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23. カロンの計画


 ロザンナが図書館のいつもの席へと赴くと、すでにカロンがつまらなそうな顔で本を読んでいた。


「セレティアが……倒れたわ」

「聖女が? 何があった?」


 追われる身ということもあり、学内の面倒ごとから距離を取っているカロンに、ロザンナはセレティアの身に起こったことを話した。


「もしかしたら、セレティアが体調を崩したのはカエデス帝国の呪いのせいかもしれない……ノックス様の仕業ではなくって?」

「おい声がデカいぞ。落ち着け。何か関係があるかもしれないが、直接的に聖女を呪うものじゃないことは確かだ」

「そうなのね……」

「呪術の力は聖女の光魔法とは対極に位置するものだ。それが直接的な攻撃じゃなくても、強大なものなら、悪い影響を及ぼすことは十分に考えられる」

「ってことは、やっぱりノックスのせいじゃない!」

「いいから落ち着け。座れ」


 居ても立っても居られないロザンナは、そう言われてようやく少し落ち着いて席に着いた。


「聖女の容体は間接的な影響によるものだ。重要なのは、ノックスが何の呪いを使おうとしているのか調べることだ。でないと、もっと恐ろしいことが起こるぞ」

「でも、魔法陣は見えなくなって、証拠は確認できないのでしょう? どうやって調べるの?」


 カロンは鞄から紙を取り出すと、机の上に広げた。そこには、見慣れない魔法陣が描かれていた。


「これは何?」

「昨晩、学園の南の堀近くに、ノックスが設置していたものだ。ノックスが立ち去った後、素早く近づいて可能な限り覚えた。完全なものではないが、主要構成要素は押さえているはずだ」

「すごいじゃない! あなたって案外やり手なのね!」

「案外は余計だろこのアホ女!」

「それで、何かわかったの?」

「いや。それだけだ」

「なんでよ! カエデス帝国の人間なんでしょう? これを見たら何をしようとしているのかわかるんじゃないの?」

「わかるわけ無いだろそんなもん。カエデスにどれだけの呪術があると思ってるんだ。俺はただの使い捨ての刺客で、呪術の学士じゃ無いんだぞ」

「何よ。じゃあ、無駄な努力ってわけ?」


 ロザンナは背もたれに反り返るようにもたれかかった。魔法陣を手に入れれば全て上手くいくかと期待してしまったが、間違いだったようだ。


「これを先生方に持っていけば……」

「ま、そうしたっていいぜ。俺は借りを返せればそれでいいんだからな」

「……ダメね」


 そうすれば、ロザンナがこの証拠を手に入れた手段を聞かれて、カロンのことを話さざるを得なくなる。聖女の命を狙ったルーク……ルークを語って潜入しているカロンは、重罪で即刻処刑されるだろう。聖女の暗殺未遂で、情状酌量など期待できない。


「甘いな。お前は何がしたいんだ、ロザンナ。確固たる意志を持って俺を助けた、その先には何があったんだ?」

「ノックス様と一緒になりたかった。それを信じていたのよ」

「ノックスと一緒になるためには、別に俺を助ける必要は無かったんだろ。違うか?」

「それは……そうだけど」


 カロンと接触したのは、ロザンナがたまたま鉢合わせたからだ。カロンが捕まって裁かれれば、セレティアが狙われることもなくなるのだから、本来はアッシュを連れてカロンの元へ向かうだけでもよかった。


「もっと冷酷になれ、ロザンナ。でないと大事なものを手に入れられないだけじゃなくて、全部失うことになるぞ。俺みたいにな」

「カロン……」


 わざわざ話してくれなくても、ロザンナは知っている。

 前世の知識では、カロンはセレティアと仲を深めていき、やがてその生い立ちを打ち明ける。

 カロンはカエデス帝国の下級貴族の息子だったが、父が謀略で濡れ衣を着せられ、母と妹は殺され、家は没落。呪術に秀でたカロンはスパイとして最低限の教育と呪いを受け、学園に送り込まれた。


 カロンは無力な自分では何も救えないと絶望していて、ただ祈りを捧げ続ける。セレティアが彼の心を救うまでは。


「でも……あなたの幸せはどうなるの?」


 セレティアは一人しかいない。彼女と出会うことで心が救われるはずだった人達は、この世界ではどうなってしまうのだろうか?

 そしてもちろん、その全てを救うことなどロザンナにできはしない。


「おいお前、人の話聞いてんのか? 俺の心配なんて今しててどうする?」

「わかってるけど、あなたを突き出すなんてできない。他の方法を探すわ……」


 カロンの失礼な物言いなど気にせず、別の方法を考え始めたロザンナを見て、カロンは大きなため息を吐いた。


「なぁ、お前。本当にただのお人よしなのか? 俺のことを……どう思ってる?」

「どう? どうって……」


 急に考えたこともなかったことを聞かれて、ロザンナは戸惑った。ゲームで知っているキャラだからこそ、一番いい方法で救い出した。キャラクターとして愛着があるのは間違いない。

 しかしこうして協力する関係になるとは思っていなかったし、カロンにかつて持っていた印象と今の印象は、まるで変わっていた。彼はもはやゲームのキャラではなく、目の前にいる一人の生きた人間だ。


