22. 聖女の異変
ロザンナはノックスと話した翌日、セレティアに礼を述べた。
「昨日はありがとう、セレティア。もしかしたら、またお願いするかもしれませんわ」
「いえ、ロザンナ様のためなら……いくらでも。それで……どう……でした?」
「うーん、何とも言えないのだけれど……というか、セレティア? あなた、具合でも悪いの?」
学園内の階段の踊り場で、ロザンナは立ち止まった。窓の外からの日光に明るく照らされているにもかかわらず、セレティアの顔色は青白く、息も荒いように思えた。
「実は最近、身体が重くなることが、よくあって。気にしていなかったんですけど、どんどん、悪くなっているような、気が……」
「貴族たるもの自分の体調にも気を付けなくてはなりませんわ。いますぐ診てもらいましょう」
「まるで、ずっと背中に刃物を突き付けられているように、身体がこわばるんです」
「そんな症状、聞いたことありませんわ。ほら、行きましょう今すぐ」
ロザンナがそう促した時、セレティアは額に手を当てながら、立ったまま突然、意識を失った。
そしてぐらりと揺れた身体は支えるものを失い、階段の端から、ゆらりと落下するように倒れていった。
「セレティア!? 【茨よ!】」
ロザンナは魔法を緊急詠唱した。威力や操作は精細さを欠き、ただ、棘のついた茨がセレティアのすぐ下、これから転げ落ちそうになっている階段の方へと檻のように張り巡らされた。
ロザンナも身を投げ出し、セレティアの体を抱える。
「痛っ……」
茨のおかげで階段に何度も叩きつけられることは無かったが、代わりにロザンナの腕や腰、セレティアの腕もまた、茨の小さな棘で切り傷を負ってしまった。
「本当、不便な魔法ね!」
誰かを救いたくても、棘のせいで傷つけてしまう。ロザンナらしい不器用な魔法だが、少なくとも致命傷にはならない。階段を転げ落ちるよりはマシだ。
「きゃあっ!? ロザンナ様!」
通りかかった生徒が、茨に傷ついたロザンナ達を発見して悲鳴を上げる。
「人を呼んで。セレティアの意識が無い!」
ほどなくして、ロザンナとセレティアは、駆けつけた教師達によって保健室へと運ばれることになった。
セレティアはベッドに寝かされ、医者の診察を受けている。
すぐ近くで、ロザンナはアッシュに、棘で傷ついた傷口の手当てをされていた。
「また何かしたのか?」
「まさか。急に意識を失ったので、落ちないように魔法を使ったのですわ」
「ふん、あれだけ煩わしい手段を考えていたのだ。貴様が直接的な手段を用いるとは思っていないが……他の者からの目は面倒だぞ」
「誰にどう思われるのも慣れていますわ」
ロザンナはぶっきらぼうにそう言って、腕に巻かれた包帯から視線を逸らした。
治療が終わると、ロザンナとアッシュは早々に部屋から追い出された。聖女が昏倒状態というのは、国の一大事だ。保健室の前にも衛兵が二人立ち、相手がロザンナであろうとも警戒心たっぷりの視線を容赦なく浴びせていた。
アッシュを見送ったロザンナが廊下に立ち尽くしていると、やがてレオンがそこに駆けつけてきた。
(セレティアがこんなことになれば、王子としても講義を放って来るしかないわね……)
ロザンナが気まずそうに、視線を落とす。しかしすぐに部屋に駆け込むと思っていたレオンは、そのままロザンナに駆け寄って、その身体を抱きしめた。
「で、殿下? 何を……」
「聞いたよ、君が無事でよかった。ああ、怪我をしているじゃないか! クソ。どうしてこんなことに!」
「こんなの、かすり傷ですわ。自分の魔法で傷ついたんですの」
レオンはロザンナの包帯を見て、いたわるようにそっと撫でた。珍しく悪態を吐いて、大切な食器でも割ってしまったような表情で、しばらく黙り込む。
