6. 闇の教師を仲間に引き込んでしまえば
ロザンナは寮の私室で頭を悩ませていた。手にはレオンの言いつけどおり身に着けた、指輪が輝いている。
「もらって嬉しくないわけはない、けど……ううん、ダメよ私! なんとかして断罪されるの。諦めるわけにはいかない!」
レオンに優しく甘い言葉を囁かれると、ついつい流されそうになるのは、ロザンナも自覚していた。
むしろ、ここ数年それに耐え続けた自分は凄い方だとさえ思っている。本来だったら誰もが羨むような状況なのだ。
しかし、この世界に来た以上は、たった一度も推しのノックスに会わないまま一生を終えるなんてありえないことだった。
「ノックス様とロザンナの、知られざるロマンス……それを特等席で見る権利があるのよ。そんな限定エピソード、何を犠牲にしたってプレイしなきゃ!」
誰にも理解されずとも、あれほど入れ込んだ推しなのだ。一目見るまでは文字通り、死ねない。
「かといって、セレティアに怪我させたりとかはできないし。今できること、何か、何か無いかな……」
そこでふと、閃いた。ロザンナが唯一、この世界の人たちと違う、明らかに有利なものといえば、すでにゲームで得た知識があるということだ。
「そうだ! アッシュ先生!」
アッシュ・ロンバリーは、攻撃魔法の講義を担当する教師だ。
ゲームではセレティアの攻略対象でもある、眼鏡をかけたいかにも知的な冷たい印象のその教師は、ロザンナの父に借りがあるため、ルートによってはロザンナに脅されてセレティアへの嫌がらせに手を貸してしまう。
まだアッシュはそんなことなど露知らず、いつも通りの教師生活を送っているはずだ。しかしロザンナが声をかければ、ロザンナの目的を達成するのに力を貸してくれるに違いない。
「完璧……完璧な計画だわ」
ロザンナはすでに断罪追放が確定したと思っていたので、ここまでアッシュには声をかけなかったのだが、もはやそんなことを言っている場合では無くなってしまった。
ロザンナは翌日、授業を終えると早速アッシュの仕事部屋へと訪ねて行った。
「どうぞ」
そっけない声が扉の奥から響き、ロザンナは入室した。なんだかんだ言いつつも、慣れ親しんだゲームの世界の登場人物と話すときには、少し心が躍る。
「ごきげんよう、アッシュ先生」
手狭な部屋は綺麗に整頓されていて、机に置いてあるノートと羽ペン以外のものは全て引き出しや棚に収納されていた。鞄やコート一つ見当たらない。そのせいで、目につくのは両側の壁にある本棚にびっしりと並べられた本だけだった。
「君は……確か私の講義を受けていたな」
「私、ロザンナと申します。幼いころよく遊んでいただいたこと、覚えていただいていると嬉しいのですが」
「あぁ、あの公爵の……何の用だ?」
あまり好印象では無いようだ。アッシュは眉をひそめて、眼鏡の位置をくいと黒手袋を付けた指で正す。鋭い眼光と、短い光沢のある黒髪を見て、ロザンナは気高いカラスのようだと思った。
「お父様とは複雑な関係のようですわね。でも、私は違います。ただの教えを乞う、いたいけな生徒に過ぎませんわ」
「スピナール家の者は抜け目無い。たとえ乳臭いガキでも油断はできないな」
「まぁお下品ですこと。そんなことを言われたら、口を滑らせてしまいそうですわ。あなたの学生時代の、重大な秘密を……」
「なっ……このガキ……!」
無表情が崩れて、アッシュの顔が引きつる。それほどアッシュにとっては、痛いところを突かれたということだ。
「あのアホから何を聞いたか知らないが、ちびっ子が遊びで口に出していい言葉ではなかったな?」
公爵をアホ呼ばわりするのも大概のことだが、それ以上のことが起きていた。
アッシュの言葉とともに、黒い灰のような煙が渦巻き、部屋を壁側から囲むように充満していく。
(えっ、いきなり攻撃魔法!? 死ぬタイプのバッドエンドは困るわ、私は追放されたいだけなのに!)