「お前が聖女のために、この国のために、レオンのためにと……いちいち皆のことを考えて、ここまでしてやる必要があるのか?」

「何言ってるの? 私たちしか、やれる人はいないのよ」

「お前がやらなくてもいいだろ。この国に責を負っているのは王子のレオンと聖女のセレティアだ。お前はただの、その辺の貴族の娘だろ」

「でも……」


 前世の知識がある。いくつかの未来と、それぞれの人物のことを少し知っている。だからこそ、自分にしかできないことが今まではあった。しかし、今やノックスは若くしてこの学園に入学し、ロザンナは今の彼のことを何も知らない。


 そしてレオンも、セレティアも、ロザンナが知っている人物とはまるで違う心を持って、全く違う未来へ歩み始めている。もはや、ロザンナだけが知っていることなど特別ではないし、ロザンナがやらなければいけない理由など、ほとんど無くなってしまっていたのだった。


「俺たちで、この学園を抜け出そう」


 カロンはふいにロザンナの手を取った。いつもの呆れたような表情はそこには無く、真っすぐロザンナの目を見る真剣な瞳だけがあった。


「身分を捨てることになる。けど安寧を得られる。貴族の社会は……甘美に見えて、策略まみれで危険だ。お前はそんなところにいるべきじゃない、ロザンナ。お前がお人よしだからこそだ」

「急に……何言ってるの、カロン。そんなこと、できるわけ……」

「いくらでも生きる術はある。俺がお前を養う。お前はただ傍にいて、馬鹿みたいに他人にいらないおせっかいを焼いていてくれればいい。ただし、命の危険が無い場所でな」


 ロザンナにとってはカロンがそんなことを言うのはあまりに突然に思えた。今まで言葉を交わせば嫌味や、失礼な発言ばかりだったからだ。


 カロンの性根がいいということはわかっていたし、貴族社会にトラウマがあることも知っている。しかし自分についてそんな風に考えているなんて思ってもみなかった。


「そんな申し出……急すぎるわ。一体どうしちゃったの?」

「答えろ、ロザンナ。一緒に行くと言ってくれ」


 カロンはロザンナの手を放さず、答えが貰えるまで視線を外すつもりは無いようだった。茶化したり冗談で言っているわけではないのは間違いない。だからこそ、ロザンナも真剣に答える必要があった。


「私は……行けないわ、カロン」


 ロザンナは自分の気持ちを確かめるように、そう言った。


「私には、あなたを見捨てることはできない。けど、同じようにレオンやセレティアを置いていくこともできないのよ。このまま放っておけば、何が起きるかわからない。止められるのは私達だけよ」

「その結果、お前だけが苦しみ、弾劾され、打ち捨てられることになっても、か?」


 ありえない未来ではない。ロザンナが失敗して、罪をかぶり、追放されて、その先にはノックスさえもいない。そんなことになる可能性だってある。

 それでも……ロザンナは今の今まで、断罪されるのを目指して生きてきたのだ。自分の気持ちに蓋をして、レオンを遠ざけて、セレティアを馬鹿にして、エミルを利用してここまで来た。


 その結果、彼らが今ロザンナをどう思っているかは別として……ロザンナがその時々で、彼らの想いを裏切り続けてきたのは確かだった。


 ……ある意味当然の結果だ。


 ロザンナはそう思った。そしてなぜかそんな考えが、すがすがしく思えた。


「ええ、そうよ。カロン。私はロザンナ……悪役令嬢なの。断罪されるために生まれてきたのよ」


 ロザンナはカロンの手を握り返しながらも、はっきりとそう言って、カロンの申し出を断った。今まで真っすぐで強気だったカロンの表情が、何か投げつけられでもしたかのように怯んだ。


 カロンはいつものように大きなため息を吐くと、自分から握ったロザンナの手を、少し乱暴に振り払った。


「はぁ……わかってたよ。お前を見てるとイラつくから、聞いてみただけだ。何、本気にしてやがる?」

「はぁ? 私のこと、からかったの?」


 いつものやさぐれた仕草に戻ったカロンからは、まるで別人のように、さっきまでの真剣さは消え去っていた。ロザンナにはカロンの申し出が本気だったのか、わからなくなってしまった。


「じゃあ、魔法陣に関しては別のプランで行くぞ」

「あぁっ! やっぱり何か考えついていたんじゃない!」


 魔法陣を手に入れた、しかしそれだけで後は何もできない、なんてカロンにしては妙だとロザンナは思っていた。何か方法があって、わざと黙っていたらしい。


「でも、カロンが傷つくような方法はダメよ」

「お前は、お前の心配だけしてろ、アホ。馬鹿みたいに真っすぐ進んでろ」

「なんなのよ、失礼ね!」


 さっきまでの真剣な態度は、やはりからかわれたのだろう。ロザンナはカロンに真剣に答えたことを後悔し始めていた。


「真っすぐ進んで、そうして本当に最後に何にも拠り所が無くなったら……そんときゃ俺が貰ってやる」

「も、貰う!? もらうって……」

「どうせ貰い手もいねぇだろうしな」

「何言ってるのよ! というか、失礼ね!」


 行ったり来たり、感情を揺さぶられたロザンナはそう怒りながらも、心のどこかで、なぜだか少し安堵していた。


 ロザンナが失敗して、罪をかぶり、追放されて、その先にはノックスさえもいない。そんなことになっても……

 ……最後には自分がいる。カロンはそう言って、勇気づけてくれているのだろう。


 カロンは悪戯が成功した子供のような意地の悪い笑顔を浮かべていて、怒っていたロザンナも気づけば一緒になって笑っていた。


「はぁ……それじゃあ、そろそろ……計画について話そうか」


 笑い声が落ち着いた頃、カロンは再び真剣な表情になって、その計画の全貌を明らかにした。


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