1. 好きなキャラが人気だとは限らない
ようやくこの日がやってきました。断罪の日です。
誰が断罪されるか、ですって?
もちろんこの私、悪名高き公爵令嬢、ロザンナ・スピナールが、です。
まさに今までの涙ぐましい努力が報われる、記念すべき日となるでしょう!
私が前世の記憶を取り戻したのは、王立魔法学園への入学が迫る、十六の誕生日。その目覚めの朝だった。
思い出したのは、かつての日本で生きた記憶。
そしてこの世界が、前世でプレイした乙女ゲーム「魔法学園のセインテス」の舞台そのものであること。何より、自身がメインヒロインのセレティアではなく、悪役であるロザンナだということだ。
私は思った。
「やった! 私、ロザンナだ!」
主人公の敵である、血のような赤髪の悪女、ロザンナ・スピナールは、主人公のバッドエンド以外のどんなルートをたどっても、最終的には国外追放になってしまう。
だから普通は嫌がって当然だ。どうして私はヒロインのセレティアじゃないの? って。
でも私は変わり者の方だった。
というのも私のこのゲームのいわゆる推しキャラは、敵国であるカエデス帝国のノックスという第三皇子なのだ。
浅黒い肌に、光を少しも反射しない黒髪、心の読めない切れ長の目。そんなミステリアスな雰囲気のノックスは、私の好みばっちりだった。
しかし、彼は出番がほとんどない。いわゆるモブに近い扱いだ。
ロザンナは追放された先でノックスと出会い、彼の妻となる。彼がゲームに出てくるのは、「魔法学園のセインテス」の後継作の中で、ほんの少しだけ。
ーーー
「まだ、あの男……レオンに未練があるのか?」
「まさか!」
ロザンナは立ち上がり、とんでもない、とばかりに答える。
「しかし……」
「あの頃の私は、盲目でしたのよ。今ならわかる。私はあなたに会うために生まれて来たのです」
「……そうか」
ノックスはふっと小さく笑い、そう答えた。どこか、安心したような表情で……
ーーー
……これだけである。ノックスの出番は、たったこれだけ。
それなのに変わり者の私は、たった数行のセリフとそのビジュアル、ロザンナとの関係性だけで、とことん彼にはまってしまった。
そんなモブにハマるわけないって? いやいや、ちょっと考えてみて下さいよ!
ロザンナは、敵国の王子のかつての婚約者だ。そんな女性を妻に迎えるなんて、本当にありえないことだ。対面も悪いし、国内からの反発もとんでもないはず。
それなのに彼はロザンナと結婚して、数年後にはあんなに幸せそうに笑っている。ロザンナもかつての尖った性格はどこへやら、見違えたように美しい佇まいで彼への愛を口にするのだ。
一体どうやって出会って、どんな荒波を乗り越えたら、そんな関係に至ることができるのだろうか?
考えれば考えるほど、妄想が膨らんで止まらない。
行く当てもないロザンナを保護する者がいたのだろうか。そうして領地のどこかで、二人は運命的な出会いをしたのかもしれない。最初は身分違いと思っていたが、実は高貴な生まれとわかった、とか? それにしたって、敵国の貴族だ。あるいは、人質に使える、とか考えたのだろうか。
とにもかくにも、二人は運命的な出会いをして、荒波を乗り越えて、ようやくあんなに幸せになったに違いない。
だから私は……そこで満足しなかった。
彼とロザンナの二次創作の小説を書き、同人誌を出し、イラストレーターに個人依頼して、絵を描いてもらった。天下の公式様から供給が無いのだから仕方ない。
グッズ? モブ同然の扱いなのに、そんなもの出るわけないでしょう……? マイナーキャラ、いや、ドマイナーキャラを推すときには、覚悟が必要なのです。
ふう、ついうっかり熱く語ってしまった。一旦、落ち着こう。
と、いうわけで、前世の記憶を取り戻した私の目標はあっさりと決まった。
悪役令嬢だから、追放を免れるように? 死亡フラグを避けて行動する? まさか。
私の目標は、断罪! 国外追放! ノックスとの出会い! 私、立派な悪役令嬢になります!
