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29. ロザンナの答え


「それでは、一応、答えを聞きましょう。私とともに来るか、それとも、ここで無様に死ぬか」


 聖女の遺跡で、後ろからノックスにナイフを突きつけられながら、ロザンナは最後の答えを迫られていた。


「ノックス様。私はあなたと……運命を感じていましたわ」

「やはり、あなたもそうだったのですね」

「けれど、運命の人とはそう容易く結ばれ得ない。そうでしょう? 絡みついた蔦を断ち切って、ようやく手を取り合える。だけど、絡みついた蔦は……蔦なんかじゃなかった。私にとって、最も大事なものだったのですわ」

「まさか。レオン、あの男か? 裏切られ、虐げられたというのに?」

「いいえ。彼は絶対に私を裏切らない。どんなに私が……無様で、ひどい女でも。彼は私を認めてくれる。だから私は、私で居られる。私が私であるために、私の人生にはレオンが必要なの」


 ロザンナは自分の言葉を確かめるように、たどたどしく、しかしはっきりと、言った。


「私は、レオンが好き。あなたと一緒には、行けない」


 ノックスはしばし、黙り込んだ。しかし少し経って、高らかに笑い始めた。


「はははは! 傑作だ。私との運命より、そんなものを優先するとは。あの男のどこがいいというんだ! まあいい。ある意味お似合いということだ! 愚かな男には、愚かな女がお似合いだ!」


 ノックスは一人で大笑いし、そして落ち着いたころ、冷徹に言葉を放った。


「ならば、こんな学園にもう用は無い。君を殺して、魔法陣の設置を強行する。残りたった二つだ。そうすれば、全てが終わる。君の愛した人は死に、生まれた強大な悪魔が王都を蹂躙する。慣れ親しんだ景色も、今宵炎に包まれ歴史の中にだけ名前が残るだろう……!」


