15. よく見て知って
エミルの協力もあってかなくてか、ロザンナとセレティアはお互い仲直りして、元の関係に戻った。
ノックスが学園に姿を現した以上、もはやロザンナは追放される必要もなく、いたずらにセレティアと仲を悪くする意味も無くなっていた。
しかし、そんなロザンナを待っていたのは、ノックスと関係を深めたセレティアの、何気ない世間話の数々だった。
「本当にあの時は驚きました。ノックス様ったらお優しくて。周りの方への配慮も忘れなくて、気の利いたジョークをすっと思いつくんです」
「そうでしたの……」
(もっと静かで落ち着いた方かと思っていたけど、私が知っている設定のノックスは、今より数年先の姿だものね)
そんな時ふと、エミルが疑問を口に出す。
「セレティア、そうは言うけど、あなたは聖女なのよ。この間も暗殺者に狙われて、まだ捕まっていないのに。今でも校内を警備兵と教師たちが走り回ってるでしょ? そんな時ちょうど現れたカエデス帝国のノックス様が、あなたに近づいているなんて、ちょっと怪しいんじゃない?」
「まさか。エミル本気で言ってるの? ノックス様は両国の架け橋になろうと、友好を深めにいらしたのよ。一緒に過ごしてみればわかります、いい方なんですよ」
「どう思います? ロザンナ様」
急にエミルに話題を振られ、ロザンナは答えに窮した。
「直接、話してみないことにはわかりませんわ。人ってそういうものでしょう?」
「ほらエミル、ロザンナ様のおっしゃる通りですよ」
「でも、レオン殿下のことがあるから、ノックス様はあまり私と話したがらないのですわ。私としては……レオン殿下のためにも……彼をよく、知っておくべきと……」
ズキズキと胸の奥が痛むような感じがして、ロザンナは思わず心臓のあたりを手で押さえた。屋上で話したあと、背を向けて自分から離れていく、寂しげなレオンの背中を急に思い出した。
「いえ、忘れてくださいな」
「いいえ、ロザンナ様の言っていることは正しいですよ。将来のこの国の王妃としての責任感、感服するばかりですわ。ノックス様とお話する機会があれば、ぜひそうすべきです」
「どうだか、私は敵国の男なんかと、言葉を交わすのはおすすめしませんわ。兄が国境近くに出ていますの。カエデスのやり方に関しては、碌な話を聞きませんもの」
エミルは珍しく譲らなかった。ロザンナには、どちらの言っていることももっともに聞こえた。しかしどちらに賛成するにしても、やはりここに実在するノックスという人をよく知る必要がある。
そうしてしばらく経ったころ、ロザンナにも機会が訪れることになる。
ロザンナが受けている植物学の講義を、レオンやセレティアは受講していなかった。しかし、ノックスは意外にも植物というものに興味があったらしい。
その日、ロザンナ達生徒は校舎の外に出て、北の森の中で薬草を探すことになった。
「では、今まで教えた薬草がこの森にどれほど生えているか、見つけて持ってきなさい。設置されている柵の向こうに進まなければ安全です。二人一組で行動して、何かあれば声を出して知らせるように」
高齢の植物学の教師はしゃがれた声でそう言い、生徒たちは友人と誘い合って、森の中に入っていく。
エミルもセレティアもいないので、ロザンナは余った生徒と適当に組もうと少し様子を見ていたが、後ろから声がかかった。
「ロザンナ嬢、私と踊っていただけますか?」
ノックスがダンスに誘うように手を差し出した。もちろん、今ここで踊りたいといっているわけではなく、ペアになろうというお誘いだ。
「喜んで」
ロザンナは冗談のおかげで驚くのも忘れて、くすっと笑いながら、自然体でノックスの手を取り、並んで森へと入った。
「見慣れない植物が沢山ある。やはりカエデスとは生態系が違いますね」
「学園の森は、地下に大量の魔石が埋まっているらしく、特に神秘的な場所と聞きましたわ」
今まで見たこともないような鮮やかなマゼンタの蝶がすぐそばを飛んでいき、二人は思わず目で追った。
「面白い。もっといろいろ見たいですね。おっと、足元には気を付けて。ここに段差が」
「ありがとう。少し意外でしたわ。植物に興味がおありでしたのね?」
差し出されたノックスの手を取り、足元の悪い場所を上がりながら、ロザンナは尋ねた。
「知っての通り、カエデス帝国では呪術と毒薬の研究が進んでいる。毒というのは裏を返せば薬だし、薬草も裏を返せば毒なんです。だから少し、この国の薬草に興味があったんですよ」
「そういうものですのね……」
ノックスは岩に生えている白い花を撫でながら、今度はロザンナに質問した。
「君に贈るとしたら、どんな花がいいでしょうか? これは君向きじゃないですね、ロザンナ」
「それは……セレティアという感じですわね」
小さく丸っこい、透き通るような白い花は、聖女セレティアを思い起こさせた。それを撫でるノックスを見て、普段からセレティアにべったりなノックスの様子が思い浮かび、ロザンナはふと白い花がセレティアらしいと言ってしまった。
「参ったな。そんなつもりじゃなかったんですが……」
二人の間に気まずい沈黙が流れた。
(もう、ゲームの展開とは全部違ってしまったのね。ノックス様は、私に興味が全く無いのかもしれない……)
ロザンナはそう考え始めていた。
今まで自分がやろうとしてきたことは何だったのかと、無力感を覚える。
とぼとぼ歩いていると、目の前にさらさらと小川が流れているのが見えた。澄んで底の見える、浅い川だった。
