表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

PR
63/66

第59話 空っぽの瓶

数日後、捜査のためクロードと官吏らは卸市場へ向かった。

そこには既に商人らと、巻き毛の優しげな少年――ハニスがいた。


官吏は訝しげにクロードに耳打ちする。

「クロードさん、彼が例の......?」

「はい、隠密班の新人のひとりです」

「目を瞑っているのは一体......?」

「彼は盲目なのだそうです。しかし、嗅覚が異常な程に鋭いと聞いています。何か新たな手がかりが掴めるかもしれません」


クロードは気難しい顔で立っている商人らに声をかけた。

「捜査へのご協力、ありがとうございます。こちらの少年は、官吏見習いとして同行させてもらいます」


ハニスは朗らかに笑い、軽く頭を下げた。

「みなさん、よろしくお願いします!」


だがその笑顔の裏には、薄っすらと影が透けて見えた。

『隠密』として嘘をつき続ける――そんな自分への違和感が。



そしてクロードは、自然な様子でハニスに向かって言った。

「荷車に入っている武器油を運ぶのを手伝ってもらえますか」

「はい!」

ハニスは、官吏と共に、近くに停めた荷車に向かった。そのまま、武器油の入った箱を開ける。

片方の箱には普段どおりの武器油、もう片方には、例の腐食液が混入した武器油が入っている。


ハニスは、箱の中身を探るふりをしながら、こっそりと瓶の蓋をとった。

(こっちはただの油の匂いだ)


もう一つの箱の中の瓶も開ける。

(それならこっちの油は......あれ?)


ハニスは眉を寄せながら嗅ぎ比べる。

(おかしい、どっちも同じ油の匂いだ)


「おい、まだかい?」

卸市の商人が声をあげる。

「ちょっと散らかってるので、待っててください!」

官吏は大きな声で返した。


ハニスは次々に瓶を手に取り、匂いを比べる。

そして、ことり、と瓶を置いた。


「......どうだ?」

官吏は小声で尋ねる。


ハニスは首を傾げたまま答えた。

「どちらも油の匂いです」

「そうか......やはり区別がつかないか」

「――ただ、こっちの箱の瓶だけ、女の人の匂いが残っています」

「女......?武器油の瓶に? そんなはずはないのだが......」



唸っている二人のもとに、クロードが歩み寄ってきた。

「どうですか?......あまり長いと怪しまれます。ひとまず、運びましょうか」

「はい。......ただ、この少年が、こちら側の瓶だけ女性の匂いがすると」

クロードは少し考えたのち、箱を抱えて言った。

「......やはり、卸市周辺のようですね」



商人らの元に戻ると、クロードは穏やかに言った。

「待たせてしまい失礼しました。こちらが、不具合のあった武器油です」

商人らは瓶を手に取り、月光にかざした。そして蓋を開けて匂いを嗅ぐ。

「......何もおかしなところはありませんが」


クロードは軽くうなずくと、小袋から腐食した金属片を取り出した。

「こちらは、この武器油を塗って数日経った金属です」

表面には粉が吹き、今にも崩れそうになっている。


商人らは目を丸くして見つめ、そして口々に言った。

「なんだこれは......」

「うちの油でこんな風になるわけがない!」


クロードはなだめる。

「わかりました。ですが念のため、店の様子だけ見せてもらえますか?」

油店の店主は大きくうなずく。

「何もやましいことはしていませんので、お好きなだけどうぞ」




店主に案内され、クロードらは店内へと入った。


獣脂のむっとした香りや、ナッツのような香ばしい香り、鉄のような金属臭――様々な匂いが層になって押し寄せる。


棚には大小の瓶がぎっしりと並び、その後ろには大きな樽が控えている。

さらに奥に進むと、屈強な男たちが重そうな箱を抱えて行き交っていた。大きな柄杓で、油を混ぜたり汲んだりしている。


クロードは辺りを見回しながら、店主に言った。

「男性が多いですね」

「力仕事だし、油臭くなる仕事ですので。なかなか女子には務まりませんわ」

「確かに、独特の臭いですね」

「ええ、このあいだ雇った女の子も、すぐ逃げちまいましたよ」


その言葉に、クロードはモノクルを光らせた。

「......その子が勤めていたのは、前回王室用の油を売ったときでは?」


「えっ......?」

店主は豆鉄砲を食らったような顔をし、慌てて続けた。

「そのとおりです。ですが、油の管理はさせていません! 瓶を洗わせていただけで!」

「洗い終わった瓶に仕込みをした――その可能性はないでしょうか」


店主は言葉を失い、場に沈黙が落ちる。

クロードは落ち着いた声で続けた。

「......近衛兵用の瓶は、まだ残っていますか?」

「は、はい」


動揺した様子のまま、店主は瓶倉庫へと案内した。


「......こちらが、瓶の余りでございます」


クロードは瓶を一本手に取って灯りにかざす。見た目には、特に怪しい部分は見当たらない。

「念のため、こちらの瓶はすべて回収させていただきます」


店主は肩を落とした。

「......私は誓ってこの件には関与しておりません。ただ、瓶を確認していなかったのはこちらの落ち度です」


クロードは穏やかに声をかけた。

「このような手口を見抜くのは困難です。安易に処罰されることがないよう、私からも口添えしておきますので。......ただ、引き続き捜査には協力願います」


店主は顔を上げ、ほっとしたようにうなずいた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