 ロザンナはノックスの乾いた笑いを聞いて思ったことを、素直に口に出した。


「あなたは……寂しい人ですわ。もし宿願叶って皇帝になっても、玉座の隣に誰が笑顔で立ってくれるのかしら?」

「何だと?」


 この時、初めてノックスは不快感をあらわにして、ロザンナを乱暴に自分の方へ振り向かせた。


「早まらなければ、幸せな未来もあったかもしれないのに」


 ロザンナにそう言われたノックスは怒りのあまり何も言い返せなかった。そして、ナイフを後ろへ引いて、ロザンナの腹部めがけて、勢いよく突き出した。


「【氷よ、護れ!】」


 その時、どこからともなく声が響いた。

 ロザンナの目の前に現れた、小さな氷の盾が、ナイフの先端をロザンナの代わりに受け止めた。


「何っ!?」


 想像と違う硬い感触に不意を突かれ、ノックスはナイフを弾かれ、取り落した。その隙にロザンナは、後ろに下がって、ノックスから距離を取った。


 すると、後ろから誰かがロザンナを抱き留めた。


「全く、肝を冷やしたよ。怪我は……無さそうだね」

「レオン……」


 レオンはロザンナを片手で抱きながら、右手には氷の剣を持ち、その切っ先をノックスの方へ向けていた。


「ロザンナを危険な目に合わせたくなかったが……しかし、そのおかげで、ロザンナの気持ちを聞くことができた。あの言葉は演技なんかじゃないのだろう?」


 ロザンナはノックスの誘いを断ち切るために、はっきりとレオンへの想いを口にした。レオンも見つからないよう柱の陰に隠れながら、その言葉を聞いていたのだった。


「そ、それは……殿下、今そんなことを言っている場合では無いですわ」

「いいや、大事なことだよ。でもどれが本音でどれが演技かなんて、私にはすぐわかるよ。はっきり言って……君の演技は酷いものだからね!」

「レオン!」


 こんな状況だというのに、ロザンナはそう言われ、顔を両手で覆い隠したくなった。

 ロザンナの演技でノックスはこんなにも簡単に騙せたというのに、レオンにはまるで通じないようだ。


「まぁ、しかし、君には見抜けないか、ノックス」

「ごちゃごちゃと下らないことをいつまでも……」


 ノックスはいつの間にか別のナイフを懐から取り出し、手にして構えていた。そして低い声で威嚇するようにそう言いながら、二人を睨みつけた。


「甘ったるい子供の色恋沙汰を見せられて……たまったものではないな。愛だの恋だの友情だの。ぬるま湯に浸かったグランティア王国の色ボケどもが。政争もなくさぞや平和な日常を送って来たんだろう? なぁ、レオン」

「どうかな。私は君と似たもの同士だと思っていたよ、ノックス。救いようのない現実を見ても、私の瞳が君のように曇らなかったのは、傍にそれを晴らしてくれるものがあったからに過ぎない」

「忌々しい。勝ったつもりで説教か?」

「まさか。戦いはこれからだ。今回はルール無用……敗北したら死ぬものと思え」


 ノックスはそう宣言すると、真剣な表情からロザンナを安心させるように笑いかけ、ロザンナを後ろに下がらせた。


 レオンは氷の剣を、ノックスはナイフを持ち、二人は睨みあう。


「気を付けて、レオン」


 時が止まったかのように、レオンとノックスの二人は微動だにしなかった。

 その緊張感に引っ張られ、傍で見ているロザンナさえも、呼吸を忘れるほどだった。


「【呪術方」

「させるか!」


 ノックスが呪術を唱えた瞬間、レオンは勢いよく踏み出し、最小限の動きで氷の細剣を真っすぐに突き出した。

 尖った氷の先端が、風を切ってノックスの中心を捉える。

 あまりにも速い一突きに、ノックスは無理やり身体を捩じって、無茶な態勢でそれを避けるしかなかった。ぎりぎり腹への直撃を避けて、わき腹を抉るように細剣が掠り、血が飛び散る。


「学ばない奴め!」


 しかしノックスは怯まず、肉を切らせて骨を断とうとする。大怪我を負いながらも下がらず、近づいてきたレオンにナイフを突き出す。


 その先端には、毒。

 ひと掠りでもすれば、たちまち動けなくなる。それどころか、もっと致命的な毒が塗られている可能性だってある。


 しかし、その切っ先はレオンに届くことは無かった。左手でノックスの腕を内側から弾き、ナイフの軌道を逸らすと、レオンはノックスの腹を勢いよく蹴り飛ばした。


「ぐぅっ……」


 ノックスは勢いよく吹き飛び、地面を転がった。レオンは真っすぐ横に伸びた長い脚を、ゆっくりと下ろした。


「学ばなければ何のための模擬戦だ? 確かに無様なところを見せたが……練習ならいくらでも泥を啜るさ。本番で勝てばいいんだからね」

「貴様ぁ……」


 ノックスは出血しているわき腹を押さえて、呻く。あの時の決闘と違い、今度はノックスが地面に転がり、雨に濡れた泥で汚れてしまっている。


「レオン……」


 すぐそばで命のやり取りを見ているロザンナだったが、不思議とあの決闘の時のような不安感は無かった。普段はのらりくらりと、勝ちにも負けにもこだわらないように見えるレオンだが、実際にはかなりの負けず嫌いだとロザンナは知っていた。


 ノックスと決闘した後、レオンはロザンナに少し弱気なところを見せた。それほどまでにレオンが深くあの時のことを悔いているのなら、レオンがそのまま何もせずに過ごすはずはないと、ロザンナは思った。


(きっと今回の疑惑があろうとなかろうと、レオンは次があれば必ずノックスに勝てるよう、鍛錬をしていたはず)


 そう信じているからこそ、ロザンナは今のレオンがノックスに負けるなんて不安は少しも感じなかった。


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