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19. スパイとの打ち明け話


 ロザンナは体調が回復すると、元通りの忙しい学生生活へと戻った。


 エミルとセレティアに礼を言ったが、妙に意識してしまい、ロザンナはレオンと目を合わせることができなくなっていた。

 それもそのはず、レオンの澄んだ瞳はいつだってロザンナの中身を見通しているのだ。



 ロザンナはそんな自分に嫌気がさし、ある日人混みを避けて学園内の図書館へと足を運んだ。


 学園の校舎の一つのように広い図書館は、宮殿のような造りの中に数えきれないほどの蔵書が並べられている。


 魔法を使わずとも人々は自然と小声になり、そこでは下世話な噂話に頭を悩ますことはなかった。

 レオンとロザンナが破局寸前だとか、ノックスがセレティアを口説いているだとか、学内を歩いているだけで、ロザンナの耳には聞きたくもない噂が次々漏れ聞こえてくるのだ。


 かといって読みたい本があるわけでもないロザンナは、二階に上がって所在なく背の高い本棚の間を歩いていた。


「ここは俺の縄張りだぜ、高圧的なお嬢様」


 不意に小さな声が聞こえて、振り返るとそこにはカロン(学園内ではルークで通しているが)が立っていた。ロザンナは隠すこともなく、大きなため息を吐いた。

 ロザンナに呪いを解かれてからも学園を離れず、聖女暗殺未遂で捕まる事もなく逃げおおせている様子だった。


「あなたの相手をしている余裕はないの。一人にしてくださらない?」

「だから、お前が俺の縄張りに入って来たんだっての」


 カロンはロザンナを追い越すと、すぐ横の本棚から、一冊本を取り出した。


「『アイギス信仰と聖女』? 敬虔深いことね」

「人の読んでる本を盗み見するな」

「そうよね、ごめんなさい……」


 カロンは本を持って、机と椅子の置いてある近くのスペースへと向かい、腰かけた。ロザンナもなんとなく、そのあとをついていく。


「見回りは最近じゃ減ったが、図書館を調べる奴は少なくてね。警備上の問題点だな」

「それでここに?」

「俺の話はいいだろ、問題はお前だよ」

「私が何?」

「腹の中でグールが暴れてるみたいな顔しやがって……何があったんだ?」

「グールがなんですって? なにそれ!」


 ロザンナは冗談かと思って笑ったが、カロンは呆れたようにため息を吐いた。


「悪かったな、カエデス民みたいな喋り方で」

「あ、あぁ、方言みたいなもの? 知りませんでしたわ」

「それで?」


 カロンはそう聞いたきり、本を開いて視線を落とし、ロザンナの返事を待った。ロザンナはカロンの向かいに座ってしばらく黙り込んだ。

 カロンから見ても何か抱え込んでいるように見えるらしいが、何に悩んでいるかと言われれば、悩むことが多すぎて、少し頭の中を整理する必要があった。


「たとえば……私が、未来を見通す不可思議な本を、幼い頃読んだって言ったら信じてくださる?」

「思う存分、馬鹿にする」

「じゃあもういいですわ」

「けど、聞いてやらんこともない」

「……何なのよ」


 本当にカロンに相談すべきか迷いながらも、いい加減誰かに自分の状況を話したくなってきたロザンナは、その誘惑に負けてしまった。


「その本には、私がレオン殿下に追放されてカエデスに逃げ延びて、ノックス様に拾われて娶られるって書いてありましたわ。私はそれを信じて、レオン殿下を遠ざけてきた」

「そうか。それで?」


 カロンは驚くでも、否定するでもなく、手に取った本に視線を落としたまま無関心そうに、ロザンナに話の続きを促した。


「でもいつしか予言は少しずつ違ってきて、突然ノックス様がこの学園にやってきた。それで……私は……レオン殿下とノックス様の決闘を見た。そこで、ノックス様は、私がイメージしていた方とは、少し違うのではないかと、そう思い始めたのですわ」