「ここまでですわね。引き返しましょうか」
「待ってください、ロザンナ。あそこを見て」
ノックスが指をさした小川の先は、森の木々の切れ目でちょうど陽が当たるようになっていた。そこには一面に美しい赤い花が輝いていた。
「綺麗……」
「ええ。あれはまさに君の花ですね。まさかここを渡らずに帰るつもりですか?」
「でも……濡れてしまいますわ」
ノックスは微笑むと、細い小川を軽々ととび越えて、静かに向こう側に着地してみせた。
「さあ、飛んで! 幅は大した事ありませんから」
「無理よ、こんなの。絶対落ちちゃう」
「川だと思うから怖いんです。想像してください、ベッドが二つ並んでて、幅が開いてる。隣のベッドに飛び移るだけです。子供のころのように」
「ベッドって言ったって……」
しかしそうして想像すれば、確かにベッド同士の間なら軽々と飛び越えられるような距離だった。あとは気持ちの問題だけだ。
「さあ、こちらで受け止めますから!」
「本当ですわね? じゃあ、行きますわよ?」
ロザンナは思い切って足を踏み出して、小川をとび越えた。ぎりぎりで水に足を付けずに着地したものの、バランスを取るときに後ろに倒れかけた。
「ひゃっ!?」
「おっと」
ノックスはロザンナの手を引いて、花畑の方へと体重をかけて引っ張った。今度は勢いよく体重が前にかかって、ロザンナはつんのめって倒れ込んだ。ノックスもそれを受け止めるように後ろへと仰向けに倒れる。
「わ、渡れましたわ……」
「ほら、できると言ったでしょう? ふふ、美しいものを手に入れるためには、危険を冒さないといけないものなんですよ」
ノックスは仰向けになったまま、ロザンナに半分乗っかられながらも、顔を下に向けてロザンナの方を見て、悪戯っぽく笑った。ロザンナは、はっとして、直ぐに離れて立ち上がろうとする。
その時、ノックスの手がロザンナの肩にそっと置かれた。そして立ち上がるのをやめさせるように、優しく胸元へとロザンナを抱き寄せた。
ミントのような爽やかな香りが鼻腔をくすぐり、頬に布越しに、ノックスの体温を感じる。
「ノックス様?」
ロザンナは戸惑いながらも、思わず上目で探るようにノックスの表情をうかがう。
(ち、近すぎる。ノックス様の体温が、鼓動の音が、香りが! ……全部直ぐ近くに!)
意識すればするほど緊張して、ロザンナは気づけば思わず息を止めていた。
「失礼、思わず……」
「こんなところ誰かに、見られたら……」
「分かってはいるんです。しかし愛おしいものを間近で見たら……思わず衝動的に抱き寄せたくなる。それをどうやら今、初めて知ったみたいなんです」
そう言いながらノックスは、自分でも自らの行動に戸惑っているかのようだった。
「そんなことを……言っては、よくありませんわ」
「そうですね。頭ではわかっているのですが」
ロザンナは頬を染めて、目を伏せる。しかし頭の重みはノックスの胸元に預けたままだ。
生徒たちはそれぞれ離れて森に入り、二人はかなり奥の方まで歩いてきた。人の気配はないし、見つかる可能性も低かった。
ロザンナは、今なら聞けるのではないかと思い、立ち上がらずに、身を預けたまま目を合わせず、尋ねる。
「どうして、今日は誘ってくださったのですか?」
「もちろん、いつもレオン殿に遠慮しているからですよ。でも、考えてみればおかしな話だ。婚約者だからといって、他の男と全く踊らないわけじゃないでしょう? だから誘ったんです」
「だからダンスみたいに誘ったんですのね」
「そんな言い訳は、今思いついただけです。本当は廊下で一度ぶつかった時から、あなたと話したいと思っていた」
「本当に? じゃあ、その、私と、何か感じる? 例えば私がレオン殿下と、そういう……風じゃなかった、もしもの、世界だったら、とか……」
衝動的にそんなことを口に出しながらも、相手に伝わるわけがないと思い、ロザンナは自信が無くなってきた。それにレオンへの罪悪感もあって、ロザンナの声は段々と小さくなっていった。
「あなたが何を言いたいかわかりますよ、ロザンナ」
「本当?」
「そう……ちょうどいい言葉が、あるとしたら、『運命』とか、そういうものでしょう?」
「そ、そう! そうですわ。私たち二人は、本当は……!」
少し興奮気味になるロザンナを落ち着かせながら、ノックスは身を起こした。いつの間にか、ノックスの手には先ほどの赤い花が摘まれていた。
それは近くで見ると思ったよりピンク色に近くて、ロザンナはあまり自分らしい花ではないと思った。
「それは私にとっての、薬? あるいは毒か。この花はどちらでしょうね」
「教わった薬草の中にはありませんでしたわ」
「どちらであっても、美しいことには変わりありません」
ノックスはロザンナの頬に手を添え、そう言った。
(美しいだなんて! あぁ、でも、慣れているから誰にでも言っているのかしら……結局、ノックスが私のことをどう考えているのか、わからない……)
真意の読めないノックスに、ロザンナは戸惑いながら、どう返したらいいかわからず黙っていた。
そんな時、ちょうど鐘の音が鳴った。教師の元へと戻れという合図だった。
ロザンナ達は再び小川を無事とび越えて、赤い花だけを持って急いで元の場所へと戻った。
しかし、ロザンナ達の少しの服の乱れと、背に着いた草葉を、他の生徒たちは見逃さなかった。
それからしばらくの間。噂好きの生徒たちの間では、ロザンナとノックスの密会について尾ひれのついた噂が飛び交うことになるのだった。