「その……殿下。セレティアはまだ目を覚ましていませんわ。どうぞ行ってあげてください」
「ああ。ああ……そうだな」
口ではそう言いながらも、レオンの視線はロザンナの包帯に釘付けになったままで、少しずつあとずさってはいるものの、一向に部屋に入ろうとしなかった。
「あの、行ってください、レオン?」
「……! そ、そうだな。すまない」
名前を呼ばれて正気に返ると、レオンはようやく踵を返して保健室へと入っていった。
ロザンナは、セレティアが心配だったので何か聞けるまでは廊下に居座ることにした。
一部始終を見ていた守衛と目が合い、気まずくなったものの、腕を組んで壁に寄りかかりながら、さも当然というように振舞うことで何とかそれに耐えた。
そうして、一度出直そうか迷うほどの時間が経った頃、ようやくレオンが扉を開いて部屋から戻って来た。
「どうでした?」
「まだいたのか、ロザンナ。君も怪我人だろうに……」
「セレティアが心配で……それで?」
「では、少し歩こうか」
レオンはロザンナの肩に手を添えて、支えるようにしながら廊下を歩いた。顔を近づけ囁くように話すその素振りから、守衛に聞かせたい話ではないようだった。
「セレティアはまだ意識を取り戻していない。外傷は茨で負ったものだけで、他は健康そのものだった」
「えぇ? でも、とても辛そうにして倒れていましたわ」
「ああ。医師によれば……聖女特有のものかもしれないという話だ」
「聖女特有? そんなものが?」
ロザンナは前世の記憶を辿ったが、そんな風に主人公……つまりセレティアが意識を失うような展開は無かった。
「過去に一つだけ例があるらしい。聖女が原因不明の病に苦しんだ時、すぐそばにカエデス帝国の間者が潜り込んでいて、呪いで悪さをしていた、と」
「カエデス帝国の……」
ロザンナにはすぐにノックスの儀式のことが思い浮かんだが、今ここでレオンに話すべきか迷った。
セレティアに何かする為に、わざわざ門の近くに魔法陣を設置するのも妙な話だ。もっと別のやり方がいくらでもあるように思えた。
「そういえば、セレティアは倒れる前、身体が重い、と言っていましたわ。それと、刃物で脅されているように身体がこわばると。これはカエデス帝国の呪術の症状かしら?」
「それだけでは何とも言えないが、有益な情報だ。さすがだね、ロザンナ。私も城の方で詳しい者をあたってみよう」
「なんとかお願いしますわ、殿下」
「ふっ……」
ロザンナの心配をよそに、レオンは吹き出した。
「な、何かおかしかったかしら」
「彼女が危機に陥れば、セレティアを嫌っているように振舞うことも忘れてしまうんだね、ロザンナは」
「あっ……」
ロザンナはセレティアを嫌っている風に振舞ってきた。状況が変わったからそこまでその設定を貫く必要もなくなって来たのだが、レオンからすれば急に態度を変えたように見えるのも当然だ。
「別に違いますわ! あの子が倒れたのが、私のせいにされたりしたら、困るってだけで……」
「君は本当に嘘が下手だね」
「殿下こそずるいです。そうしていつも私のこと見通した気になって」
ロザンナはレオンの腕を振りほどくと、距離を取った。顔が熱く、赤面しているのが自分でもわかった。レオンは対照的に、いつもの余裕のある微笑みを浮かべていて、ロザンナにはそれが気に入らなかった。
「もういいです。殿下は頼りにならなさそうなので、私もいろいろ調べますわ」
「それはいい。さすが私のロザンナ、親友想いだね」
「ああもう……!」
追い打ちをかけるようにからかってくるレオンに、ロザンナはそれ以上何も言わずに、振り返って立ち去った。
セレティアのことがあって忘れていたが、キスをしてから意識しすぎて、レオンとまともに話せなくなっていたのを、ロザンナは今更思い出していた。




