31. 聖女の奇跡
「身体が……軽く!?」
セレティアは、まとわりついた重い鎖がはじけ飛ぶような感覚を覚えた。悪寒や吐き気、倦怠感が一気に消える。
それと同時に、ここ最近うまく使えなかった光属性魔法が、溢れんばかりに身体から放出されて、辺りを白く照らし出していた。
「セセセ、セレティア!? いったいどうしたの! いや眩しっ!」
エミルは神々しい光に包まれるセレティアを見ていられず、思わず目を腕で覆い隠した。
「これは……いままで束縛されていた分の魔力があふれ出すかのようです……!」
魔力の奔流と同時に、セレティアは言い知れぬ万能感を覚えた。
「もしかしたら、今の私なら!」
そう言うと、セレティアは倒れ込んだカロンの元へと駆け寄って、その傷口に両手を当てた。
「【聖なる光よ! 命を蝕むものを祓え!】」
オーラのようにセレティアを包んでいた光が、その手元に集中していく。それはやがてカロンの傷口へと流れ込み始めた。
痛みに速くなっていたカロンの呼吸が、段々と落ち着いていく。
それと同時に、セレティアの身体を包んでいた光は少しずつその眩しさを失っていき、最後にはいつも通りに消えていった。
「成功……したのかしら」
ロザンナ達が駆け寄ると、カロンは穏やかな顔で意識を失っていた。呼吸はしていて、苦しそうな様子もない。
同じ毒を受けたノックスが苦しみもがいた後、不安定な姿勢で全く動かなくなった様子とは、対照的だった。
「すごいですわ、セレティア! 彼を治してくれたのね!?」
「うまくいったのかわかりませんけど……一応お医者様に見せた方がいいかも」
セレティアは手に着いたカロンの血をどうしたらいいかわからず、ぶらぶらと幽霊のような手の形をしていたが、エミルに渡されたハンカチでそれをぬぐった。
レオンは上着を脱ぐと、それをカロンの腕へと巻き付け、手際よく止血した。
「さすが聖女、といったところですわね」
「いえ、こんなのたまたまで! 呪いの力から解放されて、一時的に力が高まったみたいです。普段は絶対こんなことできませんから!」
「まあ、これからさ。じき専属の講師が付いて、聖女だけの講義も始まるはずだ。結界や癒しの力は、君だけのものなんだ。誇っていい」
レオンの言うとおり、セレティアが本気を出せば奇跡のようなことが起こるということは、ロザンナも前世の知識で良く知っていた。
(本来は、カロンの呪いを解くのも、ロザンナが仕掛けた毒を自ら癒すのも、セレティアの聖女の魔法だものね)
これが主人公の力というものだ。
敵であればずるいと感じるだろうが、味方にいればこれほど心強いものはない。
(殿下もセレティアを見直したはず。これで二人が近づけば……って、ああ、そうだった)
ロザンナはすぐそばに転がっている、無残な元推しの遺体の元へ歩み寄る。
見開いた目をそっと閉じると、ロザンナもまたハンカチを取り出し、ノックスの顔を覆い隠した。
もう、レオンとセレティアをくっつける必要も無ければ、ロザンナに運命づけられた、かつて恋した推しも、この世には存在しない。
ロザンナも助かるものなら命を助け、正式に裁きを受けさせたかったが、彼を助ける時間はさすがになかったようだ。
「哀れな男だ。別の生き方もあっただろうに」
レオンもロザンナの傍に寄り添い、ノックスの亡骸を見下ろした。
「寂しいかい? 君は優しいからね」
「何も感じないと言えば、嘘になります。殿下のおっしゃる通り、何かが違えば、幸せに一生を過ごした方だと思いますわ」
自分に前世の記憶が戻る、などというイレギュラーが起こらなければ、世界はゲームの展開のままで、ノックスが学園に来て死ぬこともなかったのではないか。
追放されたロザンナと、末永く暮らしていたのではないか?
そんな哀しい考えが、ロザンナの頭をよぎった。
そう考えると、急にロザンナは胸の奥が苦しくなった。
「君が罪悪感に苛まれることは無いさ」
まるでそれを全部察したかのように、レオンはロザンナの背中にそっと手を添えた。顔を上げると、レオンはいつもと変わらない澄んだ瞳で、ロザンナの心の奥を見透かしているようだった。
「ええ。そうですわね。ここは何でもやり直せる世界じゃない。一度きりの人生ですもの」
二人は寄り添って、カロンを見守るセレティアの元へと戻った。自然と騒ぎにつられて人が集まり始めていたが、エミルは念のため教師を呼びに行ったようだった。
「ルーク……いえ、カロンさんは落ち着いていますよ」
セレティアの膝に上体を預けたカロンは、腕の傷こそ癒えていないものの、致命的な毒による影響はすっかり無くなったようだった。
「殿下、その、カロンの処遇については……」
「わかっているさ、ロザンナ。君が彼を救いたかったから、危険を冒してこんな手段でノックスを追い詰めたんだ。結果的に、彼は自らの命を犠牲にセレティアを救おうとした。国の英雄だよ」
「でも、一度、彼女を襲おうとしたことは誤魔化せるかしら」
「ノックスという巨悪が白日の下に晒されるんだ。どうにかこじつけてなすりつけるさ。こういう手続きは得意でね。とにかく、君は気を休めて。十分頑張ったのだから」
「そう、ですわね……どっと疲れたような感じがしますわ」
「ああ、だけど。一つだけ、やってもらうことがあるよ」
「ええ、何でしょう? なんだって致しますわ」
そうはっきり答えたロザンナに、レオンは意味深な笑みを返した。怒っているときとは少し違うが、似た種類のものだった。
ロザンナは急に背筋に寒気が走った。
「埋め合わせ。覚えてるよね? なんだってする、かぁ。ふふ、楽しみだな」
「で、殿下!? 私だって、できることとできないことが」
「そうかな、私が知ってるのは、君が約束を破るような人じゃないってことだよ」
「それはっ……!」
ロザンナの反応を楽しむように笑うと、レオンは駆けつけた教師たちのもとへと、事情を説明するために立ち去って行った。
「楽しみですね! 埋め合わせ!!」
「お黙り、このポンコツ聖女!!!」
セレティアにまでからかわれて、ロザンナは顔を真っ赤にしてそう叫んだ。




