30. きらめく凶刃
「もういい。うんざりだ」
雨の降り注ぐ曇天を見ながら、仰向けに横たわったままのノックスが呟いた。
「どちらにしろ君は逃げられない。無駄な抵抗はやめて、大人しく捕まるんだ」
「殿下、ノックスは……どうなってしまうの?」
覚悟はしているものの、ロザンナはレオンにそう尋ねた。
「停戦中の敵国の第三皇子だ。仮に処刑などすれば、戦争は避けられない。しかし、彼のカエデス内での立場はそれほどいいものではなさそうだ。仮に彼が本国に切り捨てられれば……それに関しては、本人の方が詳しいんじゃないかな?」
「どこまでも腹の立つ奴だ……はは。政争相手が勝手にやらかしたとあれば、奴らにとっては好都合だろう。だから俺は賭けに出たんだよ。一世一代の、な。そしてまだ、負けてない」
ノックスはそう言うと、わき腹を押さえたまま立ち上がった。
「【呪術方式853、影剣山。実行】」
ノックスが早口で小さく呟くと、森の木々が落とした影から、一斉に黒い棘が生えて、レオンとロザンナに襲い掛かった。
「危ない!」
レオンがロザンナを抱き締め、自分を盾にするようにと背中を森の方……棘の切っ先へと向けた。
「【茨よ、邪悪なるものを地に縫い付けよ!】」
ロザンナはレオンに逃されながらも、手をかざして魔法を唱えた。影の棘と同じように地面から生えた茨が、棘に巻き付き、縛り付ける。
縛り付けられた影の棘の伸びがゆっくりになり、勢いが殺される。その尖った先端はレオンの背中のすぐそばまで来ていたが、今にも突き刺さりそうなところでぎりぎり止まった。
「助かったよ、ロザンナ」
「無茶な真似はよしてください、レオン! ……でも、ありがとう」
しかしその時、レオンの肩越しに、ノックスが森へと駆け込むところが見えた。
「殿下、ノックスが!」
ノックスは薄暗い森の影へと飲み込まれながら、最後に言い残した。
「私に誰も振り向かないのなら……最後に一度振り向かせてやる。この世界を!」
「何をする気だ!」
レオンが素早く追いかけたが、ノックスの体は呪術によって影に消えていった。
「無駄なあがきを!」
「殿下、どこに潜んでいるかわかりませんわ!」
ノックスは未だに毒付きのナイフを持って、木々の影に潜んでいるかもしれない。ロザンナは森に近づこうとするレオンの手を掴んで、両手で遺跡側へと引っ張り引き留めた。
「しかし、見過ごすわけには!」
すると、ノックスが逃げていったのとは反対側から、また一人、別の者が現れた。
「呪術で追跡する! 間隔をあけて後をついてこい!」
「カロン、どうしてここに!?」
計画を話してもいないカロンが、近くに潜んで成り行きを見守っていたらしい。
ロザンナはレオンを信頼してカロンのことを打ち明けたが、その後、レオンが彼と会うのは初めてのことだった。
「【呪術方式853、影移動。実行】」
カロンはノックスを追うように影に潜ると、森の方へと向かったようだった。ほどなくして、カロンが通った後に仄かに証明用の魔石が光った。そしてまたしばらくすると、その先で再び魔石が光る。
「ついてこい、ってことだろうな」
「行きますわよ! 殿下!」
「お、おい! 君はここで待て! あぁもう……!」
真っ先に追いかけたロザンナを、ノックスもすぐに追いかけ、二人はカロンについて森を駆け抜けた。
「この方角は……女子寮か!」
「ええ。職員室との二択でしたが、女子寮が先のようですわ! 急ぎましょう、あの子たちに何かあっては!」
セレティアも、エミルも、ロザンナが提案した演技に協力してくれた。その後は、セレティアの体調も鑑みていつも通りに寮で過ごしているはずだ。
後のないノックスが何をするかわからない。彼女たちにも危険が及ぶかもしれない。
森を抜けると、カロンの後姿が見えた。その先に、わき腹を押さえながら走るノックスの姿もある。それだけではなかった。なんとノックスが進む女子寮の入り口には、エミルとセレティアが立っていたのだった。
「彼女たちは何をしているんだ!?」
「わかりませんわ! セレティアは体調不良なのに!」
エミルとセレティアは、事情を知っていたため、無理を押して寮の外でロザンナ達の帰りを待っていたらしい。
泥だらけで傷を負って駆けてくるノックスを見て、二人は大体の状況を察した。エミルはセレティアを後ろに下がらせて、魔法を唱えた。
「何が何だかわかりませんが、セレティアには近づかせない! 【風の精よ、踊れ!】」
突風が吹き抜け、ノックスは軽々と空中に浮いて、吹き飛ばされた。地面をごろごろと転がり、ついに追いかけるカロンの後ろにまで飛ばされた。
「クソ……が」
「無駄なあがきはよせ、皇子陛下」
「裏切り者が。祖国に忠誠心は無いのか」
立ちはだかるカロンに、ノックスは吐き捨てるようにそう言った。
「あいにく、祖国は俺に優しくなくてな。恨みはあれど愛国心は無い」
「は、はは。カエデスは弱肉強食なんだよ」
ノックスは立ち上がりながら、ナイフを構えた。切りかかるのかと思い、カロンは対峙して、同じようにナイフを構えた。
「何を考えてる? もうできることは何もないぞ」
「恨みを晴らすんだよ!」
しかし、ノックスはナイフを素早く振りぬいて、勢いよく投げた。
それはカロンを狙ったものではなかった。
その後方に立っている、聖女セレティアを狙ったものだった。
毒付きのナイフ。
おそらく、当たればセレティアは死ぬ。
呪いで弱ったセレティアは反応しきれないだろう。カロン越しにノックスを見ているエミルも、距離的に、見てから魔法を発動して防ぐのは難しい。
ナイフが真っすぐ飛んでいく。
しかし、それはセレティアよりもはるか前に、目の前に躍り出た、カロンの腕へと突き刺さった。
「カロン!?」
追いついたロザンナが、叫ぶ。
「ふっ、のろまめ。全部俺が片付けちまったぞ」
カロンはそう言ってロザンナの方を見て、にやりと笑うと、腕に刺さったナイフを引っこ抜いて、立ち尽くすノックスの胸へと勢いよく突き立てた。
「ぐあぁあっ! こ、このっ……愚か……者がっ! 聖女さえ……聖女さえ殺せれば、我がカエデスは、この俺はぁぁあ!」
叫びながら、ノックスは地面に転がり、毒の苦しみにのたうち回った。
同じ毒を受けたカロンもまた、静かにその場に膝をついて、最期の時を待った。




