7. 濡れ衣を着せたら、みんながハッピー
「これが俺が持っている魔石のすべてだ」
アッシュは机の上に、深紅、コバルトブルー、琥珀色、色とりどりの魔石を数個、広げて置いた。多面体のそれぞれの面から四方に、鮮やかな光を反射している。
「たったの、これだけですの?」
「あのな……高位魔石がどれだけ貴重な物か……公爵家の箱入り娘にはわからんだろう。そこらの照明の魔石と一緒にするなよ?」
「存じておりますわ。術者の魔力を用いずに、固有の魔法を発動できる便利な道具であり、誰にでも使えるお手軽兵器でもある、でしたわね」
「教科書通りだな。存外、講義は真面目に聞いているとみえる。さて……死の商人が、いくつか製品を紹介してやろう」
アッシュは勿体ぶると、魔石を一つずつ手に取り、その使い道を説明してみせる。
「これが爆発の魔石。用途は言わずもがな、爆殺するなら使うといい。爆殺は好きか? で、こいつは解呪の魔石。カエデス帝国お得意な呪いを解くのにうってつけだが、今回は使うこともないだろう。これが幻惑の魔石。使った人間を精神の迷宮に閉じ込め、出口を探し当てるまで帰ってこられないという……面白そうだな。お前が使ってみるか? これが録音の魔石。盗聴、監視ならこれが一番……」
「待った! お待ちくださいませ。高位魔石っていうのは、そんな物騒なものしかないんですの?」
「俺が価値あると判断したものがここにあるだけだ。物騒だと思うかは……ふむ、人によるな」
ロザンナは次々説明される過激な効果にうんざりしながら首を振った。
「はぁ、どうやらすぐに役に立つものは無さそうですわね」
「勝手に期待して、勝手に失望するな。ため息を吐きたいのはこっちだ」
「まぁいいですわ。何か力になって欲しいことがあれば、また……」
「待て優等生」
アッシュは唐突にロザンナの手首を掴むと、強引にぐいと引き寄せる。
今まで大人しく生徒の言うことに従っていた教師の急な動きに、ロザンナは思わず身構えた。
「何をするんです!」
「何か忘れてないか? 一番役に立ちそうな魔石は、最初からここにある」
「魔石? これが?」
アッシュは掴んだロザンナの腕……その先にある指に輝く、貰ったばかりの指輪を顎で指す。
「間違いなく魔石だ。とびきり高価な、な」
「何か特殊な効果が?」
「問題はそこじゃない。いいか、目標を達成したい時は、目的地から逆算するんだ。お前のふざけた目標は一体何だ? もう一度口に出してみろ」
「えっと、私がレオン殿下と別れて、セレティアが殿下とくっついて……それから、私が殿下に嫌われることですわ」
「何度聞いてもアホらしいな。まあいい。それじゃあ、愛する殿下がお前に送った指輪を……どうすればいいと思う? いくらでもやりようはあるぞ。少なくとも、俺の素晴らしい魔石コレクションより使えるはずだ」
ロザンナは少し思案して、何かを思いついたように目を見開く。
「確かに使えますわね! さすが先生、驚きましたわ」
「これくらいのこと、自分で考えついてくれないか」
「いいえ、アッシュ先生……あなたは意外と、人にものを教えるのが上手ですわ。自信を持って。教師なんて向いているんじゃないかしら」
「だから俺は今教師をしているんだろうが!」
「あ、ありがとうございました。また来ますわ!」
わなわなと震える手をかざして、アッシュが再び攻撃魔法を使う気配を感じたので、ロザンナは礼を言ってそそくさと部屋を後にした。
(ゲームの時は思わなかったけど、実際会ったらなかなか面白い人でしたわね)
普段のアッシュが冷血人間らしく見えるからか、感情を荒立てるアッシュを見るのが何となく新鮮で、ロザンナはついアッシュをからかってしまうのだった。
そうして後日。
女子寮のセレティアの部屋の前に、ロザンナはエミルを連れてやってきた。その手には、指から外した指輪を持っている。
ロザンナは周りに人がいないか確認しながら、エミルにセレティアの部屋の鍵を開けさせていた。皆、食堂で夕食を取っている時間帯だ。まだ部屋に戻る者はほとんどいない。
「でもロザンナ様。どうしてセレティアの部屋なんかに忍び込むのですか?」
「いいから早くなさい。あなたは黙って私の言う通りにして、私のすることをそばで見ていればいいの。そうして、何かがあった暁には、自分の正しいと思う心に従いなさい。いいわね?」
ロザンナのふんわりとした説明に、エミルはしばし考え込んだが、ふいにはっとした表情になると、どこか納得したように頷いた。
「わかりましたわ、ロザンナ様。私を信頼してそこまでおっしゃるのであれば、これ以上無粋なことを言いません。では……【風の精よ、いたずらを】」
エミルが魔法を唱えると、鍵穴から緑の光が部屋へと入っていった。しばらくすると、部屋の向こう側でカタン、と鍵がひとりでに開いた。
単純な計画だ。
ロザンナがエミルの前でレオンからもらった指輪をセレティアの部屋に隠し、そして指輪を失くしたと騒ぐ。ロザンナはあらぬ濡れ衣を着せてセレティアを責めるが、指輪は何故か心当たりのないセレティアの部屋から見つかってしまう。
泥棒聖女セレティア、汚名を着せるのに成功するロザンナだが、もちろん、一部始終を見ているエミルは、いずれ黙っていられなくなり、ロザンナの言葉通り「自分の正しいと思う心に従」って、レオンに事の次第を伝えることだろう。
そうすればロザンナの企みは露わになって、評判は地に落ちる。レオンからも愛想を尽かされることだろう。
(完璧な没落計画……! 一分の隙もありませんわ! 殿下も私を見損なうこと間違いなし!)
最後に廊下に誰もいないことを確認すると、二人はセレティア不在の部屋へと忍び込んだ。
しかし二人が無人のはずのセレティアの部屋で目にしたのは……
仮面を被り、ナイフを手にした、謎の男子生徒だった。




