12. 計画って立てる前から破綻してたりする
レオンとロザンナが魔法学園に入学するより少し前のこと。
その日、レオンはロザンナの誕生日を祝うため、馬車を走らせ、公爵家の屋敷へ向かっていた。レオンは知らないが、その時、ロザンナは前世の記憶を取り戻した直後だった。
「母が死んで間もないというのに。仕事や手続きに追われ、悲しむ間もなかった。ようやくひと段落吐いたと思えば、暴虐令嬢の生誕祝いとはな……」
レオンは馬車の窓から、物憂げに外を見ながら、そうぼやいた。従者のアルが苦笑いしながら、レオンをなだめる。
「まぁそうおっしゃらず。せっかくお父様……国王陛下が決めて下さった婚約者なのですから」
「葬儀でのあの女の顔、見たか? つまらなそうな表情で、涙の一つも見せなかった。所詮は他人の母親だものな。喪服が自分に似合っているかの方が気になってる様子だったぞ」
「殿下……」
「お前だって知ってるだろ? アル」
ここでのレオンはどこか辛辣だった。なぜなら、近しい従者のアルと、馬車という個室の中で話すこの瞬間が、レオンにとって心に浮かんだことを人目も気にせずそのまま口に出せる唯一の場所だったからだ。
「ロザンナはわがまま放題だ。使用人をいじめ、低位の貴族を馬鹿にして顔に泥を塗るのが趣味な女だ。父である公爵はとことん甘く、母親は放任主義らしい。口を出せるのは王族くらいのものだが……」
「お父上は公爵と仲がいいですからね。気にもしていないでしょう」
「戦友だのなんだのと、好きにしてくれればいいが。くだらない関係は自分の代だけで終わらせて欲しいものだ。母上が亡くなったばかりだというのに、他の女にかまけてばかりで。いつかカエデスに足元を掬われるぞ」
「いやはや、齢十六とは思えない悩みですね」
アルは肩をすくめて、レオンの愚痴を聞き流す。レオンにとってもそれくらいが心地よかったし、アルも聞き慣れたものだった。
やがて馬車はロザンナのいる屋敷の前に着いた。
レオンは一度顔を下に向けて、諦めたように大きく息を吐いた。そうして、次に顔を上げた時には、仮面のように張り付いた微笑を浮かべていた。
「素敵な笑顔ですよ、殿下」
「お前は嫌味が上手いな、アル」
にっこり笑って皮肉を言い合うと、レオン達は馬車を下りた。
出迎えたロザンナの表情は……存外に暗いものだった。
いつものようにかしましく、やれ流行の話だの、品格の話だのをされるかと思っていたレオンは、拍子抜けしてしまった。
レオンは公爵たちと一通り挨拶を交わし、祝いの品を送ると、ロザンナと二人で庭園を歩いた。その間もロザンナは静かで、どこか心ここにあらずだった。
いつも鬱陶しいほど喋り続けるロザンナが静かだと、レオンはかえって気になってしまった。
「気分でも悪いのかい? ロザンナ。今日は静かだね」
「いっ、いえ! 失礼をいたしましたわ、殿下。私ったら、ご一緒しているのにこんな風で……」
「何かあったのかい?」
「何か、といえば……難しいのですが」
そう言ったきり、ロザンナは再び視線を落とした。その横顔はレオンの見知ったロザンナとはまるで別人に見えた。
「お祝いいただけたこと、嬉しく存じますわ。だけど、お母様がお亡くなりになったばかりですもの。喜ぶような気持ちにはなれませんわ」
「私の……母上のことかい? それなら気にすることは無いさ」
馬車でこぼした愚痴とは真逆のことをレオンは言った。
「殿下はもっと、気にしてもよろしいんですよ」
「……え?」
「ここ最近、考えるのです。死とか、生とか、そういうものに関して。精一杯生きて、それでもいつか必ず、人は亡くなる。今まで積み重ねたものも、人との関りも、一斉に張り巡らせた糸が、ぷつんと切れるように……消えてなくなってしまう。そんなのって、あんまりですわ。残された方も悲しいでしょうけど、去る方も、それはとても……」
ロザンナは、息を詰まらせた。
ロザンナは前世の記憶を取り戻し、かつて自分の生きた世界から断絶されたことを知った。
最初こそ、自分が大好きなゲーム、それもロザンナに転生したことに歓喜した。
しかし時間が経つにつれ、かつて生きて関わった人々とは、永遠のお別れをしたのだと、ようやく理解した。その後襲ってきたのは、喪失感だった。一度は喜んだ自分自身を心底馬鹿だとさえ思った。
つい最近、記憶を取り戻す直前に亡くなってしまったレオンの母のことも、そんな心境に重なっていた。一方レオンにしてみれば、ロザンナが自分の母親のことを言っているようにしか思えなかった。
「悲しむ暇が欲しいのです」
「悲しむ、暇?」
「時間はすべてを押し流してしまうけど、この痛みは大切なものだから。苦しくなくなるよりも、ずっとちゃんと苦しんで、痛みを覚えていたいんです」
「それは……」
レオンには、まさに自分のことを言われているように思えた。
人が死ねば、葬式だのなんだのとせわしない。まさに心の整理を付ける暇もなかったのだ。そうしてようやく落ち着いてここに来てみれば、ロザンナがふいに、そんなことを言い始めた。
「祝うより、今日は哀しむ日にいたしましょう、殿下」
ロザンナはレオンの手を取って、悲し気に笑った。
「何を……言って……」
わけがわからない、と思いながらも、レオンの視界は急ににじんだ。妙に思って頬に手を触れると、温かい涙で指先が濡れていた。
ロザンナの言葉が、レオンが忙しさに忘れていた悲しみを思い出させたのだった。亡き人のためにちゃんと泣くという儀式を、今ようやく、レオンは行っていた。
ロザンナはそれ以上何も言わず、レオンの手を取ったまま、寄り添っていた。
しばらく経った後、レオンは静かに話し始めた。
「ありがとう、ロザンナ。少し気持ちが楽になったよ」
「いえ。私はただ、そばにいただけですわ」
「……そうか。ただ、そばに……そんなことが大事だなんて思わなかったな」
ロザンナが首を傾げる一方、レオンは一人、合点がいったように頷いた。
帰りの馬車の中、妙に静かなレオンを、アルがからかって尋ねた。
「殿下ってば、まーたロザンナ嬢にこっぴどくやられたと見えますね!」
「やられた? 私がか? はは、そうか。今日はかなり手ひどくやられたかもな」
「へぇ、そうなんです? それにしては何というか……嬉しそうですね?」
「あぁ。アル、実は今日が母上の葬式だったんだ。ロザンナも一緒に悲しんでくれた。私は思ったよ。これからの人生、彼女がただ、傍にいてくれれば……それでいいってね」
「あのぉー殿下? ロザンナ嬢に頭でもぶっ叩かれたんですか?」
「何だと、アルお前」
ちなみにこの日から数か月後に、元気を出したロザンナが、「レオンから断罪追放されよう!」と決意することになるのだが……この時のレオンには走る由もなかった。
……ロザンナもロザンナで、自分の計画が始まる以前から破綻していたなど、知らないままなのだった。




