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24. 深い闇の底で


 ロザンナとカロンは、閉館間際の図書館の地下階に、二人で来ていた。


 閉館前、最後の見回りをしている司書に見つからないようにして、薄暗い本棚の陰に二人して隠れる。


 二人がいる、古い書物の集められた地下階の置くには、物々しい鉄格子が設けられていた。その先にはさらに地下に繋がる階段だけがかろうじて見える。



 少し前、図書館のいつもの席で、カロンはロザンナにこう提案した。



「いいか? この学園は生徒たちに教育を施すだけの場所じゃない。国で最も魔法の研究が進んだ研究機関でもある。敵国であるカエデス帝国の呪術に関してもな」

「でも、呪術の研究はグランティア国内では禁止されているはずよ?」


 ロザンナの言った通り、カエデス帝国の呪術を研究することは、グランティア王国内では禁止されている。

 グランティアは魔法を扱える貴族によって統治されてきた国家であり、誰にでも扱える呪術の知識が民衆に行き渡れば、ひと昔前のカエデス帝国のように国内分裂が進み荒廃することになるからだ。


「一部の人間以外にはな。グランティアがカエデスと戦うために、ある程度の備えは必要だ。だからカエデス帝国の書物や、ここで許可を受けて研究された資料は、厳格に管理される。この図書館の禁書庫で……」

「禁書庫?」

「呪術や禁忌魔法、閲覧が禁止されている書物等々が、この図書館の地下室に保管されている。そこでなら、この魔法陣のことが書いてある書物が見つかるかもしれない……」


 他にいい案も無かったので、ロザンナはカロンの提案に乗ることにした。



 そうして今、ロザンナとカロンは禁書庫の前で息をひそめているのだった。


 魔石のランタンを持った司書が最後の見回りを終えると、図書館の照明が落とされた。真っ暗になった地下で、ロザンナはほっとため息をついた。


「無事やり過ごせたみたいね。でも、どうやってこの鉄格子の向こうに行くの?」

「こうするんだよ」


 カロンは耳元でそう囁くと、ふいに後ろからロザンナを抱きしめた。


「何してるの、急に!」

「【呪術方式853、影移動。実行】だ」


 視界が暗転して、突然、身体の上下がひっくり返ったような感覚だけがした。気づけばロザンナはカロンとともに、いつの間にか鉄格子の向こう側、禁書庫のある側へと移動していた。


「何がどうなってるの?」

「影移動は視界内の近い地点に移動できる呪術だ。密着していれば一緒に移動もできる。学校で習わなかったのか?」

「だから、グランティアでは呪術の研究は禁止なの!」

「知ってる」

「いつまで抱き着いているのよ!」


 カロンを押しのけるロザンナを見て、カロンはけたけたと笑った。

 呪術は同じ魔力を用いているとはいえ、魔法とは仕組みが違う。校内の魔法検知にも引っかからないようだった。

 カロンはロザンナが怒っていても気にする様子はなく、明かりがついた魔石を取り出すとさらに下へとつながる階段を下りた。


 図書館の最下層は、ロザンナの私室より少し広い程度の、それほど大きくない部屋だった。立ち並ぶ本棚は綺麗に整頓されていて、本はどれも分厚く年季が入っているものばかりだった。


「それじゃあ、手分けして探すぞ。時間はたっぷりあるからな」

「いつまで?」

「朝まで」

「気が遠くなるわね……」


 ロザンナとカロンは、カエデスの資料に絞って文献を探した。手掛かりはカロンが書き写した魔法陣だけだ。

 ロザンナは似た構造の魔法陣の図を見つけてはカロンに見てもらったが、どれも同じものではないらしい。カロンはともかく、魔法陣など学んだこともないロザンナからすれば、全部似たような者に思えた。


 カロンは黙々と、かなりの速さでぱらぱらと本をめくっては次の本へと進み、いつしか本棚から取り出した本が床に山積みになっていた。


「ちょっと他の場所も見てみるわ」

「あー」


 集中しているカロンからの空返事を聞いて、ロザンナは立ち上がって他の本棚を見て回った。

 そうしてカエデスとグランティアの戦史に関する本棚にたどり着き、ふと足を止めた。かつて二国の間で起こった戦争に関する資料だが、禁書に指定されるほどだから、作戦の詳細などの機密事項が含まれているようだった。


