表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

8/17

8. そういう意味で言ったんじゃないんだけど!


 黒く禍々しい竜の仮面を被った男子生徒は、手にナイフを持っていた。

 部屋に入ってきたロザンナとエミルに気づき、時が止まったかのように双方一瞬、固まった。


「まずっ……!」


 ロザンナは血の気が引いていくのを感じた。それはロザンナが知っているシチュエーションだった。

 ゲームではセレティアの部屋に暗殺者の侵入があって、間一髪でセレティアは敵を撃退する。聖女の身分がいかに危ういかを印象付けるシーンの一つだが、今ここにセレティアはいない。


 待ち構えていた暗殺者もまた、部屋に入ってきた者の中に襲うべきセレティアがいなくて驚いているようだった。

 顔こそ見えないものの、戸惑った挙句、やはり襲うしかないと判断したらしく、ロザンナに向かって斬りかかってきた。


「おやめなさいっ!」


 ロザンナは間一髪でナイフでの突きを避ける。髪の毛が数本斬られ、宙を舞う。それが暗殺者だと、瞬時に理解していたからこそ出来た反応だった。

 手に持っていた指輪が放り出され、高く舞い、机の角に当たって高い音を上げながら魔石が割れ、砕け散った。


(だから、私は追放されたいだけで、死にたいわけじゃないんだってば!)


 何とかバランスを取りながら、ロザンナは倒れず踏みとどまる。ゲームでセレティアが襲われるのは、もっと入学してすぐのはずだ。しかし何か運命が変わったのか、彼女は今の今まで襲われることは無かった。

 レオンにロザンナが指輪を贈られたことも、ゲームには無かった展開なのだ。もはや何が起きてもおかしくはない。


「……わかった。そういうことなんですね」


 今まで驚きのあまり動けなかったエミルが、合点がいったというように、小さくそう言った。


「エミル……何をするつもり?」

「従います、正しいと思う心に! 【風の精よ、踊れ!】」


 突風が突き抜け、暗殺者は勢いよく吹き飛ばされる。部屋の奥、セレティアのベッドへ叩きつけられ、暗殺者はよろめきながらなんとか立ち上がろうとしていた。エミルの風の魔法の仕業だ。


「エミル!? いえ、よくやったわ。【茨よ、閉ざせ!】」


 一瞬の隙を突き、ロザンナも魔法を詠唱する。黒い茨が壁、床、天井から勢いよく生え、暗殺者へ向かって檻を閉ざすように真っすぐ伸びる。


「くっ……!」


 茨の先端で貫かれた椅子が砕け、ベッドからは綿が飛び散る。幾本もの茨の攻撃でセレティアの部屋はボロボロになってしまったが、暗殺者はぎりぎりでそれを避ける。そして、ついにその全ての攻撃を避け切った暗殺者は、唯一の逃げ道である入り口側、ロザンナの方へと突進してくる。


「ロザンナ様! 避けてっ!」


 エミルの悲鳴が響く。

 ナイフの切っ先が視界を塞ぎ、瞳に突き刺さらんと迫る中、ロザンナはもはやなすすべなく、そのナイフに毒薬のようなものが塗られているのが、妙にはっきりと、スローで見えていた。


 こんなところで終わりだなんて。

 本当、どこで間違えたんだろう。


「【氷よ、我が剣に】」


 ロザンナの耳元で、誰かが囁いた。

 それは妙に優しく冷静な声色で、ロザンナはこんな状況なのに少し安心してしまった。


 目の前にあったナイフの切っ先が、軌道を逸らされて弾かれ、宙を舞う。青く透き通る氷で形作られた、ガラス細工のような細剣の切っ先が、ロザンナのすぐ横を通り過ぎてナイフを弾き、暗殺者の腕を掠った。