「それから?」

「それから……って、それだけですわ。私は、もうわからないんです。レオン様のことも、ノックス様のことも。それから自分のことも、これからどうしたらいいのかも」

「そりゃあ大問題だな」

「……やっぱり相談する方を間違えましたわ」


 ロザンナが呆れて席を立とうとすると、カロンはパタンと本を閉じた。


「待て。今度は俺の番だぞ」

「思う存分、馬鹿にするかもしれませんわよ」

「お互い様だから許してやる」


 ロザンナは再びカロンの方へ向き直り、カロンが話し始めるのを待った。


「俺をどん底から救った女が一人いるが、そいつは俺に何の説明もしやがらない。信じられるか?」

「嫌味なら……」

「それはいい。俺は聞き出すことを諦めたんだ。王子の婚約者を追っかけまわしたら一瞬で不審者扱いされて、捕まっちまうからな。だから真実を追い求めるのは諦めて、こうして俺の新しい人生は幕を開けたわけだ。しかし、もちろん納得したわけじゃない」

「ええ。そうでしょうね……」

「納得できないのは、借りを貸したままだからだ。新たな人生が始まった時点で、その女に助けてもらったという負債を負ってる。だから俺は考えたんだ。それを返せばようやくすっきりして、俺の新しい人生がはじまるってな」

「難しく考えすぎではないかしら……案外真面目ですわね、あなたは」

「そこで、お前の最近の悩み事だ。寄り添って話を聞いてやるなんて柄じゃない。して欲しいことがあるんなら、言え。それで借りを返して、全てすっきりする。お前の話を信じるなら、幼い頃に読んだ本とやらのおかげで俺を救えたんだろうしな」

「の、呑み込みがお早いこと」


 カロンはむすっとした表情で、ロザンナの方を見ている。早く借りを返させろとでもいいたげだった。しかし、ちょうどロザンナの方でも、気になっているが手の届かないところがあった。


「私は……ノックス様が……どういう方か確かめたいのです。そうして、私の思っているような方でなければ、私も彼が運命と言った縁を、ようやく断ち切れるかもしれない。でも、立場上、あまり接触できる時間は多くなくて、ほんの少ししか彼のことを知ることができないのです」


 これまで散々、ノックスにこだわってレオンを遠ざけてきたのだ。中途半端なノックスへの思いを抱えたまま、レオンにいい顔をするのはそれこそ裏切りだとロザンナは思った。


 二人共をちゃんと知った上で、自分が信じた道を進みたいと、ロザンナは今そう思い至った。


「ノックスはセレティアとよく一緒に過ごしていますわ。彼がセレティアのことが本当に好きなだけなら、それでいいと思うのです。けれど、決闘の様子を見ると、どうしても……もやもやするというか」


 言葉にはできなかったが、ノックスに何とも言えない疑念があった。グランティア王国やレオン殿下との友好を求めて来た人物が、決闘であんな振る舞いをするだろうか。ロザンナがノックスを理想化しすぎていると言われればそれまでだが、それでもロザンナが思い描いていたノックスとは少し違っていた。


「つまり、ノックスを調べろってことだな」

「あなたなら、男子寮で暮らしているわけだし、私より彼を知る機会は多いでしょう?」

「まあな。じゃあ、いいだろう。カエデス帝国の元諜報員であるこの俺が、帝国の皇子を調べるハードな任務を請け負うとするか」

「えっと、危険を冒して欲しいわけじゃないのだけど」

「それくらいじゃないと、借りは返せない」


 カロンはそう言うと、素早く立ち上がった。


「それじゃ、一週間後、またここで。恋する乙女さん。逃げんなよ?」

「だ、誰が恋する乙女ですか」


 カロンはロザンナを鼻で笑うと、本を元の場所に戻して、早歩きでその場を立ち去ったのだった。


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