3. 聖女と王子は、結ばれるものでしょう?
グランティア王立魔法学園。そこは魔法の使える貴族の子供たちだけが通う、魔法の習得を目的とした特別な学校だ。
突如、占いによって探し出され、聖女に選ばれた平民出身のセレティアからすれば、そこはまさに異世界。
知らない常識、マナーに溢れて、自分が何を知らないのかも、実際に間違いを犯すまでわからない。
何がわからないか、わからない。
努力家なセレティアであっても、どこを改善すればいいのかわからなければ、努力する糸口すら掴めないのだ。そして貴族たちはそれを嘲笑するばかりで、教えてなどくれない。
当然だが、貴族のマナー辞典なんてビジネス書じみた本が懇切丁寧に売られていることなどない。なぜならこの世界で平民が貴族になることなど、聖女を除けばほとんどあり得ないことなのだから。
歴代の聖女たちは役目の重責に加えて、そうした苦労を負うのが常だった。
「なんて不格好なお辞儀かしら。お辞儀はこうやるのよ! みすぼらしい平民の娘!」
「テーブルマナーも知らないの? フォークはこう置くの。はぁ……殿下が見たら失望するわよ。しっかりなさい!」
「魔法薬学の講義を取りなさい、必ずよ! あなたに向いているって、自分でわからないわけ? 愚鈍ね! 殿下も受講されるのだから、襟を正して挑みなさい!」
それは救いだった。
入学してすぐ知り合ったロザンナは、セレティアが何か大きな間違いを起こす前に、まるで未来を知っているかのように、先回りしてセレティアに貴族的なマナーを教えてくれた。
転ばないように、よろめいたら支えてくれる。そんなロザンナの気遣いを見ると、セレティアはなんとなく故郷に置いてきた母を思い出し、微笑ましく思った。
無償の愛……慈愛。
ロザンナは母が子に向けるような愛情を、身分の差など気にせず、セレティアに向けてくれる。これこそ本当に高貴な人間、貴族なのだと体現するかのように。
確かに少し厳しいが、距離を置いてあざ笑う他の貴族とはまるで違う。セレティアはロザンナのおかげで大きな恥もかかずに済み、いろいろなことを学び、ついにはロザンナに憧れ、心の底から感謝していた。
ロザンナはやたらと殿下が、殿下にどう思われるか、と言っていたが、それこそまさにロザンナがレオンを愛する証。慈愛の心をセレティアに向けながら、婚約者への配慮も欠かさない。お似合いの二人だ。セレティアはそう思っていた。
(愛すべき二人が、幸せになれますように……)
セレティアの願いは、それだけだった。
受講した魔法薬学の時間には、ロザンナが言った通り、レオンが参加していた。
レオンはセレティアに優しくしてくれた。ひそひそ話で顔を近づける様子は、周りの生徒からすれば仲睦まじく見えたかもしれない。
しかし、話している内容といえば……いつだってその講義を取っていないロザンナのことばかり。
「学園祭で、彼女にサプライズをしたくてね。何かいいアイデアはあるかい?」
「素敵です、殿下。そうだ、指輪をお送りになるのはいかが?」
「指輪か、少し露骨すぎはしないだろうか? 結婚は二人が卒業してからだよ」
「だからこそです。殿下を狙うご令嬢は沢山いらっしゃるのですよ? ロザンナ様も……そういう何か、証のようなものがあれば、安心できるはずですよ」
ロザンナがいつもレオンのことを口に出して気にしているのは、どこかに不安があるからなのかもしれない、セレティアはそう思っていた。みんなが見ている前で指輪を渡されれば、ロザンナも安心することだろう。
「証、か。少し照れくさいけど、ロザンナの親友の君が言うなら間違いないんだろう。彼女に似合うものを探してみるよ。ありがとう、セレティア」
「ロザンナ様のことなら、なんでも相談してください。でも、ここでロザンナ様の日々の様子をこっそり殿下にお伝えしているのは、秘密、ですよ?」
「ああ。もちろん。そんなことを知られたら、彼女にこっぴどく叱られてしまうよ」
二人は笑い合う。他の生徒達には会話の内容など知る由もなく、仲を深める聖女と王子の様子だけが映っていた。
だから二人が仲を深めている、という噂が学園内に広がるのも当然だったし、その噂がかえってロザンナを安心させてしまうのも仕方のないことだった。
しかし実際には、二人はいつだって、同じ一人の相手……つまりロザンナを思い浮かべて、笑顔になっていたのである。




