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4. 取り巻きは腹に一物抱えているもの


「ご、ごきげんよう、ロザンナ様」

「あら、あなたは……」


 辺境の子爵家の娘であるエミルは、学園の寮で数年ぶりに再会したロザンナに、緊張したぎこちない笑顔とお辞儀をした。

 かつて父の伝手で一度だけ公爵家に招かれ、挨拶をしたことがある。それだけの縁だが、エミルにとってはこの学園で有力者と関わるたった一つの機会だった。


 将来の王妃の地位が約束され、わがまま放題に暴れまわっていると噂の公爵令嬢ロザンナが、そんな昔の田舎の低位貴族のことなんて、覚えているはずがない。

 それでも、他に当てもないエミルはそんな微かな縁故をなんとか手繰り寄せるために、勇気を振り絞って、震える手を隠しながら挨拶したのだった。


 恋愛ゴシップ好きなエミルにとって、ロザンナは煌びやかな社交界につながる唯一の窓口だ。怖がりながらも突き進む価値のあることだった。


「エミルじゃない! 久しぶりね。あなたと会えるのを楽しみにしてたのよ!」

「へっ? うぇ? わ、私とですか? 私なんかのこと、覚えてくださっていたのですか!?」


 そんなエミルの震える手を両手で掴み、ロザンナはにっこりと笑う。


 ロザンナからすれば、エミルはロザンナの取り巻きとしてゲームに何度も登場する見慣れた人物。自分の断罪を手助けする重要な役割だった。だから彼女はようやくエミルと出会えたことに安堵し、心から喜んだ。


「当たり前じゃない。 ……何言ってるの?」

「ロザンナ様……!!」


 しかしエミルの視点から見れば、顔を覚えていてくれるだけで歓喜するような相手だ。

 ロザンナはしっかりエミルの名前まで覚えていて、自分に会えて嬉しいとまで言ってくれた。

 そんなこと、エミルは予想もしていなかった。


 社交界で公爵令嬢の立場をいいことにわがまま放題と噂のロザンナ。それが、こんな風に自分だけを特別扱いしてくれている。彼女にとってはそれだけでロザンナに心酔してしまいそうになる程の事だった。


「ここでもぜひ、仲良くしてほしいわ! そうだ、部屋にいらっしゃい。使用人が持たせた焼き菓子が多すぎて、食べきれないのよ」

「ロザンナ様の私室に? 私なんかがよろしいのですか?」

「あなた、さっきから変よ。私たち友達でしょ? 遠慮しないで」

「え、ええ! ……ご一緒いたしますわ」


 当初、エミルはあまりに自分に優しすぎるロザンナが実は裏で何か企んでいて、そのうち人前で大恥をかかされて泣くはめになるんじゃないかと、本気で不安に思っていた。


 しかし、数日付き合ってみればそれも杞憂だと気づく。

 噂されているような、人を傷つけ嫌がらせするようなロザンナはどこにもおらず、かつての悪い噂は、彼女のことが気に入らない人間が流したに違いないと、エミルは確信した。


 前世を思い出すまでのロザンナが暴れまわっていたのは噂通りの事実だが、下級貴族ゆえにそれほどロザンナと会う機会のなかったエミルには知る由もない。


 そんなエミルの密かな楽しみが、ロザンナとレオンの恋愛模様を見守ることだった。

 この国最高の地位にあるカップル二人の恋模様を誰よりも間近で見られるのだから、それに比べれば毎号楽しみに読んでいた王都新聞のゴシップ記事など紙屑同然に思えた。


「おっと。お友達と楽しんでいたところだったか。出直すことにするよ」


 ロザンナとエミルが講義の後に談笑していると、レオンが近づいて声をかけてきた。そそくさと立ち去ろうとするレオンに、ロザンナより素早くエミルが応答する。


「いえ! ちょうど用事があったのを思い出したところですわ! 私の方がお暇いたします!」

「そうかい? 助かるよ」


 訓練された騎士のように素早く立ち上がるエミルに、少し戸惑いながらもレオンは感謝を述べる。こうして王子と話す機会があるだけでも、エミルの地位からすればロザンナに近づいた甲斐があるというものだったが……もはやそんな下心もすっかり消え去っていた。