内心ロザンナは焦りに焦っていたが、平静を装って一歩、一歩とアッシュに近づく。
「弱い犬のようにキャンキャン吠えて、スピナール家の娘を退けられると思わないことね。学園内の攻撃魔法は全て校長室の魔石に記録されている。子供だましの脅しは効きませんわ。私と心中したいなら話は別ですが」
ロザンナは手を振り上げるアッシュに机越しに近づき、その黒いネクタイを引っ掴む。
「脅しだと思ってるのか? 大人を舐めるなよ」
「子供を舐めないことですわ、先生? 脅されているのは先生の方。そして牙は敵を貫く寸前まで、見せないものですわ」
ロザンナの口からすらすらと言葉が出てくるのは、やり込んだゲームの他でもないロザンナ自身のセリフだったりするのだが、この世界ではそういう言い回しの方が効果的なようだった。
とげの形をなし始めていた闇魔法は急速に引いていき、やがて塵になって消えていく。降参の合図だ。
「はぁ、最悪だ……これだからスピナールとは関わりたく無いんだ。親子二代でよくもまぁ。それで? 何をしろっていうんだ?」
「ふふ、話が早くて助かりますわ」
ロザンナは勿体ぶって部屋の椅子に腰かけた。内心では心臓がばくばくと破裂しそうな勢いで鳴っていて、ばれないように必死で呼吸を整えていた。
「先生にもおわかりでしょう? 他でもない、聖女セレティアのことですわ」
「なるほどな。ガキらしく色恋沙汰か。それで? 暗殺? それとも呪い? 毒でも盛るのか?」
「なっ、何を言ってらっしゃるんですの!? そんなこと絶対ダメですわ! それでも教師ですかこのお馬鹿!」
「はぁ?」
天下の暴虐公爵令嬢が自分のような大人を脅すからには、てっきり血でも流れるかと思っていたアッシュだったが、予想と違う反応が返ってきて思わず首を傾げる。
「ではアレか。セレティアとお前の婚約者の仲を台無しにする、か? それなら容易い。いろいろと使える物がある」
「違うって言ってるでしょ!? 何言ってるのよこのポンコツ教師! 逆よ逆!」
「逆……?」
「殿下と、セレティアを、くっつけるの。わかる? ここと、ここが、こう。私はこっち」
手と手を合わせて、セレティアとレオンがくっつくことを示した後、遠くに指を立てて、自分を示す。アッシュも言っていることはわかるが、意味は分からなかった。
分からないままだったが、ついさっき大人に怖気づかず脅しをかけてきた悪役令嬢ロザンナの姿はそこには無く、年相応に騒ぐ面白い女が一人いるだけだった。
アッシュはその変化に、思わず吹き出してしまった。
「な、何が面白いんですの?」
「お前だ、お前。まあいいさ。協力してやる。だが、分かってるな。俺の秘密が漏れようものなら……【暗き闇よ、貫け】」
ズン、と天井から黒い杭が勢いよく生えて、ロザンナの座る長椅子の、座っていない片側を貫き壊した。
「ぃっ……!!!?」
ロザンナの閉じたままの口から抑えきれなかった驚きの悲鳴が漏れた。
「その時は俺も失うものは何もない。ゆめゆめ忘れんことだ」
「もちっ……ろんですわ」
驚きのあまり呼吸が止まっていたロザンナはようやく声を吐き出すと、かろうじてそう答えた。
攻撃魔法は記録され、そのうちだれかがすっ飛んでくるだろうが、誰も傷つけていないのだからアッシュはうまく言い逃れるのだろう。
ロザンナはそんな危険を冒したが、そのかいあって、魔法学園の教師という、有用な協力者を得ることができた。
「で、まずは何をすればいい?」
「珍しい魔石を多く持っていらっしゃると聞きましたわ。全部、私に下さる?」
にっこりと笑うロザンナを見て、アッシュは頭を抱えた。




