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13. たまに喧嘩する方が健全みたいな風潮


 ロザンナが婚約解消を願い出た、翌日。


 ロザンナがレオンと会うと、レオンはいつも通りの笑顔で挨拶をした。

 しかし、同じ講義を受けてもレオンはロザンナの隣には座らなかった。そんな事は今まで一度もなかった。


「ちょっとロザンナ様! これは一体どういうことですか?」


 中庭のベンチに座るロザンナを、エミルとセレティアが問い詰める。


「あのロザンナ様にべったりのレオン殿下が、別の席に座るなんて異常です! ロザンナ様も今朝から心ここにあらずですし、何があったんですか?」

「な、何もありませんわ。うるさいわね。殿下だって、私だって、たまには他の席に座りたいこともありますわ」

「いいえ、ありません。ロザンナ様はともかく、レオン殿下に至っては!」


 セレティアはそう断言する。ロザンナは昨晩のことに戸惑い、しつこく詮索する二人の言葉を、冷静に受け流すことも難しくなっていた。


「あなたが殿下の何を知っているっていうの、セレティア。あなたが、殿下の、何なんですか、セレティア。婚約者は私よ!」

「そうです。ロザンナ様」

「そうよ。そうだわ。あなたがそんなだから、だから私は……」

「私が? はい? 何ですか? ロザンナ様に何か失礼なことをしましたか?」


 本当に心当たりがなく、セレティアは戸惑い、多少むきになって言い返す。


「そうよ! あなたが不甲斐ないから、私は学園に入ってから……どれだけ苦労したか! どうして自分の役目を果たさないの!? 単純な話でしょ!」


 ロザンナの目論見はいつも外れて、セレティアは少しもレオンに興味を示さない。そしてレオンもまた、セレティアに興味を持たず、単に同級生として友好を深めるばかりだった。

 もちろん、セレティアからすればそんなことを言われても、何が何だかさっぱりわからなかった。全てはロザンナの頭の中で、勝手に完結していることだ。


 セレティアは少し傷ついたように胸を押さえ、それでも言うべきことがあるとばかりに、さらに言い返した。


「わかっています、貴族の礼儀も何も知らず、ロザンナ様に迷惑をかけたって。だからこそ私は、ロザンナ様に幸せになって欲しくて……」

「そういう気遣いが迷惑だって言ってるのよ! 私のことなんて、どうだっていいじゃない。どうして自分の幸せを追求しないの!? 今、あなたの人生は一度きりで、セーブポイントなんて無いのよ! やり直しなんて効かないの!」

「せー、ぶ? ロザンナ様、一体何を……」

「お、落ち着きましょう、ロザンナ様、セレティアも」


 戸惑うセレティアとエミルの表情を見て、ロザンナは思わず口を押さえた。感情的になると、普段考えていて、言わないようにしていることが思わず口から出てきてしまうものだ。


 かつて、自分もプレイヤーだった。外ならぬセレティアの視点で、いくつもの物語と恋模様を見てきたのだ。他人事とは思えない。


 だからこそ、ロザンナは無意識にセレティアに感情移入してしまい、世話を焼いて彼女の幸せを願うようになっていた。ロザンナの断罪計画が上手くいかなかったのは、そのせいもあっただろう。


 自分がノックスと一緒になれば、セレティアもレオンと一緒になれる。二人とも幸せになれる。誰も損をしない。いつしかロザンナの計画は、セレティアの幸せと表裏一体になっていた。


 ……なっているつもりでいた。もちろん、今ここにいるセレティアの幸せが何かなんて、セレティア自身にしかわからないことだ。


「それくらいにしておきましょう、レディ」


 気が付けば、中庭じゅうの生徒の視線を集めていた。なんとその中に、ノックスがいた。


 誰も割り込めない公爵令嬢と聖女の喧嘩に、ノックスだけが穏やかな声で仲裁に入ったのだった。


「あ、あなたは、ノックス様」


 幾度目かの出会いにも関わらず、ロザンナは推しが目の前で実際に動いている様を見て、視線が釘付けになった。


(今日も会えた……やっぱり実在してる。本物だわ……)


 今まで喧嘩していた内容など、一瞬でロザンナの頭から吹き飛んでしまった。


「覚えていて下さり、感謝いたします、ロザンナ嬢。それから聖女セレティア。えーと……」

「私のことなど。エミルです」

「ああ、麗しいエミル嬢」


 まるで空気を一変させるかのように、ノックスはそれぞれに挨拶をした。セレティアはさておき、ロザンナの名前を覚えていたのは、ロザンナにとっても意外だった。一度廊下でぶつかったものの、別に自己紹介をしたわけではなかったのに。


「本来、仲が良かった三人が……どうやら些細な行き違いから言い合いになった、とか? よくある話ですが、膝を突き合わせるより時間を置いた方がいいこともあるでしょう」

「え、ええ。そうですわね」

「では、どうです? どなたかに、学内を案内していただきたいんです。付き合っていただけませんか?」

「でしたら……」

「あぁ、しかし、ロザンナ様はレオン様の婚約者でしたね。さすがに二人で歩いているところなど見られては……おっと寒気が」

「ふふ、そうですね。では私がご案内します」


 わざとらしく身震いするノックスに、セレティアが頷く。


「そんな……」


 ロザンナは並んで歩いていくセレティアとノックスの二人を、ただ見送ることしかできなかった。


「ノックス殿下に恥ずかしいところを見られてしまったわ。あんなに大声で言い合うなんて、淑女の風上にも……」


 ロザンナは崩れ落ちるように、再びベンチに腰かけた。エミルが心配そうにその隣に座る。


「なんというか、機転の利く方でしたね。誰も傷つけずに上手く仲裁されていました」

「ノックスが? いいえ、傷ついている人は……いるわ」

「ええ?」

「気にしないで、エミル。取り乱してごめんなさい。後で、セレティアにも謝らないと」

「わかってくれますよ、セレティアなら。セレティアだって、ロザンナ様が心配だっただけなんですから」

「そうね。本当にそう」


 ロザンナは疲れ切って、自嘲気味にそう言った。


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