下手に行動を変えようものなら、国外追放を免れてしまうかもしれない。それでは敵国のノックスには絶対、出会えない。私は何としてもノックス様に出会わないといけないのだ。
……そんなこんなで私はこれまで、悪役令嬢として清く正しく暴虐の限りを尽くしてきました。
婚約者である王子、レオンに意地汚い性格を存分に見せつけ、取り巻きの下級貴族エミルを仲間にして、ゲーム本来の主人公である聖女セレティアから恨みを買うように、とことん苛め抜いた。
私の性格からすると……まあ少し、酷いことをして罪悪感に悩んだこともあったけど、それも今日で終わりだ。
最短ルートで今日この日この場所。学園祭終わりの後夜祭の舞踏会。
ここで私は聖女セレティアへの嫌がらせの数々を告発され、王子レオンに婚約を解消される。
聖女セレティアは平民出身だけど、聖女はこの国に欠かせない、王族に次ぐ重要人物だ。
命の危険が及ぶようなことがあれば、国家の危機に至る。ゆえに彼女に対しての嫌がらせが一線を越えてしまえばその先は……
音楽がやみ、何度目かのダンスが終わる。踊りを終えた私はお辞儀をして、レオンと一度別れる。しかし、彼が私を呼び止め、ホールの中央、みんなの前へと導く。
「愛しいロザンナ。さぁみんなの前へ。話しておきたいことがある」
来た。来た来た! ついにその時が。
レオンの後ろにはセレティアが親しげに微笑みながら立っている。もはや正妻の位置を確固たるものとしているかのようだ。どうぞ二人でお幸せに!
煌びやかな照明の魔石の色を受けて、レオンの銀髪はちらちらと光る。夏空のような深い青の瞳は、相変わらず一秒も逸らされることなく、真っすぐこちらを見つめている。
推しがいると言えども、見る者すべてを魅了するようなこの美しさを間近で耐えてきた自分を褒めてあげたい。でも、その辛抱も今日までだ。
「君に、これを」
「へっ?」
思わず、素っ頓狂な声が漏れてしまった。レオンが私の前に跪いて、指輪を差し出したのだ。
そう、まさにプロポーズかのように。
しかし、学園を卒業するまで、結婚なんてできないはずだ。周りで見ていた生徒たちから、歓声と拍手が上がる。青ざめているのは私だけだ。
「もちろん、まだ早いとはわかっている。だから、お守り代わりに持っていてくれ」
「えっ、で、でも……」
「驚いて声も出ないかい?」
レオンはサプライズが成功して嬉しそうに笑う。そっと手を取り、薬指にその何重にもカットされた虹色の魔石の指輪をそっと嵌めた。サイズも何故かぴったり。
「もしかして、気に入らなかったかな?」
「い、え。驚いただけですわ! でも殿下、何かお忘れではなくて? ほら、セレティアが後ろで……」
殿下は頼りにならない。ちゃんと私を恨んでいるであろう、セレティアに何とかしてもらわないと。
「ああ、彼女はサプライズにアドバイスをくれたんだ。指のサイズもこっそりと……記憶にないかい? やり手だな」
セレティアが後ろで、えへん、と胸に手を当てる。違う違う、そんなこと聞いてない。
「そうではなくて、殿下。今日は何か、大事な話があるのではなくて? 聞いていませんか? 私がセレティアにした酷いことなどをいくつも聞かされ、それで、私に……とても幻滅されたのでは?」
レオンは首をかしげ、セレティアの方を振り返る。セレティアもぽかんとして、首をかしげる。
嘘だ……! 私はちゃんと悪役令嬢をやったはずなのに! だから今日、絶対に断罪されるはず。
どうして? どこで間違えたっていうの?
「そ、そうだエミル。あなたもついに、私に愛想を尽かしたのでしょう?」
後ろに控えていた取り巻きのエミル。本来だったら私に愛想を尽かし、裏切って、嫌がらせをされていたセレティアの証言に力を貸すはず。ちゃんと仕事をしなさい?
「ロザンナ様! 私がロザンナ様を裏切るわけがありませんわ! どうかお幸せに!」
「あなたねぇ……」
どうして裏切らないわけ? 逆に裏切らないことが私への裏切りじゃない?
「結婚はまだ先だが、みんなの前で意向を示したかったんだ。その方が、君も安心すると思ってね」
「あ……」
「あ?」
「あ……り……がとうございます殿下ぁ! 私、とっても幸せですわ~っ!」
私はにっこりと笑った。心の中では泣いていた。
これで一つ、推しのノックスから遠ざかってしまった。
しかし、チャンスはまだある。なんとかして卒業までに、殿下に嫌われ、疎まれ、断罪されてやる!
この私、悪役令嬢ロザンナは、決して断罪を諦めない!