「これは……」


 ロザンナが手に取ったのは、「大量破壊呪術研究」という危険なタイトルの本だった。手に取って開いてみると、戦争中に特に大きな被害を出した、カエデス帝国の呪術に関してまとめられているものだった。


「ねえ、カロン。これを見て!」


 ロザンナはあるページで手を止めると、それをカロンに開けて見せた。


「ああ? 戦争の記述なんて……」


 最初は怪訝な顔で嫌々ロザンナの渡した本を手に取ったカロンだったが、開かれたページの内容を視界に入れると、目を見開いた。


「これか……!」


 カロンはその本で何かに気づいた割には、その本を乱暴に放り投げ、ロザンナは慌ててキャッチした。


「ちょっと、もう、何なの? 役に立たなかったってこと?」

「複数魔法陣の設置による個人への強力な呪いをあたってたが、違ってたんだ。あいつはもっとヤバいことをしようとしている。召喚だ!」

「しょうかん……?」


 カロンは目の前の本棚から一つの本を取り出して、目的のページを探した。


「だが、どういうつもりだ? 明らかに一人では魔力が足りないはずだ。いや、それはいい。まずは呪術の特定を……これだ!」


 カロンが見つけたページには、間違いなくカロンが以前写してきた魔法陣と同じものが記されていた。


「なんて書いてあるの?」

「大規模悪魔召喚の陣、だ。複数の魔法陣と数百の人間を用いて、一都市をも滅ぼしうる悪魔を召喚する呪術だ」

「何よ、それ……」


 ロザンナは愕然とした。せいぜいノックスが企んでいるのは、セレティアに害をなす程度のものだと思っていた。

 まさかノックスがこの学園から、一国を滅ぼそうとしているなどとは考えてもいなかった。


「落ち着け、落ち着け……何かが足りない。こんな規模の呪術、一人では発動できないんだ。何か見落としているはずだ」

「ノックスに数百人仲間がいるってこと?」

「数百は生贄の数だ。陣の中に一定時間居続ける必要がある。他に術者が十人は必要と書いてある。俺が知らないだけで、すでにそんなにもスパイが入り込んでいるのか? いや、俺のケースとは違って、都合のいい貴族もいない。それは不可能なはず……」

「生贄、ですって? それってつまり、生徒達のこと?」


 つまり、生贄として計算されているのは学園にいる生徒や教師、研究者たちで、そのことはカロンからすれば説明する必要もないくらい当たり前のことらしい。ロザンナはそれを聞いただけで、寒気が止まらなかった。


「他の術者なんか用意できるか? もしくは、特別な条件が必要だ。代償にできる、強大な力や、何かが……」

「……魔石」


 カロンの言葉を聞いて、ロザンナは頭に浮かんだ言葉を思わず口に出していた。


「魔石……たしかに強大な魔力を持つ魔石が大量にでもあれば、呪術に転用できるだろう。純度の高い魔石は、カエデスには存在しない代物だ。だがそんな大量の魔石なんて、どこにある?」

「学校で、習ったでしょ」


 ロザンナは反射的に、先ほどのカロンの皮肉をそのまま返したが、その顔は少しも笑っていなかった。むしろ、怯えている。今から自分が口に出そうとしていることが、ノックスのやろうとしていることを裏付けてしまうことを。


「この学園都市の下には、大量の魔石が埋まっているの。かつての古代戦争の主戦場なのよ、ここは。だから、魔法の鍛錬に向いているとして、学園が建てられたの」


 かつて、現在の貴族たちとは比べ物にならないほど巨大な力を持つ魔法使いたちが、この国で大規模な戦争を繰り広げた。


 天変地異ともいえるような巨大な魔法は、地に波を立て、海を割り、空を砕いた。そうして魔法に性質を変えられた物質が、長い年月を経て魔石となった。それらは戦いの激しかった戦地から、より多く発掘される。


「そういうことかよ……じゃあ最悪なことに、条件はすべてクリアだ」


 二人はようやく探していた答えを見つけ出したというのに、どこか呆然として、しばらくの間立ち尽くしていた。


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