20. 主人公って鈍感なんだ
一週間後、ロザンナは約束通り、図書館二階の隅へと足を運んだ。
そこにはすでにカロンが居て、浮かない顔をして座っていた。
「まぁ座れ」
「私、一応公爵家の娘なんだけど」
「そうか、よろしく。俺は敵国の暗殺者だ」
カロンが握手を求めるように差し出した手を、ロザンナは無視して席に着いた。身分など知らずに適当に接してくるカロンの前では、ロザンナも公爵令嬢らしく振舞うのが馬鹿らしくなってくる。
「それじゃ第一回の報告だ。ノックス皇子は気さくで男子生徒の人気も高く、特にレオンをよく思わない貴族達……反王党派の生徒に好かれてるみたいだ。女子生徒からの人気は知っての通りだが、自分から話しかけに行くのは聖女セレティアか、レオンが居ないときの公爵令嬢ロザンナ……つまりお前だけだな」
「レオンをよく思わない貴族の派閥はいるでしょうけど……ノックスはグランティアとカエデスの友好を深めに来ているんだから、親しくしたって仕方ないでしょう?」
「まぁ、他に寄る辺も無いんだろう。政治ってのは汚いものなんだよ。お前が思ってるよりも……腐ってんだ。そんなことはいい。重要なのはこっからだ」
「他にも何かあるの?」
「ノックスは深夜に誰にも見つからず、寮を抜け出している」
「えぇ? いったい、何のために?」
カロンは辺りを見回して、近くに誰もいないことを確認した。そしてさらに顔をロザンナに近づけて、声を潜める。
「後をつけた。呪術の影移動を使っていたから、俺じゃなきゃ追えなかっただろうな。ちなみに校長室の魔法関知は呪術には効かないご様子だ。まあそれはいい。で、ノックスはその夜、東門のすぐそばまで一人で行ったんだ」
「そんなところで、一体何をするっていうの?」
「門番の目を盗みながら、ノックスは地面に呪術用の魔法陣を設置した。間違いない。だが、そこでは何も起こらなかった。そうして、奴は何事もなかったかのように、部屋へ戻ったんだ」
「それって……つまり、一体どういうこと?」
ロザンナにはその意味がわからなかった。見つからないように抜け出すからには、日中にはできないことなのだろう。しかしそこで何も起こらないまま、また人目を盗んで部屋に戻るとは。何がしたいのかさっぱりだった。
「さぁな。だが、きな臭いことは確かだ」
「その魔法陣を調べることはできないの?」
「魔法陣は設置後不可視になり、設置者以外には干渉不能になっていた。まあ、カエデスの魔法陣ではよくあるタイプだ」
「それじゃあ……ノックスが何をしているのか、謎のままってことね」
「そうなるな」
二人の間に沈黙が流れた。ノックスが何かを画策していることは間違いない。しかし、それはいいことのようには思えなかったが、証拠があるわけでもない。
「まさかこんなことになるなんて。私はもう少し……性格がいいとか悪いとか、そういう話を聞けるかと思ったんだけど」
「だが、聞いちまった以上は降りられないぜ。次はどうする? ボス」
あくまで命令に従うとばかりに、ルークはロザンナに次の指示を請う。
「そうね……あなたは引き続きノックスを調査して。私も、彼のことを正面から探ってみる。というか、はじめからそうすべきだったんだわ」
「御意のままに、ボス」
「そのボスっていうの、止めてくださる?」
「お前が嫌がるならやめない」
「ほんっと口の減らない……!」
ルークがにやにやとしているのを見て、ロザンナは怒っている自分が馬鹿らしくなって、ため息を吐いた。
「それじゃ、自分の安全を第一に任務を遂行すること」
「了解しました、ボス」
ルークは最後までロザンナを茶化し、図書館を去った。ロザンナもまた、自らも行動を起こそうと決意していた。
「ノックス様とお話がしたい、ですか?」
「ええ。セレティア、あなた、あの方とお親しいでしょう? ちょっとその時間をお譲りなさい、ということですわ」
ロザンナは女子寮の休憩室で、セレティアと二人きりの時にそう持ちかけた。
「でも、ノックス様はレオン殿下に気兼ねして、ロザンナ様に近づかないようにしているんですよ」
「だから、レオンに見つからないように、ですわ。そういう場所で会う約束を取り付けなさいな。内緒でね」
「い、嫌ですロザンナ様」
「セレティア? 私の言うことが聞けないっていうの?」
ロザンナは断られて、少し驚いた。セレティアは今まで、ロザンナの頼み事なら、先回りするくらいに進んで承諾してきたからだ。
(まさか。セレティア、すでにノックスに惚れこんでいるの……?)
「私は、ロザンナ様とレオン様に、幸せになって欲しいんです!」
「はぁ?」
「最近、ぎくしゃくしているのは知っています。悪い噂を聞いてもいます。でも……でも! 殿下はロザンナ様を愛しておられます! あの目を見ればわかります! そして、深く傷ついてる!」
「ちょ、セレティア? 声が大き……」
「ロザンナ様だってレオン様のことが好きなはずです! 自分の気持ちに嘘を吐かないでください! 絶対にお似合いのカップルですから。別れて他の男と付き合うなんて、私は絶対絶対、認めません!!!」
セレティアの大きな声は、他の生徒の注目を集めた。ロザンナは二人の関係について大声で話されて、恥ずかしくて仕方が無かった。
「セ、セレティア。生意気な子ね! こっちへ来なさい!」
「ロザンナ様、私……失礼なことを……でも今言ったことは」
「いいから来なさい!」
ロザンナはセレティアの腕を引っ張り、無理やり休憩室から連れ出した。その姿を見た他の生徒たちは、きっと引っぱたかれるに違いないと思い、震えあがった。
「なぁんだ、そういうことだったんですかぁ~! 早く言ってくださいよ~もう!」
私室に移動したロザンナが、ノックスが寮を抜け出して何かをしていると事情を説明すると、セレティアは安心したように笑った。それはそれで、ロザンナにとっては驚きだった。
「えーと、私はノックス様を怪しんでいるの。嫌ではないのかしら?」
「何がです? ロザンナ様がそうおっしゃるのなら、そうなんでしょう?」
「でも、セレティアはノックス様と仲がいいじゃない」
「やだなぁ大げさですよ。たまたま受ける講義が一緒だったりしているだけじゃないですか?」
セレティアが嘘をついているようには見えなかったが、カロンの報告とはまるで違っていた。カロンによれば、ノックスはセレティアにべったりで、ロザンナ以外の他の女性には目もくれないという話だった。
(まさか……自分がノックス様に付きまとわれているのに、全く気付いていない……!?)
「どうしたんですか? ロザンナ様? ロザンナ様~?」
思い返せば、ロザンナの嫌がらせを全く嫌がらせと思わず、セレティアは気づけばロザンナの親友のようなポジションに収まっていた。セレティアは自分に向けられる悪意や好意に、驚くほど鈍感なのだ。
「ど、鈍感系主人公……」
「どっかん系? なんですか?」
「い、いえ。何でもないわ……じゃあ、協力してくださる?」
「もちろんです! 約束を取り付けておきますね!」
セレティアのせいでさらに誤解が広まった気がしたが、こうしてロザンナはノックスと二人きりになる機会を得ることになったのだった。




