2. 嫉妬に狂う悪役令嬢なんて、嫌われるに決まってる
「殿下、あのセレティアとかいう女、少し生意気じゃありませんこと?」
遡ること、魔法学園入学のしばらく後。ロザンナがレオンに指輪を渡される学園祭の、一年近く前。
長期休暇中の、ある日の昼下がり、レオン王子はロザンナのいるスピナール家の屋敷を訪ねていた。
庭でのティータイムの最中に、ロザンナは悪役令嬢らしく、聖女セレティアを悪く言って、レオンからの自分の評価を下げようとしていた。
「うん? ああ、例の聖女か。彼女がどうかしたのか?」
「平民のくせに、臆面もなく! 入学式でも、殿下の方をちらちらと盗み見ていました。大方、殿下に一目惚れでもしたに違いありませんわ!」
何よりも先制攻撃。ロザンナはそう考えて、自分がセレティアを嫌いであることと、セレティアがレオンを好きであるということを真っ先にほのめかした。
実は、ロザンナが記憶を取り戻してから、入学してセレティアに出会うまでの間……すでに思惑とは違ってロザンナとレオンの関係は以前より良好になってしまっていた。
ロザンナは悪役令嬢らしくわがままに振舞ったつもりだったが、一般的で社交的な少女として生きた前世を取り戻した今のロザンナは、どうしてもそこまで他人に酷いことをし切れずにいた。
そのせいで、周りの使用人や貴族からすれば、それ以前の素行からすれば人が変わったように性格がよくなった、とさえ思われていた。
(でも、殿下はこれで、私を嫉妬に狂った嫌味な女だと思うはず。それに、殿下がセレティアに好かれていると意識させることもできたはずよ! 完璧ね!)
「まさか。物珍しくて見ていただけだろう。考えすぎじゃないかい?」
「そんなことありませんわ。あの女、絶対絶対、殿下のことが好きに違いありませんわ! 殿下だって、本当は心の底では彼女を気にしていらしたのでしょう?」
ロザンナの計画は間違ってはいなかったのだろう。
嫉妬心を示すタイミングさえ間違えなければ。
しかし、レオンはロザンナの言葉を聞いて、こう思った。
(あの高潔なロザンナが、こんなにも嫉妬を露わにするとは……正直驚いた。それほど自分のことを好いてくれているとは。可愛らしいところもあるじゃないか)
そう、ロザンナの先制攻撃はあまりに早すぎたのだ。
もし、レオンがセレティアと近づく機会が増えてからロザンナがセレティアを悪く言ったのなら、展開はゲームの通りにいったかもしれない。
しかし、レオンがセレティアを意識すらしていない中で言ってしまうのは、逆効果だった。
それ以前に、既にレオンはロザンナに惹かれ始めていた。
以前は会いに行く前にため息が何度も出るほどの相手だったというのに、ロザンナはある時から急に人が変わったかのように人に優しくなった。
重責と策略にまみれた城から、うんざりしながら外に出て……婚約者のロザンナに会えば、ロザンナは以前の彼女とも、世間で噂される姿とも全く違っていて、レオンの言葉を真っすぐに聞き、ロザンナからは嘘偽りない真っすぐな言葉が帰ってくる。
幼いころの彼女とは全く違う、少し落ち着いたロザンナとの逢瀬に、近頃レオンは癒され、ついには次に彼女に会える日を待ち焦がれるようになっていた。
そして、ついに、控えめに、しかし少しだけ感情を露わにして、やきもちを訴えるロザンナのその様子は……レオンの心をがっちりと掴んでしまった。
「安心して、ロザンナ。セレティアが私をどう思おうが、私の婚約者は君だけだよ」
「へ? そ、そう……?」
レオンは落ち着かせるようにロザンナの手を取って、微笑む。
(あ、あれ? おかしいわね。眉間にしわを寄せて、「あまり聖女を悪く言わない方がいい」とか言うかと思ったのに)
「セレティアのことは辛抱してくれ。立場上、聖女を邪険に扱うわけにはいかないんだ。けど安心して、決して私から近づいたりはしないから」
「えぇっ?」
セレティアに近づかない、というのは、ロザンナの願望とは真逆のことだった。どうしてそんなことになったのか混乱しながら、ロザンナは立ち上がって必死でそれを否定する。
「そ、それはよくないと思いますわ! 腐っても聖女ですもの!? 対外的にも、お優しくしてはどうかかしら!」
それを聞いて、レオンは一瞬驚いた後、感動したように目を閉じ首を振った。
「ロザンナ……君って人は。彼女と私が近づくのをよく思っていないのに、私の立場を考えて、そんなことを言うなんて。君の魅力はその麗しい見た目以上に、気遣いを忘れず思慮深いところだよ。私だけがそれを知っている」
どこかうっとりと見惚れたように、レオンは言う。
「そ、そうでしょう、そうでしょう!? ですから、気にせずセレティアと仲良くすればよろしいですわ! ……ですわよね?」
自分で言っておきながら頭に、はてなを浮かべるロザンナ。
嫉妬して近づかないよう言っておきながら、わかった、うん、と言われると大変困るのである。結局何がしたいのかわからなくなりながら、ロザンナはそっと席に着いた。
一方、レオンは釘付けになったかのようにロザンナの瞳を凝視し続けて、微笑む。
「大丈夫だよ、ロザンナ。心配しなくても、ずっと君だけを見てる」
ロザンナはその視線に気まずくなり、頬を染めながら視線を逸らした。
レオンの澄んだ碧眼にじっと見つめられれば、たいていの女性はそうなるのだ。
たとえ他に推しがいるロザンナでも、仕方のないことだった。




