21. 推し量る
学園北部の森の近くには、白亜の石で造られた小さな遺跡があった。
初代聖女がそこで瞑想し、光の結界魔法を編み出したとされている。数百年たった今となっては、中央の祭壇から外側に行くほど石造りの柱や壁は崩れて傾いていた。
こんな夕方にロザンナがなぜそんなところに来たかといえば、そこがセレティアがノックスと取り付けた約束の場所だからだ。
ロザンナが着くと、すでにノックスは中央の祭壇近くの倒れた柱に腰かけていた。
「おや、ロザンナ嬢。どうしてこちらに?」
「私じゃご不満かしら。寂しいことをおっしゃいますのね」
ロザンナが会いたがっている、というのもおかしいので、セレティアが自分が行くという体で約束を取り付けたのだった。そこに突然ロザンナが現れたのだから、ノックスが驚くのも無理はない。
「まさか。貴女とずっと話したかったんです」
「セレティアには譲ってもらいましたわ。あの子は私の言うことならなんでも聞きますの」
「お二人は仲がいいんですねぇ」
「そう見えますか?」
ロザンナはノックスのすぐ隣に座って、身を寄せた。
ロザンナの目的は、ノックスが何を企んでいるのか聞き出すことだ。しかし、何を企んでいるのか問いただしたところで、素直に教えてくれるはずもない。それに、今ロザンナとカロンが何かに気づいていることすら、ノックスには知られたくないのだ。
そのために、ロザンナはうまく情報を引き出す必要があった。
「私……ノックス様が全然誘ってくださらなくて、寂しかったのですわ」
「それは……ロザンナもわかるでしょう。レオン殿がいる手前」
「そんなしがらみ、私たちの前には無意味だと、そう思いませんこと?」
ロザンナは探るようにノックスの瞳を下から覗き見る。ノックスは少し真剣な表情になって、ロザンナを見つめ返した。ロザンナはノックスに怪しまれないよう見極めながら、言葉を続ける。
「何か感じて下さっているのでしょう? 私に。それともあの言葉は、誰にでも使う口説き文句だったのかしら」
「まさか。私は正直者ですよ。あなたのことを運命と……そう言ったのは、言葉の通りです。言葉では説明できないような、深い絆を感じるのです。心の奥底で」
「それは……素敵ですわ。私も信じます」
ロザンナはまた少し、信頼の証かのように、ノックスに寄りかかって体重を預けた。
「私、気に入らないんです。ノックス様がセレティアにばかりかまけているのが。あの女が何だっていうのかしら? 聖女だからといって、それだけですわ」
ロザンナはまず、ノックスがセレティアに近づこうとしている理由を探ってみることにした。
「あなた達の仲は、なかなか一筋縄ではないようですね」
「女とはそういうものですわ。ノックス様だって、あの娘が聖女だから、カエデスの方としていろいろお知りになりたいだけでしょう?」
「興味深い対象であることは、否定しませんよ。聖女と結界は、グランティアの神秘にして一番の強さですから……」
「それと同時に……邪魔者でもある。違いますか?」
「そう考える物も我が国内にはいるでしょうね。残念ながら……」
お互い、本心を探り合う。セレティアを、そしてロザンナのことを、一体どう考えているのか。
ロザンナはノックスが何を求めているのか掴むために、危険な発言も厭わなかった。
ノックスがセレティアのことを気にかけているのは間違いない。だから、ロザンナはそれを餌にしてちらつかせ、ノックスの本心を引き出そうとする。
「利害が一致するとは思いませんか? 私はセレティアが邪魔ですの。そのセレティアは今や私の言いなり。そして、私は、あなたの言いなり、ですわ」
自分はセレティアのことが気に食わない、そしてセレティアはロザンナのいいなりだ、と。それを聞いたノックスがロザンナに利用価値を感じたなら、信頼を得ることができるはずだ。
ノックスは口を開かずに、品定めするかのようにロザンナの表情、そして全身を見た。どう返答すべきか迷っているようだった。
「わかるでしょう、ノックス様。私はあなたの味方ですわ。何か計画があるんでしょう? お話してください? 私は必ず、ノックス様の役に立ってみせますわ。だけど一つだけ……約束して欲しいんです」
「約束、ですか。何でしょう?」
ノックスはロザンナの言葉を肯定も否定もせず、ロザンナにその約束……つまり条件を話すように促した。
