第58話 崩れる手がかり
「武器油については、また後で調べてみます。では」
クロードはそう言って書庫に戻ろうと踵を返した。
「あのっ」ロアは思い切って声をかけた。
「クロード先生、ありがとうございました」
クロードは少し目を見開き、すぐに柔らかく微笑んだ。
その瞬間、絆のようなものが結ばれた気がした。
数日後。
クロードは近衛兵長に呼ばれ、宿舎裏の武器置き場を観察していた。
「これは……」
兵長が指差した先で、金具の一部が崩れ落ちるように欠けていた。
「おそらく、油が付着した場所だと思います」
クロードはしゃがみ込み、指先で表面をなぞった。
粉のように金属片が落ちる。
「……やはり、詳しく捜査が必要ですね」
すぐに近衛兵全隊が集められた。
近衛兵長は隊列に向かって、淡々と述べる。
「第二王子近衛隊の武器油に、腐食液らしきものの混入が認められた。全隊の武器油を回収する。今後は安全が認められた武器油のみを使用するように」
(腐食液......?)
聞き慣れない、だがどこか恐ろしさを感じる単語に、ロアはぞくりとした。
数日間何も言われなかったため、あの揺らぎは自分の思い過ごしだと思っていた。
だが――どうやら、只事ではなかったらしい。
兵長は続けた。
「幸い、第二王子殿下のご出発前に気づくことができた。第一王子近衛隊見習い、ロア。ここへ」
ロアはびくりと肩をあげ、ぎこちなく隊列の前に出た。
全隊の視線が、一斉にロアに注がれる。
「第一発見者は彼である。私からも感謝する」
ロアは恐縮し、深く頭を下げた。
頭を上げると、近衛兵らのまなざしがいつもと違って見えた。
(自分は、ここにいていい)
ロアは初めてそう思えた。
翌日、クロードはロアを倉庫に連れて行き、回収した武器油を見せた。
武器油の瓶が、いくつかの箱に分けられている。
「......この箱のものだけ、光が違います」
「やはりそうですか」
クロードはモノクルに指をかけながら、手に取った瓶を見つめる。
濃い影のガラス瓶の中で、油が揺れる。クロードの目には、全く違いが映らなかった。
「......この箱のものは、同日に買い付けたものなのです。ロアさん、あなたのおかげで確信が持てました」
「いえ、お役に立てて良かったです。先生」
「ええ。私はもうしばらく調査を続けますので、もう戻って結構ですよ」
ロアが去ると、クロードは顎に手を当て考え込んだ。
(......彼以外には判別がつかないのでしょうか。そしてこの封蝋、間違いなく王家御用達の商人のものです。何故......)
別室では、御用達の商人らが官吏から取り調べを受けていた。
「この封蝋は我々のもので間違いありません。しかし、間違いなくいつもの市場で買い付けたものでございます」
「卸市場の商人も変わっていないか?」
「はい、普段どおり油店主から直接買い付けております」
「では出所はその油店か......?」
「そんなはずがございません! 彼は長年の付き合いのある商人です! 粗悪品を売るようなことはいたしません!」
「ううむ......」
官吏は困り果てた表情で書類を閉じた。
「私もあなた方を信用していないわけではない。だが念のため、調べさせてもらう」
商人らは不安げに顔を見合わせ、しぶしぶうなずいた。
数日後、捜査のためクロードと官吏らは卸市場へ向かった。
そこには既に商人たち、そして――ハニスがいた。