「レオン!?」

「無事かい? ロザンナ!」


 後ろから抱き支えるように、剣を手にしたレオンが現れ、ロザンナに尋ねる。


「殿下、どうしてここに? 私は、その、大丈夫ですわ」

「よかった。本当に……あぁ、ロザンナ」


 レオンは安堵のあまり泣きそうな表情を浮かべた。しかし、次の瞬間には憎悪のこもった表情に一変して、暗殺者の男を睨みつけた。


「死ぬ覚悟はしてきたんだろうな!?」


 答えを待つこともなく、レオンは細剣を勢いよく突き出す。暗殺者はぎりぎりで避けたが、避けた先には既にレオンの次の攻撃が迫っていた。


 レオンの目にも止まらぬ連撃に、丸腰の暗殺者は距離を取ることしかできない。後ろへとかろうじて下がると、ついに窓際に追い詰められた。


「観念なさい、不埒者(ふらちもの)!」


 エミルが叫んだが、暗殺者は肘で窓を叩き割ると、なんと10階以上の高さのその窓から飛び降りていった。


「馬鹿な、自害するとは!」


 急いで窓から下を覗き見るが、すぐ下にある、風に吹かれる高い木々の他には何も見えなかった。生きているわけがない、と思えるものの、倒れている姿が確認できるわけでもなかった。


「私、人を呼んできます! 下の確認も!」


 エミルがそう言い、部屋を飛び出す。


 先ほどまで決闘の場だったセレティアの部屋に静寂が訪れ、冷たい夜風が割れた窓から吹き込む。たなびくカーテンのそばで、呆然と座り込んだままのロザンナと、レオンが残された。


「怪我はないかい? ロザンナ……」


 少し冷静さを取り戻したレオンが、ロザンナに手を差し伸べる。


「ええ。助けて頂き、ありが……!!」


 手を借りて、立ち上がるロザンナが礼を述べている途中、レオンはロザンナのことを勢いよく抱きしめた。


「よかった、ロザンナ。本当に、無事で」

「で、殿下……?」


 痛いほど、強い抱擁だった。ロザンナは手の置き場もわからぬまま、ただされるがままに棒立ちしてしまう。きつく締め付けられる感触に、思わず息が詰まった。

 レオンがロザンナをどれだけ大切に思っているか、肌に直接伝わってきて、ロザンナはその気持ちの強さに戸惑った。


「……で、んか、その、少し……強いですわ……」

「あ、ああ。すまない。つい!」


 レオンは、ロザンナの訴えを聞くや否や、ぱっとロザンナの体から離れた。お互い頬が真っ赤に染まっていて、思わずそれぞれ気まずそうに目を逸らした。心配のあまりそうしたとはいえ、恋人にするような熱い抱擁だった。


 しかし、先に調子を取り戻したのはレオンだった。気が付けば、いつもの落ち着いた微笑むような表情へと戻っている。


「とにかく、間に合ってよかった」

「助けていただきありがとうございます、殿下。でも、どうしてここがわかったのですか?」

「これだよ」


 レオンは魔石の砕けた指輪の金具を拾い上げて、月の光にかざして見せた。


「魔石が砕けると、私の持っているもう一つの魔石が砕けて、砕けた場所周辺のイメージが私に伝わるようになっていたんだ。願掛け程度に思っていたのだが……それに食堂の帰りですぐ近くを通っていたから、幸いだった」

「そんな効果があったなんて。壊してしまってごめんなさい、私……」

「いいんだ、君が無事ならそれで。それにしても、ロザンナ。君にはいつも驚かされるよ。まさかセレティアに迫る暗殺者を誰より先に見つけて、撃退してしまうなんてね」

「えっ?」


 その噂は瞬く間に、学園内へ広まることになる。

 公爵令嬢ロザンナが、親友である聖女セレティアに迫る暗殺者を見つけ出し、勇敢にも撃退した、と。




 現場には学園内の攻撃魔法の記録を受けて、教師たちが集まってきた。

 ロザンナは教師に事情を説明しているレオンをよそに、その場に駆けつけたアッシュを捕まえると、小声で囁く。


「私を連れ出してくださいませ。事情を聞くふりをして……」

「全く、どうしてこんな大事になってるんだ、スピナール。かばい切るにも限度があるぞ」

「わ、私じゃありませんわよ! 事情は後で話しますから、いいからあなたの部屋へ!」


 ロザンナは野次馬で混乱し始めた女子寮をなんとか立ち去り、アッシュの私室へと向かった。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