「全てが終わったら、私をここから連れ出して欲しいのです。おわかりでしょう、そうなったら、私はもう、ここにはもういられませんわ。でもいいのです。私には深く魂の結ばれたお方がいらっしゃるのですから……」
ロザンナはそっとノックスの腕を掴んで、縋るようにそう言った。
ただノックスの計画を問いただすだけだと、怪しまれる可能性が高い。しかし、ここから連れ出してほしい、とあえて条件をつけることで、ロザンナの目的はノックスの計画を知ることではなく、あくまでノックスとここから逃げ出すことなのだと印象付ける。
それはかつてロザンナがずっと目的としてきたことであり、もしノックスが本気でロザンナとの間に不思議なつながりを感じているのなら、上手くいくかもしれないとロザンナは思った。
ノックスは……何も答えなかった。口元に手を当てて、何かを考え込んでいる。
「ロザンナ、あなたは魅力的だが……あなたが何を提案したいのか、私にはさっぱりわかりません」
……失敗だ。
ロザンナは絶望した。ノックスが、ロザンナが今言ったことを告発したら、ロザンナが一人で勝手に自滅することになる。国家に対する反逆で、親友と婚約者への大きな裏切りでもある。
危険は承知だったものの、こうして窮地に立たされてみると、全てを裏切り誰も頼れなくなってしまったという事実に、寒気がした。
「そ、そんな。じゃああの女を、セレティアを、本当に愛しているとでも言うの? 私、私そんなの嫌ですわ。だってノックス様は私と……私だけの……」
セレティアは絶望の感情をあえて隠さず、しかし何に絶望しているのかはすげ替えて、ノックスの前でうろたえた。
「そんなの嫌! 見捨てないで。お役に立てますわ。絶対に! どうか判断を誤らないで。私を置いて帰ってしまわないで!」
ロザンナは必死にそう訴えた。まるで悲劇のヒロインにでもなったかのように。言っていることは悪役令嬢そのものだ。
すると、ノックスはパニックになったロザンナをなだめる様に、優しく抱きしめた。
「どうか落ち着いて、ロザンナ。あなたの気持ちはわかりました。けれど、運命の人とはそう容易く結ばれ得ないものです。絡みついた蔦を断ち切って、ようやく手を取り合える。ですから、信じてください。私がそれらを断ち切ったその暁には、あなたをこんなところから救い出して見せましょう」
「ほ、本当ですか? でも私、ノックス様のお役に立ちたいですわ」
「気持ちはしかと受け取りました、ロザンナ。あなたの力が必要になれば、私も助けを求めることになるでしょう。だからどうか、泣かないで。あなたには不敵な笑みが似合っている」
「そう……そうですわね」
ロザンナは落ち着いて納得した素振りを見せると、ようやくノックスから身体を離した。
「きっとですわ、ノックス様。どうか私を置いていかないでね」
「もちろんです、ロザンナ。さあ今日はもうお帰り、夜は冷えますからね」
二人の秘密の逢瀬を終えた後、ロザンナは図書館へと向かった。
「収穫は?」
「さっぱりですわ」
ロザンナはカロンに、お手上げだとばかりに両手を上げてみせた。あっけらかんとしていて、つい先ほどまで取り乱してノックスに追いすがっていたと言っても、カロンは信じないだろう。
「でも、ノックス様は何かを終わらせて、私を迎えに来ると言いましたわ。何かしようとしていることは否定しなかった」
本当に何も企みが無いのなら、もっと戸惑ったり、全否定してもおかしくない。少なくともノックスの反応は、そういうものではなかった。
「まあ、大根役者にしては上出来か」
「なんですってぇ!?」
ロザンナは怒りをあらわにしたが、レオンにずっと見透かされていたことを思い出して、自信が無くなってきた。
しかし、それを聞いて、ふとノックスに言われたことが思い出された。
「ノックス様、私に『不敵な笑みが似合う』と」
「あいつがそう言ったのか? お前が不敵な笑みを浮かべたことなんてあったか?」
「あなたはともかく、レオン殿下なら、絶対に言わないわ」
レオンはロザンナが今までしてきた悪役らしき態度を、全て見透かして可愛らしいと認識していた。しかし、ノックスは違う。
「つまり、どういうことだ?」
「私の演技はノックス様には通じる、ということよ」
ロザンナは何かを掴んだように、今度こそ本当に、不敵な笑みを浮かべた。




