32. 誰も知らない次のシナリオ
ノックスの陰謀を阻止してから、数日後。
その恐ろしい計画は白日の下に晒され、それを未然に防いだレオン、ロザンナ、そしてエミルとセレティア……最後にカロンは、若くして英雄として称えられ、正式に王家と学園から表彰された。
外交ルートを通じてグランティア王国からカエデス帝国には抗議が申し入れられたが、帝国側の返答はノックスなどという皇族は存在せず、我が国は関知しないとの一点張りだった。
カロンの傷は回復に向かい、毒による後遺症も見られなかった。
ノックスの言葉通り、カロンによるセレティア襲撃事件は、素顔を見られていないこともあってノックスの仕業ということで片付けられた。
一件落着。
……残された問題と言えば、レオンがロザンナの無茶な計画に力を貸した、埋め合わせの約束だけだった。
ある日、ロザンナはレオンに、校舎の屋上へと呼び出された。
そこはまさに、ロザンナがレオンに、婚約の解消をお願いした場所だった。
(どうしてまた、こんな、いい思い出のない場所に呼び出されたのかしら……もしかして、殿下は意趣返しに私との婚約を改めて解消するつもり!? そうだわ。そうに違いない! あれだけ殿下を散々振り回したのだから、きっと恨まれているに違いないわ!)
ロザンナは勝手に意気消沈しながら、昼間の屋上へと、とぼとぼ歩いて出て来た。
「よく来たね、ロザンナ。おいで、ここは昼に来るといい景色だよ」
「殿下……埋め合わせをしてもらうって、そういう意味だったんですのね。だからってわざわざこんなところで言い渡すなんて、あんまりですわ」
「はは、これは何か勘違いしているときの……思い込みロザンナだね。いいから座って」
最近のレオンは、以前よりも思ったことをそのまま口にするようになったし、ロザンナに対してあまり遠慮をしないようになってきていた。
ロザンナは言われるままに、レオンのすぐ隣に座った。
「埋め合わせ、だけど、何をされるかわかっているよね?」
「何をされるかって……? ま、まさか婚約解消だけでなく、ここから突き落とすつもりですの!?」
「ロザンナは本当に想像力が豊かだね……」
あまりに察しの悪いロザンナに、怒った時の例の笑顔を浮かべてレオンは顔を近づけた。
レオンはロザンナの顎に指を添えて、無理やり自分の方を向かせた。ロザンナが見透かされそうでつい視線を逸らしてしまうその瞳に、強制的に吸い寄せられる。
「私は君のことが知りたいんだよ、ロザンナ。ノックスの計画を暴くために、演技をしてほしいと私に説明した時、ノックスの計画を知るまでのことを教えてくれたね。でもその中に不可解な点がいくつかあった」
「そ、それは、カロンと一緒に色々と……」
「それだけじゃ埋まらない穴がたくさんあるんだ。まるで、君が何が起こるか知っていたみたいに、ね。君が別人みたいに変わったことと、何か関係があるんじゃないか?」
「ぅえ~~? そ、そうでしょうか~? なんやかんや、どうにかこうにか、なっただけじゃないですかねぇ~?」
「君は本当に絶望的に、嘘とか演技がへたくそだね……」
レオンは肩をすくめた。そして真剣な表情で、改めてロザンナにお願いした。
「全部正直に話して欲しいんだ。君のことを。昔はただ、君が傍にいてくれればいいと思ってた。でも、今はもっと、君のことをちゃんと知りたい。ちゃんと知って、その上で、ずっとそばにいて欲しいんだ」
レオンはじっと、ロザンナを見つめた。ロザンナもそんな顔をされては、誤魔化すこともできなかった。
「もし、荒唐無稽で、とうてい信じられない話だとしたら?」
「それでも、君の口からちゃんと聞きたいんだ」
「でも変な奴とか、頭がおかしいって、思われるかも……」
「必死で私とセレティアをくっつけようとしていたんだから、まともな理由じゃないだろうね」
「やっぱり! 絶対信じてくれませんわ! 話したくないですわ!」
「いいから、ほら。君に妙なところがなかったら、私は君に、こんなに惹かれていないんだから」
レオンはそうして、ロザンナが話してくれるのをじっと待った。
「ああもう! わかりましたわ。後悔しても知りませんわよ……あれは、十六の誕生日のことでしたわ」
そうしてぽつぽつと、ロザンナは話し始めた。
ある少女がいかにして、婚約者と破局して追放されるなどという、無謀な計画を立てたのかを。
そんな奇妙な計画をすべて伝えきるには、少し時間がかかることだろう。
ーーー
この世界の元になったゲーム……「魔法学園のセインテス」には続編がある。
セレティアが卒業した後の魔法学園を舞台にした、また別の貴族の物語である。
しかし、その知識はもはや、ロザンナの役には立たない。なぜなら、この世界は既に、別の道を歩み始めたからだ。
ロザンナはレオンと並んで、王都にある城を歩いていた。
もちろん、レオンの妻として。
二人の仲の良さは、王国じゅうに知れ渡るほどだった。
家臣たちは二人とすれ違うたび、恭しく挨拶をする。
「あなた、セレティアの巡礼は問題なく進んでいるのですよね?」
「ああ、つつがなく。この国の結界も安泰だ。エミルも同行して、旅の様子を新聞に寄稿しているようだね」
「エミルったら、各地の名物料理の話ばかりで……セレティアのことなんて少ししか書いていませんのよ」
「彼女らしいな。土産を楽しみに待とうか」
二人が城からつながる訓練場にさしかかると、騎士団の兵士たちが朝から模擬戦の訓練をしているようだった。木剣で打ち合う音が、心地よく響いていた。
「来たな、おしどり夫婦」
責任者らしき男が、無礼も気にせず木剣の先で二人を指し示した。
「たまには王子殿も参加したらどうだ? 腕がなまっちまうぞ」
「またの機会にするよ、カロン。日々鍛錬している君に叶う気はしないな」
「負ける気しないって顔でよく言うぜ」
カロンは回復すると、レオンの護衛として騎士団の一員に取り立てられた。その後、王族への政敵からの暗殺を防いで手柄を上げ、今では騎士団の副団長にまで昇り詰めていた。
「まさか、こんな展開になるだなんてね」
カロンと別れた後、ロザンナは感慨深げに呟いた。
かつて思い描いた未来とは全く違っていたが、ロザンナは幸せだった。
「この先の未来のことも、少しは知っているのかい?」
「いいえ、レオン。続編の設定からガタガタですわ。この先は何が起きるかさっぱりです」
「怖いかい?」
そう問われ、ロザンナは首を振った。
「まさか。次は何が起こるやら。何も知らないっていうのは、こんなに楽しいんですのね!」
ロザンナはレオンに身を寄せ、レオンはロザンナの肩を抱いた。
二人がこの先どんな人生を歩むのかは、誰にもわからない。
しかしロザンナは、そんな不確定な未来を、かつて必死で別れようとしたレオンとともに支え合って生きていくのは、疑いようもないことだった。




