26. 悪役令嬢の願いが叶った日
ようやくこの日がやってきました。断罪の日です。
誰が断罪されるか、ですって?
もちろんこの私、悪名高き公爵令嬢、ロザンナ・スピナールが、です。
まさに今までの涙ぐましい努力が報われる、記念すべき日となるでしょう!
ゲームで描かれる必要もないほど、ありふれた日常の風景。
特別な舞踏会でもなんでもない、今日この日。昼時のみんなが集まる食堂で、ロザンナはその時を待っていた。
(ここで私は聖女セレティアへの嫌がらせの数々を告発され、王子レオンに婚約を解消される)
特別な日だ。ロザンナは金色に輝く宝石のついたイヤリングを身に着けて、訪れるその時を待った。
食堂の席がほとんどいっぱいになった頃、少し出遅れたレオンが食堂に入ってくる。その隣に、仲睦まじげに立っているのは、ロザンナではなくセレティアだった。すっかり元気とは言わないまでも、以前に比べれば顔色がよさそうだ。
ロザンナはそれを見て、席を立ちあがり、二人の前へと歩み出た。食堂の入り口、ただでさえ注目を集めていたレオンたちに、ロザンナが加わったことで、一層視線が注がれる。
「殿下、ごきげんよう。ところで、隣にいらっしゃる身の程をわきまえない女を、どうしてお連れになっているのです?」
あえて広い食堂全体に響くように、ロザンナは声を張り上げて言った。
レオンは険しい顔つきで、かつてロザンナに向けた魅了されたような表情は見る影も無かった。
「いい機会だ。君に話しておきたいことがある」
来た。来てしまった。ついにその時が。
「君との婚約を解消しよう、ロザンナ」
「は……?」
食堂にいる、ほとんどの生徒達が、その言葉を聞いていた。その場に集っている百人近くの生徒たちが、喋らないどころか全員、食事の手を止めていた。
「な、何をおっしゃっているの陛下。どうしてそんなおかしなことをおっしゃるのです?」
「わざわざ言わなければわからないかな、ロザンナ。君だって気づいているはずだ」
レオンの後ろに立つセレティアさえもが、今までとは違う軽蔑の眼差しをロザンナに向けていた。
「ロザンナ。君は平民出身のロザンナに、数々の嫌がらせをしてきた。そしてつい最近、最後の一線を超えてしまった」
「最後の一線ですって? 一体何のことだか、全くわかりませんわ」
「それじゃあはっきり言ってやろう。彼女の食事に毒を盛り、ついに倒れそうになったセレティアを……君は魔法を使って傷つけ、階段から突き落とそうとした」
レオンの告発を聞いて、静かだった食堂はざわめき立つ。聖女に毒を盛るなど、本来であれば厳罰も免れないことだ。
誰もが軽蔑と疑いの視線をロザンナに向け、ひそひそと、以前からささやかれている悪い噂を持ち出して、やっぱりか、と答え合わせをし始める。
「へ、陛下! その女が何を吹き込んだのか知りませんが、全くの事実無根ですわ! そうでしょう、エミル? あなたなら私のそばにいつもいたのだから、知っているはずですわね!?」
今まで椅子から立とうともせず、視線を避けていたエミルが、ようやく立ち上がった。
しかし、彼女はいつものようにロザンナの後ろに立とうとはしなかった。それどころか、ロザンナと対峙するようにレオン達の側へと立った。
「これはどういうことですの? エミル?」
立ち位置を間違っていると、ロザンナが怪訝な表情で問いかける。
「わ、私は……もう我慢できなくなったのです。ロザンナ様、いえ、ロザンナ。聖女セレティア様をいじめて、ついにはレオン殿下を裏切ったあなたに、私はこれ以上ついていけません……」
「裏切った? 何を……」
「セレティアの部屋に無断で忍び込もうとしたこともありましたね。最近では、レオン殿下を突き放して、他の男と会ってばかり。二人がいたたまれません。レオン殿下が婚約を解消なさりたいと聞き、私はあなたの悪行の数々を陛下にお伝えしたのです」
「何を! 濡れ衣ですわ、陛下! こんな下級貴族の娘の戯言を信じるとおっしゃるのですか!」
今まで自分に忠実だったエミルを下級貴族と切り捨て、ロザンナはレオンに自分の無実を訴えた。しかし、聖女の部屋に侵入しようとしたことも、近頃レオンを遠ざけ、ノックスやカロンと多く会っていたことも、紛れもない事実だった。
「私はエミルを信じるよ、ロザンナ。証拠は揃っているんだ。憲兵に突き出されないだけ、マシだと思ってくれ」
「そんな、どうか、陛下……」
ロザンナはレオンの足元に跪いて、懇願した。しかし、彼女をいつも慈しみ深く見つめていた透き通った瞳は、今や氷のように冷たく鈍い光を放っていた。
「さようなら、元、婚約者の……ロザンナ」
レオンはそう言い放つと、食事もとらずに踵を返し、食堂から立ち去って行った。
セレティアは絶望したロザンナの顔を見下し鼻で笑うと、レオンの後を小走りでついていった。エミルもまた、少しだけ憐みの表情を浮かべて、その場を去る。
かつて誰も逆らえないほどの権力を得ていた公爵令嬢ロザンナは、たった今、ついに誰からも見下され、蔑まれる存在へと堕ちてしまった。
生徒たちは崩れ落ちたロザンナを見下し、小声で噂し、誰も近づこうとはしなかった。
遠く離れた席で成り行きを見守っていたノックスもまた、動こうとはしなかった。
ロザンナは啜り泣いていた。誰も手を差し伸べようとはしない。
しかし、心の中では……笑っていた。
あれだけ願った断罪の日を、ついに迎えたのだから。




