5. 笑ってる時が一番怖いんだから
時は現在。断罪されるはずの舞踏会で、なぜか指輪を贈られて同級生たちから祝福されてしまったロザンナは、攻撃魔法の講義を心ここにあらずで聞いていた。
隣に座るのはもちろんレオン。同じ講義を取っている時は、ロザンナがレオンの隣から離れるのは難しい。周りの生徒達は二人を見ては興奮したような表情を浮かべてひそひそ話をするのがお決まりだった。
(芸能人っていうのはこういう心地だったのかしら……)
確かに、ロザンナもそうした周りからの視線に少し喜んだ時期もあった。時期国王と、その婚約者のカップルだ。羨望も、嫉妬もあるだろうが、注目の的であることには変わりない。
しかしそれが二回、三回、いや八回、十回、百回、三百六十五日と続いていけば、かえってうんざりしてくるものだ。
(はぁ、一体どこで間違えたのかしら)
ちゃんとエミルをそばに置いてセレティアをいじめてきたし、レオンに汚い性格を見せつけて、うまく避けて来たはず。
セレティアの命に危険が及ぶような度を越した嫌がらせにはさすがに踏み切れなかったが、逆に指輪を贈られるほどレオンと仲が深まっているのは、何かがおかしい。
(一体私の知らないところで、何が起きているんだろう? とにかく、なんとか卒業までに断罪追放されなくてはなくては。でないと、ノックスに一目会うことすらできないんだから)
気が付けば講義が終わっていて、担当のアッシュ先生が教室を出ていくのをロザンナは頬杖をつきながら見守っていた。
「物憂げな表情も絵になるね、ロザンナ」
「で、殿下? いつからそうしていたのです?」
気づけば、レオンはロザンナの横顔を、静かにずっと観察していた。声をかけられてようやく気が付いたロザンナは、頬を赤らめて姿勢を崩した。
「完璧な構図だったからね。今すぐに宮廷画家を読んで、君の横顔を描かせて、城に飾ろうか本気で迷ったよ」
「何をおっしゃってるんですか……冗談も程々にして下さいな」
「冗談じゃないさ。そういう切り取りたい一瞬が、君を見ているといくつも生まれるんだ。かけがえのない時間だ」
少し後ろの席から、レオンの甘いセリフを盗み聞いていたらしい女子生徒の、小さな悲鳴が聞こえた。ロザンナは盗み聞きが趣味の女子生徒たちを、早く教室から出ていけとばかりに睨みつけた。
「想像の中で出来上がった君の絵は完璧だったけど、一つだけ足りないものがある。なんだかわかるかい?」
「……? 私、なぞかけは嫌いですわ」
「ワンポイントのアクセントが欲しい。例えば、その氷柱のような美しい指に輝く、鮮やかな宝石付きの指輪とか、ね?」
「ええと、殿下……」
レオンはにっこりとした笑顔を浮かべた。
(うげ……超怒ってるぅぅ……)
そう、レオンは笑っているが、決して喜んでいるわけではない。幼い頃から何度もレオンと会ってきたロザンナだからこそわかる、怒っているとき特有の張り付いた笑顔だった。
「指のサイズに合わなかったのなら直させよう、あるいは宝石が気に入らなかったかな? 君の好みに合わせるよ、ロザンナ。だけど、もし文句が無いのなら、指輪をしてもらわなければ悲しいよ」
「えーと、決して嫌なわけではなくて、そう! 壊してしまったり、失くしてしまうのが怖いだけですわ」
「そうしたら、また新しいのを贈るよ。ある意味壊してもらった方が役に立つくらいさ。だから気にせず身に着けて欲しいんだ、わかるかい?」
にこっと、首をかしげて返答を求めるレオン。うまい具合に逃げたと思っていたロザンナは逃げ道をふさがれて焦った。
ロザンナは、レオンが不機嫌な表情の時よりも、この種類の笑顔を浮かべている時の方が恐ろしいということをよく知っていた。
(そう……私が使用人によく思われていないと知った時もそうだったわ……)
ロザンナが幼い頃、わがままの限りを尽くしたせいで、ロザンナは過去、使用人のほとんどから嫌われていた。
レオンとロザンナの前でわざとロザンナにだけ崩れたクッキーを出した使用人を見て、レオンは今と似たあの笑顔でにっこり微笑んだ。
「ねぇ、これは何? 私の前で、ロザンナに犬の餌を食べさせるつもり?」
その後、直ぐにレオンはロザンナの父に直談判した。そうしてその翌日から、数人の使用人を見かけなくなった。ロザンナとしては過去の行いもあって自業自得と思っていたのだが、実際、その日からロザンナへの些細な嫌がらせはぱたりと止んだ。
その時からロザンナは、断罪されるためとはいえ、レオンが本気の時は言葉を慎重に選ぼう、と肝に銘じたのだった。
つまりは、ロザンナはレオンに嫌われるためにこんな攻防を幾度となく繰り返して、そして何度かは負けてきた。
どうやら今回もロザンナの負けのようだった。
「わ、わかりましたわ。明日からはきっと身に着けますから……」
「だと思ったよ! あぁ、安心した。じゃあ明日からはこの手に、指輪の輝いている姿が見られるね?」
レオンはロザンナの手を取り、その指を愛おし気に、自身の指先でなぞった。
「指輪は君が私のものであるという証であり、私が君のものであるという証でもある。それをいつだって、周りの人たちに証明し続けてくれるんだ。悪い虫が付かないように……ね」
レオンは教室にまだ残っていた男子生徒を数人、睨むように見渡した。レオンに近づきたい女子生徒が多いように、ロザンナに近づきたい男子生徒もまた、大勢いるのだ。
しかしこんな様子だから、普段ならロザンナに声をかけてくる男たちも、レオンが居るときは決してロザンナに近づこうとしないのだった。




