手く回らなくなってきてるの。」
美穂の声は震えていた。生徒会長としてのプライドと、現実の苦しさの間で揺れているような表情。
「彩さんがいなくなってから……最初は気づかなかったの。でも、少しずつ……連絡のミスが増えて、スケジュールがズレて、各委員会からクレームが来るようになって……。北見君は頑張ってくれてるんだけど……どうしても追いつかなくて。鈴葉は苛立ってるし、ほむらちゃんも疲れてるし……私も、どうしたらいいのか分からなくて……」
美穂は唇を噛んだ。
「彩さん……お願い。もう一度、生徒会に戻ってきてくれない?」
その言葉には、会長としての命令ではなく、一人の少女としての懇願が込められていた。
「私……間違ってたと思うの。あなたを手放したこと。あの時、ちゃんと止めるべきだったのに……鈴葉の言う通りにしてしまって……」
涙が一筋、頬を伝った。
「ごめんなさい……本当にごめんなさい……。」
昇降口には夕日が差し込んでいて、美穂の涙を照らしていた。
「その事……鈴葉はどう思っているのですか? もともと私を解任したのは鈴葉ですよね? 鈴葉の意志はどうなっているのですか?」
美穂は一瞬、言葉に詰まった。私の質問は核心を突いていた。
「それは……」
彼女は視線を逸らし、少し間を置いてから答えた。
「鈴葉には……まだ言えてないの。」
その声は小さく、弱々しかった。
「鈴葉は……『もう少し時間をかければ北見君も慣れる』って言ってて。それに、鈴葉のプライドもあるから……自分の判断が間違っていたって認めるのは、きっと……」
美穂は俯いた。
「私、会長なのに……鈴葉に何も言えなくて。いつも鈴葉の意見に流されて……自分で決められなくて……。だから……せめて彩さんに直接お願いしようと思って。もし彩君が戻ってきてくれたら、その時は鈴葉をちゃんと説得するから。だから……」
美穂は必死だった。でもその必死さは、同時に彼女の弱さを露呈していた。会長でありながら、副会長に逆らえない。自分の意志で決断できない。そんな自分への情けなさと、それでも助けてほしいという願いが、彼女の涙に混ざっていた。
「お願い……彩さん……」
夕日が沈み始め、昇降口は薄暗くなっていた。
私は首を振った。
「……すみません。ウチ、『たられば』で考える主義じゃないんです。私を解任したのは鈴葉の意志でしょう? それなのに『ウチが戻るなら鈴葉を説得する』なんて卑怯だと思います。どうして鈴葉を連れて来ないのですか?」
窓から夕日の赤が射し込む。冬が近いのか冷たい風が手を冷やす。
「……それにウチ、生徒会から離れてやりたいことが見つかったんです。これは生徒会の問題です。ウチにはもう関係がありません。失礼します。」
私は靴を履き替え、校舎を出た。昇降口で一人美穂が立っている。
「そう……だよね……」
美穂の声は震えていた。私の言葉は正論だった。だからこそ、反論できなかった。
「ごめんなさい……私、卑怯だよね……」
涙がぽろぽろと零れ落ちた。会長としての責任も、副会長への遠慮も、全部が彼女を縛り付けていた。
「彩さん……ごめんなさい……本当に……ごめんなさい……」
美穂はその場に崩れ落ちそうになりながら、何度も謝った。でも、彩の背中はもう遠ざかっていた。夕暮れの校舎に、美穂の泣き声だけが響いていた。