「ちょっ……と、待ちなさい、エミル。あなたは気を使いすぎよ。お昼を食べるって約束だったでしょう?」


 ロザンナは一人にするなとばかりに、立ち去るエミルの制服の裾をグイっと掴む。


「うぐ……それはいいじゃないですか、ロザンナ様。せっかく気を使って……」

「何言ってるの、こういう時のためにあなたと一緒にいるんでしょ!?」

「私は二人の仲を邪魔するつもりなんて無いんですよ! ロザンナ様こそ照れないでください、せっかくの機会なんですから!」

「誰が照れてるですって? だ、だれがこんな……っ」


 二人の小声のやり取りを見て、レオンは「いやぁ、本当に仲が良くて微笑ましいなぁ」と、言わなくても声が聞こえそうな程の笑顔を浮かべている。


 二人きりになるのが照れくさいのか、頬を真っ赤に染めるロザンナ。そしてロザンナをいつだって優し気に見つめるレオン。そんな二人を見て、エミルは感激に打ち震える。


(尊い……はよ結婚しろ……)



 元々ゴシップ記事で貴族同士の恋愛模様を妄想しては楽しんでいたエミル。彼女はゴシップを読みながら、いくつかの推しカップルを応援してきたが、まさに今のロザンナとレオンはその最たるものだった。



 一方セレティアとロザンナの関係についても、エミルは妙なこだわりを持って熱い視線を注いでいた。



 ある夜、寮の休憩室の隅のテーブルで、ロザンナとセレティア、エミルの三人は世間話をしていた。


「それで、どうなのセレティア。魔法薬学の方は。無学な平民のことです、どうせ、うまくいっていないんでしょう?」

「ロザンナ様、魔法薬って奥深いんですね! 私すっかり魅了されてしまいました!」

「さすがはロザンナ様。適性を見抜く慧眼、人の上に立つ者にふさわしい才覚ですわ」


 いつものようにロザンナはセレティアに嫌がらせをしている……つもりでいるが、エミルからは回りくどいお節介を焼いているようにしか映っていなかった。

 むしろ、平民出身の娘に世話を焼く、悪い噂を囁かれているが本当は善良な公爵令嬢、という関係性に、腕を組んでうんうんと頷いているほどだ。

 エミルは男女問わず、些細な関係性を燃料にして生きている人間だった。


「大したことではないわ。それで? その、あれよ。殿下の方は、ほら、ど、どうなのよ?」


 来た! エミルの瞳が輝く。


(目を逸らしてさりげなく聞いているつもりでも、露骨に意識しているのがばればれですよ、ロザンナ様! セレティアを放って置けない割に、自分がいない時のレオン様の様子が気になって仕方ないなんて……尊い、尊すぎる!)


「……! はい! レオン殿下は無学な私にも優しく教えて下さいますわ。でも会話といえば、ロザンナ様のお話ばかりですのよ」

「えぇ? それじゃあ困るのよ。しっかりなさい、セレティア。ちゃんと殿下のお世話をするのよ?」

「はい、元々身分の違う身ですもの。分をわきまえて、適切な距離でお世話させていただきますわ!」

「いや、そうじゃなくってぇ……」


 うんうん、わかりますよ、ロザンナ様。セレティアと殿下、どちらも心配なくせに、二人がくっつきすぎるとそれはそれで不安なのですね。乙女心だなぁ……うんうん。


 今日もエミルは腕を組み、無言で静かに頷く。貴族の娘として美しい所作とは言えないが、彼女はこの上なく幸せなのであった。


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